第四十一話 「首刈と蓬莱之女神(九)」
本日二度目の更新です。
ああ、どうしてこんなことになったんだろう……?
異形と化した蓮上の猛攻を耐え凌ぎながらも、迦具矢日女はぼんやりとそんな事を考えていた。
既に『龍の頸の珠』は、その身の九割以上を『赤』に侵食され、行動不能になったままズブズブと『赤』に染まり切った大地に沈み続けている。
対して、迦具矢日女自身は『赤』に侵食されてこそいないが、度重なる蓮上からの攻撃により鎧は拉げ、烏の濡れ羽色と言うべきほど美しかった髪は、土や砂に汚れて見る影も無かった。
生きてはいる、だがそれだけだ。
魔力も体力も既に尽きかけ、『仏の御石の鉢』のサポート通りに体を動かせるのはあと何回か判らない。
だというのに、蓮上は未だ健在だった。
相変わらず心臓と肺は破壊されたまま、右腕こそ『龍の頸の珠』が行動不能に陥った際に取り戻して繋ぎ直していたが、鼓動も呼吸も止まったままで、それでも蓮上の体は戦い続けていた。
肉体は戦うための道具にすぎず、焦点の合わない無い瞳で無感情に迦具矢日女を見据えている。
その様を見て、迦具矢日女は恐ろしさよりも悲しさを感じていた。
ほんの少し前まで、目の前の男は色々なものを迦具矢日女に与えてくれていたのだ。
悪意も、害意も、殺意も無く、私と対等に向き合ってくれた人。
もっと、ずっと、一緒に居たいと、もっと知りたい、もっと伝えたいと思っていたのに……
そこまで考え、迦具矢日女はハタと気付く。
ああ、そうか。
楽しかった、幸せだった一時を台無しにしたのは、他でも無い私だったのだ。
一緒に居たかった、貴方を知りたかった、私を知って欲しかった、言葉を交わしてみたかった、もっとずっと触れ合っていたかった。
なのに、彼の胸を貫いた時に私は、その全てを否定してしまった。
穏やかで綺麗な目をした彼を、あの時に私が消し去ってしまったのだ。
ああ、だったらこれは罰なのだろうか?
もう、疲れてしまった。
このまま死ねば、消えてしまった彼の元に行けるのだろうか?
『仏の御石の鉢』は何も教えてくれない。
ただ、私が生き残るためにどうすべきかを提示するだけだ。
……もう、良いんじゃないか?
こんなに辛いのに、こんなに苦しいのに、こんなに悲しくて、彼に会いたくて仕方ないのに、もう戦う事も億劫だ。
いっそ、彼の抜け殻に殺された方が楽になれるんじゃ……
そこまで考えて、ふっと目が合った。
目が合ったのは、彼では無く彼の外套から生えた怪鳥とだ。
その瞬間、このまま死ねはしないと思い直した。
ああ、駄目だ。
アレだけは駄目だ。
あれはきっと、とてもとても悍ましいものだ。
あんなものに、彼の体を好きにさせる訳には行かない!
せめて、せめて彼の体を取り戻してからでなければ、死んでも死にきれない!!
枯れかけていた体の活力が再び戻る。
半ば手放しかけていた『蓬莱の玉枝』を再びしっかりと握り締め、真っ直ぐに怪鳥を睨み付ける。
例え死しても、私に沢山の感情をくれた彼を。
私が生まれて初めて好きになった人の体を、これ以上辱めさせはしない!
女神の五体に決意が漲り、黄金色の魔力が立ち昇る。
手にした機械剣が中心から二つに割れ、その間から日輪の如き純白の炎が溢れ出す。
彼女を鼓舞するかのように、東の空が輝き始める。
日の出と共に立ち上がりしは、最も幼き太陽の女神。
その全霊を持って、迦具矢日女は最後の一撃を放とうとしていた。
◇
一方で、その姿を見ていた蓮上の体を動かす『三つの意思』たち。
いや、正確には、緋色の鳥だけは不快感を感じていた。
何を今更決意を固めている。
今まで確固たる意志も無く戦っていたつもりか?
流石は赤子、恥と言うものすら知らないらしい。
殺そうとすれば相手も殺しに来る。
応報とはそう在るものだと、少なくともこの男は納得して居たぞ?
それすら知ろうとせず、この男を殺そうとしたのか?
これが無垢というものであるのなら、ああ、何と度し難い事か。
戯れに玩具を壊し、自分で壊しておいて泣きじゃくるその姿、度し難いにもほどがある!
やはり殺す。
俺が殺す。
このような餓鬼にこの男が殺されかけたなどという汚点ごと、俺が一切を消し去ってやる。
東の空が明るくなる。
ああ、もう朝か。
ならば、太陽の名を持つ小娘よ。
夜明けと共に、死ね!!
◇
幼き女神と緋色の怪鳥が、今まさにぶつかり合おうとしていた。
その姿を、波柴は見守る事しか出来なかった。
戦っている蓮上は明らかに意識を失っており、何か別の得体のしれない存在が、蓮上の体を動かしていると波柴は理解した。
自らの無力さが恨めしかった。
何度も『念話』で呼びかけているが、声は届かずそれ以上自分に出来る事は無い。
何か、何か蓮上の意識を呼び覚ます手段は無いかと考えていると、空が白み始めたのに気付いた。
「ああ、夜明けですか……」
そう言えば、約束があるから赤松君は朝には帰宅すると言っていたはずですが……
そうふと思い出していると、蓮上との間につないだ『念話』に、新たな『念話』が繋がるのと同時に、この状況では場違いなほど明るく騒がしい声が聞こえて来た。
◇
今まさにぶつかり合おうとしている迦具矢日女と緋色の鳥。
互いが放つ重圧により世界その物が軋みを上げているかのように感じられる中、未だ意識の無い蓮上の脳内に、鈴の音の様な愛らしい声(圧倒的贔屓目抜きでも可愛い)が聞こえて来た。
『おっはよー! 蓮上! もう朝だけどまだ帰って来れないの? 朝ご飯の準備もう出来てるから、早く帰ってこーい!!』
「今起きた直ぐ起きた今直ぐ帰るからちょっと待ってて!!」
可愛いペットからのモーニングコールで、蓮上の意識は完全覚醒した。(食い気味で)
ホントさぁ、お前さぁ……
(・▲・)「ジュリリィ?(お忘れかも知れませんが、この作品のタグには『ほのぼの』があるんですよ? だとしても蓮上、お前ぇ……)」




