第四十話 「首刈と蓬莱之女神(八)」
(・▲・)「ジュリリィ……(そろそろ、迦具矢ちゃんとの戦いも決着が近いなぁ……あ、今日は八時に二回目の更新があります)」
生まれて初めて流した涙。
その意味も、そこに込められた自身の感情の名も判らないまま、迦具矢日女はただ戸惑う。
――そして、それは意識の無い蓮上の体を『三つの意思』が再稼働させるには十分な隙であった。
「……赤時化夜薙げ 緋色の鳥よ――」
シャコン――
その時、同時に二つの事が起こった。
一つは、心肺を破壊されたはずの蓮上の口から、明確な言葉が紡がれた事。
もう一つは、音も無く最小限の動作で振られた左手の『青龍宝刀』が、音を立てて蓮上の胸を貫く機械剣『蓬莱の玉枝』の刀身を両断した事だった。
「――!?」
今だ言葉を話せず、しかして明確な知性と自意識の芽生えた迦具矢日女の口から驚きの声らしき息が漏れる。
だが、迦具矢日女の戸惑いなどお構い無しに、事態は急変する。
それはまるで燎原に放たれた火の如く、苛烈でそして……『紅』かった。
「草食み根食み 気を伸ばせ――!!」
「ッ!」
ギィィイン!! と、重く強く硬質な金属同士がぶつかり合うかのような音が響く。
その正体は、鋼の刃で出来た翼の如く変化した『朱雀羽織』による薙ぎ払いと、柄から少し先の部分だけが残った『蓬莱の玉枝』で迦具矢日女がそれを受け止めた際に発生した音だった。
初見の攻撃を前に、迦具矢日女は敢えて拮抗せずそのままの勢いで後ろに吹っ飛ばされる。
その間にも、蓮上の胸に刺さったままの機械剣の刃が黄金の粒子となって姿を消し、同時に何処からか黄金の粒子が『蓬莱の玉枝』へと集まって寸断された刀身が再生する。
自身の武装を修復する為、そして様子の変わった蓮上を警戒して距離を取る為に後退した迦具矢日女だったが、距離を取りたかったのは蓮上の方も同じであった。
さらに続けて、蓮上の口から新たな言葉が紡がれる。
「あかしけやなげ ひいろのとりよ くさはみねはみ けをのばせ
なのとひかさす ひいろのとりよ とかきやまかき なをほふれ
こうたるなとる ひいろのとりよ ひくいよみくい せきとおれ――ッ!!」
鋼の刃、『斬撃形態』とでも呼ぶべき姿となっていた『朱雀羽織』が更に形を変える。
翼の如き紅蓮の外套が沸き立ち、紅い水面から這い出る様に怪鳥の頭部様な物が突き出る。
その瞳は火の様で血の様で鬼灯の様で夕暮れの様で星の様で……この世の何よりも深く暗く煌々と輝く、純然たる『赫』であった。
「――ひっ」
その『赫』い瞳と目が合った迦具矢日女の口から、自然と悲鳴が漏れる。
目が合った瞬間、迦具矢日女は理屈でも『仏の御石の鉢』の解析でも無く、本能で理解した。
アレは捕食者であると。
自分はアレに殺されるのだと。
「あ、あああああああああ―――――ッ!!!」
迦具矢日女が、生まれて初めて叫び声を上げながら蓮上を、より正確に言えば『朱雀羽織』から生えた怪鳥の頭部に攻撃を仕掛ける。
『蓬莱の玉枝』の光球より放たれたレーザーが、『燕の子安貝』から照射された熱線が、『龍の頸の珠』からのドラゴンブレスが、怪鳥へと真っ直ぐに突き進む。
だが、無駄だった。
放たれたいくつもの攻撃を前に、怪鳥の口がまるで泥か粘土で出来ているかのように大きく広がる。
そうして大きく開いた口の中、まるで夕焼けの空の様に赤い虚ろの中に、すべて飲み込まれてしまう。
迦具矢日女の攻撃は、怪鳥に何の痛痒も与える事は出来なかったのだ。
「――っ!?」
その時、迦具矢日女は確かに見た。
怪鳥の口内に広がる紅い世界、何もかもが赫く染まった原野の風景を。
その奥でこちらを睨む、悍ましき緋色の鳥を。
この世ならざる異端の怪物を目にした迦具矢日女の精神が軋みを上げる。
だが、そんな事はお構いなしに蓮上の体は迦具矢日女への攻撃を開始した。
『QWYYYYYYYYY―――――!!!』
怪鳥の頭部が脳髄を引っ掻き回すような不快で冒涜的な雄叫びを上げる。
続いてゴポリという音が聞こえたかと思うと、会長の頭部が赤いヘドロの様な吐瀉物を吐き出し周囲にぶちまけた!!
