第二話 「魔導教典書士と忍者の商談」
「行って来まーす」
「「行ってらっしゃーい!」」
結局、コノハが起きて来ないまま朝食を食べ終え、イズメとマミナに見送られながら俺は登校した。
コノハの奴、帰って来る頃にはきっと拗ねているだろうから、何かお土産でも用意しとくかなぁ。
通い慣れた通学路を歩きながら空を見上げる。
五月の空は晴れ渡り、時折吹く風が涼しくて心地良い。
だが、俺の心は曇り空と言った所だ。
人生と言う奴は、とにかく悩み事が多くて困る。
お金の事だったり、進路の事だったり、人間関係の事だったり、他にもたくさん。
今の俺の悩みは……何だろうな?
金銭面での問題は、将来本格的に魔導書系統アイテムの製造販売をすれば解決できることだし、進路については大学卒業後に探索者兼魔導書職人として魔導書系統アイテムのショップでも立ち上げようと考えている。
人間関係は……まぁ学校の友達は少ないが、同じダンジョンに潜る探索者同士でなら横つながりもあるし、将来ショップを立ち上げる時は手伝ってくれると言ってくれている人も何人かいる。
目下の問題は……ペットたちとの関係をどうするかだな。
俺だって鈍い訳じゃないから、マミナから恋愛的な意味での好意を向けられている事を……いや、マミナだけでなく、イズメやコノハたちからも同じ気持ちを向けられている事は判っている。
感情的には、あの子たちの気持ちを受け入れたいと思っている。
けど、現実的な問題として、あの子たちを受け入れるとなると問題が多々あるのだ。
何せ、あの子たちは人化しているとは言え動物だ。
戸籍も無ければ、あの子たちの存在に対応した法も無い。
それに、人化しているあの子たちとの間に子供が出来るのかと言う不安もある。
仮に子供が出来たとしても、人間と人化した動物の間に出来た子供が、どんな姿で生まれて来るのか? その子供を世間がどう扱うのか? と言う不安もある。
やれやれ、なんで一介の高校生がこんな事に悩まなければならないのか。
考えれば考えるほど、未来への不安が募り、息苦しくて仕方が無い。
もっと気楽に生きて行ければいいのにな。
一人になると、ふとした時にこんな事をぐるぐると考えてしまう。
けど、人生の悩みなんて生きて行けば必ずぶつかる問題だし、あの子たちの為にも避けては通れない問題だ。
ここで逃げだしたりしたら、それこそ自分もあの子たちも不幸にしてしまう。
あの子たちを守れるのは、他でもない俺自身しかいないんだからな。
俺がしっかりしなくっちゃな。
◇
決意も新たに学校へ登校し、そのまま自分の教室へと向かう。
教室に入り自分の席に着くと、クラスメイトの一人が寄って来た。
「おはようございまする。『首刈』殿」
「ああ、おはよう。『黄村』」
俺の事を『首刈殿』と呼んで挨拶して来たのは、クラスメイトの男子で名前は『黄村 英一郎』と言う。
短髪の黒髪に銀縁の眼鏡が似合う、見るからに頭の良さそうな男子生徒だ。
身長は180に少し届かないくらいで、180ちょっとある俺より少し低い。
「登校して早々申し訳ござりませんが、首刈殿に折り入ってご相談が」
「どうした、また依頼か?」
「左様にござる。我らが団長殿より、次なる遠征に備えてスクロール類の作成依頼を首刈殿にお願いしたいと」
この会話から判るだろうが、黄村も俺と同じく高校生探索者をやっている。
俺の住むこの街『七咲町』で活動している探索者クランの中でも、トップに君臨しているのが黄村の所属するクラン『姫樫堂和菓子団』なのだ。
……もっと良い名前が無かったのか? と思うだろうが、あそこは団長さんのネーミングセンスが残念……で、あるのと同時に、元々は団長さんと、その弟である副団長さんが、実家である和菓子店『姫樫堂』の宣伝も兼ねて、姉弟二人とその友人たちで始めたものだから、そんな名前になったのだ。
クラン名はともかく、探索者として活動を始めた姫樫姉弟は直ぐに頭角を現し、あっという間に有名になってクランメンバーも増えて行ったのをよく覚えている。
ちなみに黄村は姫樫堂和菓子団の初期メンバーの一人だ。
姫樫姉弟の弟の方は、クラスは違うが同じ学校に通う同学年の生徒であり、黄村の幼馴染でもある。
俺も弟の方とは良く話す方だ。
「遠征って言うと、また『八重垣冥窟』か? 前回は確か、途中で物資が尽きて帰還したんだっけか」
「左様。あと少しで最下層到達と言う所で、泣く泣く断念したのでござる。『収納』スキルでもあれば、あのような事にはならなかったのでござるが……」
「まぁ、収納スキルのスキルブックはどこ行っても高いからな。作るのに稀少素材がいくつも必要だし、製作難易度も高い。おまけに需要もあるとなりゃ、どうしても高額になるもんだよ」
「ネットで見る様な値段では、皆でお金を出し合っても全く足りないでござるよ~。何とかならないでござるか?」
「前にも言ったけど、素材を持ち込むなら大分安くなるよ。作成の技術料は、お得意様って事で多少マケても良い訳だし」
「その素材が欲しいから、最下層を目指してるんでござるけどな~」
両手を広げて首を振り、やれやれと言った表情をする黄村。
まぁこればっかりは商売だから、俺もこれ以上譲歩出来ない。
収納のスキルブックは、俺たち『魔法書士』系統のジョブ持ちの生命線みたいなものだからな。
俺が安易に価格を下げる訳にもいかんのだ。
ちなみに、喋り方から分かると思うが、黄村のジョブは『忍者』だ。
安易なキャラ付けにも思えるが、姫樫弟の話によると、ダンジョンが出現する前からこんな喋り方をする、筋金入りの忍者好きであるそうだ。
姫樫姉弟もそうだが、『姫樫堂和菓子団』のメンバーって変人ばっ……コホン! キャラが濃い連中ばっかりだからなぁ~。
俺と黄村がそんな風に話をしていると、今度は別のクラスメイトが話しかけて来た。
「赤松くん、黄村くん。二人して何の話してるの?」
「面白い話なら、自分たちも聞かせて欲しいっス~」
そう言って話しかけて来たのは、二人の女子生徒だった。
「おや、『青ヶ谷』殿に『緑河』殿ではござらんか~」
話しかけて来た二人に、黄村は軽い調子で手を上げて応えている。
うぇ、あんまり話した事の無い連中だ。
コミュ障の蓮上はそそくさとフェードアウトするから、後は任せるぞ。黄の忍者村!
……じゃねーや、忍者の黄村!!