第三話 「魔導教典書士と学園のアイドル(ガチ勢)」
俺と黄村が話していたところにやって来たのは、今まで殆ど交流した事が無いはずの二人の女子生徒だった。
一人はどこか青みがかった長い黒髪を持つ女子で、名前は『青ヶ谷 奏美』。
俺たちの通う『私立彩宝学園』では、学園内でも一、二を争う美少女と言われている女子生徒だ。
若干人見知りで、クラス内でも孤立気味の俺とは完全に住む世界の違う人間である。
もう一人は大きな丸眼鏡と光の加減で深緑色にも見える黒髪ショートの女子で、名前は『緑河 遥』。
青ヶ谷女子の友人で、学園ではいつも一緒に行動しているイメージが強い。
ちなみに、青ヶ谷女子の隣に居るから目立たないだけで、彼女も普通に美少女と呼んで差し支えないほど容姿が整っている。
二人共髪色が少しおかしいが、これはダンジョンが出現して以降、世界中で確認された事例だ。
ダンジョンからは常に魔法やスキルの元となるエネルギー、『魔力』が放出されており、その魔力の影響は様々な形で現実世界に現れた。
髪色の変化はその一つで、髪色は特定の魔法属性への適性を示しているなどと言われている。まぁ眉唾だが。
それにしてもやべぇよ、(スクールカースト)上位者たちのエントリーだ。
俺みたいなモブキャラなんて、存在の余波だけで消し飛ぶんじゃないか?
「……首刈殿がモブキャラとか、我らが学園が修羅の世界になってしまうでござるなぁ……」
「姫樫姉が在籍していた頃はそうだったと前に聞いたが?」
「ああ、そうでござった……」
黄村の呟きにそう返すと、嫌な事を思い出したと言わんばかりに頭を抱えて呻きだしてしまった。
俺は噂程度しか知らないが、姫樫姉弟と幼馴染であり、昔から交流の深かった黄村は、その頃のことも知っているのだろう。
姫樫姉、彼女こそは私立彩宝学園のレジェンドである。
「あの、お話良いかな? 黄村くん」
「おお、すまんでござるな青ヶ谷殿。少々昔のトラウマががが」
「ぶぅー、何があったかは知らないっスけど、女の子が話しかけているのにその態度はマイナスっスよ~?」
「いやぁ、面目無いでござる」
おお、流石忍者。俺なんかと違って、上位者女子二人と普通に会話出来ている!
良いぞ、そのままタゲ取り役をやってくれ。
俺は自重せず、『気配遮断』スキルで空気になるぜ!
「………………(気配遮断中)」
「……あれ? 赤松くんは?」
「?? あれ、おかしいっス! 赤松くんきえちゃったっスよ!?」
急に俺の存在が認識出来なくなった青ヶ谷女子と緑河女子は慌ててキョロキョロと周囲を見回す。
よっしゃ! っと拳を握ってガッツポーズ取る。
「首刈殿……人見知りなのは存じておりまするが、何もスキルまで使う事は無いでござろう?」
このままチャイムまでやり過ごそう。
そう思っていたのだが、黄村がそう言って俺の肩をポンっと叩く。
ああ、止めろ! 気配遮断は誰かと接触すると解除されてしまうのに!
「あ、居た!」
「うわっ! 急に現れたっス!?」
「気配遮断スキルと言う奴でござるよ。首刈殿は人見知りな所があるでござるからなぁ」
「はぇー、やっぱ探索者ってすごいんスねぇ」
「おのれ……汚いぞ、忍者ァ……」
「非探索者相手にスキルを使ってまで隠れようとした首刈殿に言われたくないんでござるが」
「正論をほざくなぁ……」
声を大にして反論したかったが、青ヶ谷女子と緑河女子の存在が気になって語気が弱くなる。
チクショウ、ダンジョンに潜る時いつも使っている外套『朱雀羽織』があればもうちょいマシなんだがなぁ……なんで学校の制服にはフードがついてないんだよ。
少しでも女子二人からの視線を遮ろうと両手で頭を抱えていると、青ヶ谷女子が正面に回り込んで話しかけて来た。
うおっ眩し! これがスクールカースト上位者の威光か!!
「えっと、こうしてちゃんとお話したことってなかったよね? 青ヶ谷奏美です。よろしくね?」
「……あ、ども。赤松です……」
「自分はかなみんの親友の緑河遥っス! よろよろ~」
「……あ、ども……」
「天下の首刈殿ともあろう者が、借りて来た猫より大人しくなってござるなぁ」
うるせぇ、普通のJK相手に何話したらいいか判んねえんだよ。
探索者相手なら、話題は尽きないんだけどなぁ。
「……さっきから気になってたんだけど、黄村くんが言ってる首刈殿って?」
「探索者としての赤松殿の呼び名でござるよ。『首刈レッドジョー』、国内の探索者の間では有名なんでござるよ?」
「おお! 二つ名って奴っスね! かっこいいっス!」
止めて止めて! 探索者でも無い一般人相手にその呼び名は恥ずかしいんだから!