『! 緊急回避!!』
ソレの危険性を真っ先に把握した『仏の御石の鉢』が迦具矢日女に回避行動を取らせる。
だが、『龍の頸の珠』はそれが間に合わず、飛沫の一部が接触してしまう。
――変化は直ぐに現れた。
『GWWYYYAAAAAAA―――――ッ!!?』
痛覚など持たない筈の機械龍が悲鳴を上げる。
一滴、ほんの一滴だけ掛かった飛沫の一部が、まるで意思を持つかのように蠢きその体積を増大させ、『龍の頸の珠』の機体を侵食し始めたのだ。
『龍の頸の珠』はのた打ち回り、侵食された部分にブレスを吐いてその『赤』を取り除こうとする。
だが、何をやってもソレが取り除かれる事は無く、その『赤』は徐々に機械龍の群青を塗り替えつつあった。
その光景に、迦具矢日女は生まれての初めて嫌悪感を覚えた。
『赤』が侵食したのは『龍の頸の珠』だけではない。
吐瀉物の降りかかった『蓬莱鉱山』その物も、徐々に『赤』が侵食して行く。
『仏の御石の鉢』の解析により、迦具矢日女はソレの正体を知った。
あの『赤』は、裏返った胃袋だ。
怪鳥の口内に見た、赤い原野その物だ。
あの『赤』は触れた物全てを溶かして飲み込む怪物の胃袋であり、同時に怪鳥の口内に見た緋色の鳥、あの怪物が潜む赫一色の世界の一部なのだ。
触れたら終わる。
それを理解した迦具矢日女は迷わず逃走を開始する。
だが、それを許すほど、今蓮上の体を動かす『三つの意思』は甘くは無かった。
『強化スキル、並びに強化エンチャント起動『死線の凶化』『栄華の終焉』『ブーステッド・デスパレード』――!!』
怪鳥の頭部が吐瀉物を噴水の様に撒き散らすまま、『朱雀羽織』が大きく羽ばたき、逃走を開始した迦具矢日女の元へといとも容易く追い付く。
その事実に迦具矢日女が驚愕する暇も与えないまま、蓮上の体は迦具矢日女を攻撃した。
『多重起動、『剛震脚』!!』
「――がっ!?」
爪甲を展開したままの蓮上の右足が、コピーされた『寵愛されし者』と『天破激震の頂』による複合防壁、そしてその下で『火鼠の皮衣』に守られた迦具矢日女の体を易々と貫きそのまま地面へと叩きつける。
一連の動きを為した蓮上の身体能力は、明らかに迦具矢日女の身体能力を圧倒していた。
原理自体は簡単だ。
『五色教典』が発動させたスキル『死線の凶化』と『栄華の終焉』、そして自己強化魔法である『ブーステッド・デスパレード』。
この三つは奥義スキルでは無いが、特定状況下でのみ奥義スキル並の強化を与えるスキルである。
その状況とは、発動者の残りHPが限りなくゼロに近い……つまりは死にかけである事だ。
絶体絶命の逆境でこそ最大の効力を発揮するこれらは、心肺を破壊され奥義スキルで無理矢理血流を動かしてギリギリ延命を図っている蓮上の肉体に、奥義スキルと遜色の無い絶大な強化を与えていた。
しかも、このスキルと魔法は現在、蓮上自身と『五色教典』に記録されたものが同時発動されている。
何故なら、たとえコピーされたところでこれらのスキルと魔法は瀕死の重傷を負わなければ効果が発揮されない為である。
相手を瀕死にするなどという過程を挟まず、相手を超強化された状態で一撃死させれば問題無いと、『五色教典』が判断したのだ。
さらに、迦具矢日女が一撃で複合防御を貫かれたのにも絡繰りがある。
蓮上の蹴り足に合わせて発動された攻撃スキル『剛震脚』。
普段は全ての攻撃が首刈である為、蓮上が全く使用していないこのスキルであるが、先ほど使用された時このスキルは『多重起動』されていた。
さて、では『多重起動』されたというこのスキルは、同時にいくつ発動されたのだろうか?
答えは、『三十七回』である。
一撃に見えた蹴り足だが、その実一撃に重なって見えるほどの速さで、ほぼ同時に三十七回の蹴りが叩き込まれていたのだ。
数十、数百の攻撃が、一撃と認識されるほどの速さで繰り出される。
これは本来、蓮上の父親である『赤松 睡蓮』が常用する絶技だ。
通常の蓮上であれば、その一端ですら真似る事すら出来ない神業だが、一切の無駄を削ぎ落された蓮上の生存本能は、迦具矢日女を殺す為の最適な攻撃として、この技を再現して見せたのだ。
冒涜的な怪物の威容、瀕死であるが故の超強化、人智を超えた絶技。
それらの複合によって誕生した怪物を、迦具矢日女は地面に這いつくばりながら、明確な畏怖と恐怖の感情を持って見つめていた。
◇
かくて、『首刈レッドジョー 複合撃滅形態』の全性能が発揮される。
もはや、迦具矢日女の死は決定事項と言って良い状況であった。
人智を超えた怪物、神さえ打ち滅ぼす異形。
そのような存在が目的とするもの、それこそが『迦具矢日女の死』に他ならなかった。
緋色の鳥「浸食型固有結界を撒き散らしながら戦います。触れても別に死なないよ? 単に赤い世界に取り込んで、無限ループで捕食して精神を壊しながら、肉体も魂も美味しくいただくだけだよ?」
五色教典「赤涙エンチャで全ステータス超強化してぶん殴ります。『寵愛されし者』の自己回復で効果が落ちるんじゃないかって? 傷口を『黒百足』の鎖(超極細)で埋めてわざと肉体が修復されないようにすれば、強化状態は継続されるよ?」
防衛本能「火事場の馬鹿力でお父さん譲りのTAS機動を限定的に行います。防御しようと回避しようと、その上からゴリ押しでオーバーキルダメージ出すから諦めてね?」
緋&五&防「「「さぁ、お前の余命を数えろ!!」」」
これは酷い。
迦具矢ちゃん、強く生きて。