益々俺が縮こまっていると、盛り上がっている緑河女子の姿に笑顔を浮かべていた青ヶ谷女子が、真剣な顔になって俺と黄村に質問をして来た。
「――実は私たち、赤松くんと黄村くんに相談したい事があって話しかけたの」
「はて、拙者たちに相談とは?」
「実は自分とかなみん、探索者を始めて見ようって考えているんっスよ。それで現役探索者のお二人に、アドバイスでも貰えたらなぁ~、と」
「探索者を始める際のアドバイス。で、ござるかぁ……」
黄村が困った顔で俺に視線を向けて来る。
だが、俺も似たような物であろう。
探索者と言う職業は、確かに一獲千金を狙える夢のある職業だ。
だが、ダンジョンが出現した当初の、低階層のドロップ品でも高価買取されていた時代とは違い、現在では初心者が手に入れられるような素材は二束三文の金にしかならない。
それに、武器や防具など、初期費用が掛かるのも結構なハードルだ。
……正直お勧め出来ないんだが、二人の顔を見る限り簡単には引き下がらなそうだなぁ。
黄村とアイコンタクトでどうしようか? と相談しながら盗み見た青ヶ谷女子と緑河女子の顔は、とても真剣なものだった。
「……とりあえず、探索者を始めたい理由をお聞きしてもよろしいでござるか?」
「現役探索者としては、正直お勧め出来ない。けど、二人共真剣みたいだし、逼迫した理由があるのなら教えて貰いたい。その代わり、こちらも質問にきちんと答えると約束しよう」
俺が黄村に続いて、顔を上げながらそう答えると、青ヶ谷女子と緑河女子は目を丸くして驚いた。
人見知りの俺だが、探索者としての活動は最悪命に関わるからな。視線が苦手だなんて言わず、真面目に答えるさ。
だが、二人が驚いたのは、ぼそぼそとしか話さなかった俺が、急に明朗に話し始めたからでは無かった。
「……びっくりしたぁ。赤松くん、なんだか急に格好良くなってない?」
「首刈殿は探索者として活動している時だけはイケメンでござるからなぁ。ダンジョン限定イケメンでござるよ」
「ふはぁ~、普段からそうして居れば人気でそうっスね。今の『ジョーくん』ならきっと『成瀬ちん』にも対抗出来るっス!」
「茶化さないでくれ二人とも……『ジョーくん』?」
「レッドジョーだからジョーくんっス!」
いきなり渾名呼びかよ、コミュ力高いな!?
流石『上位者』と書いて『光の住人』側、『コミュ障』と書いて『闇の住人』側の俺では、逆立ちしたって真似できそうに無い。
真似したいとも思わないけど。
ちなみに恐らくだが『成瀬ちん』と言うのは、クラスで一番人気のイケメン男子である『成瀬 和也』の事だと思われる。
「はぁ、まぁ良い。それで、二人はどうして探索者になりたいんだ?」
「私たちが探索者になりたい理由は、これを見て貰えば判ると思うわ」
そう言って青ヶ谷女子はポケットから折り畳まれた紙を取り出し、それを俺の机の上で広げて見せた。
紙に書かれているのは……はい?
「『シュガー・ポップ 第二回人気投票』……?」
「そう! この人気投票で推しのアイドルを勝たせるために、お金が必要なの!!」
「ひぇっ」
バンっ! と、青ヶ谷女子が机に勢い良く手を付いて力説して来た。
そして、そこからの話が長かったのだ……。
青ヶ谷女子の話の内容は、正直半分くらいしか理解出来なかったが、どうやらこの第二回人気投票とやらは、そのシュガー・ポップなるアイドルグループのメンバーの個々人の歌が収録されたCDの売り上げを競うもので、青ヶ谷女子と緑河女子はそれぞれの応援しているアイドルの票に貢献する為に、CDを購入する為の資金集めの手段として、探索者業に目を付けた様だった。
「それでね! 『鏡花』ちゃんの何が可愛いっかって言ったら一杯一杯あるんだけど、私的に一番可愛いのはついつい心配したくなっちゃう無防備な所でね!! この間のライブの衣装……この画像のなんだけど! 結構露出が多くてぶっちゃけエロ可愛いって思うでしょ? これ、ほんとは上に着る衣装の上着があるんだけど……この画像のね! 鏡花ちゃんったら、この上着を着ないまんまステージに立っちゃって、理由を聞いたら綺麗な衣装に汗がついちゃうのが嫌だったからなんだって! そのせいで脇とかおへそとか丸見えなのにだよ!? 本当にご馳走様でした! じゃなくって、そのせいでタダでさえ露出の多い衣装がライブの後には汗で張り付いて更にエロイ感じになってて、それに気付いて恥ずかしがっている表情とかも本当に堪らなくって! あーもう大好き! お持ち帰りしたい!! って感じで、それから……」
「青ヶ谷殿!? ストップ! ストップでござる!! 首刈殿がキャパオーバーを起こしているでござるよ!?」
「あー、申し訳ないっスねぇ。自分とかなみん、実は所謂ドルオタと言う奴でして、特にかなみんは推しの鏡花ちゃんの事になると、途端に饒舌になるオタ特有のアレでして……あ、ちなみに自分は鏡花ちゃんの双子の妹の『水月』ちゃん推しっス!!」
「君たちの、というか青ヶ谷女子の情熱は判ったから、助けてくれ……」
ドルオタ、確かアイドルオタクの略称だったか?
学校でも一、二の人気を争うアイドルが、アイドルファンのガチ勢だったとはたまげたなぁ……。
若干気が遠くなるのを感じながら、双子アイドルの名前、合わせると『鏡花水月』になるんだなぁ。と、俺は妙な所に感心していた。