第十九話 「首刈と恋する雪の妖精」
Q、前回急に出て来た『妖魔』って何さ?
A、『レッドジョー世界』(つまりは本作の世界)の社会の裏側でひっそりと生き延びていたガチの妖怪。
その存在は隠蔽されているが、『ダンジョン』出現以降から存在を公開しようという動きもある。
人間に混じって暮らしている者もいれば、隠れ里とかでひっそり暮らしている者も居るし、社会の裏で君臨しているような奴も居る。
前回出て来たみたいな人を襲う様な奴は、今の所自分たちの存在を隠しておきたい妖魔側からしても無法者な為、人間からしても妖魔からしても粛清対象だった。
永長ちゃんは、人間と妖魔のバランスを保つために大昔から存在する、政府の秘密組織みたいなのの外部協力員というか、バウンティハンターみたいな事をしている。
ちなみに永長ちゃんの戸籍とかは、外部協力員をやる対価として、組織が用意した物。
朝起きて顔を洗い朝ご飯を食べから着替え、時間をかけてしっかりと身嗜みを整える。
昔は女性が身嗜みを整えるのに時間をかけるという話を聞いて、共感出来ないなぁなんて思っていたけれど、今ならその気持ちが判る気がする。
より自分を良く見せたい、そう思える相手がいると、それまでは気にしなかったような細かな所まで気になり出すのだ。
以前なら時間が勿体無いと感じたかもしれないけれど、今はこの時間すら何だか愛おしく感じる。
同時に、早く済ませてしまいたいとも思う。
早く出かけて、あの人の顔を見たいからだ。
自分がこんな感情を持つようになるなんて、昔は夢にも思わなかったなぁ。
「――それじゃあエナガちゃん、行ってきます」
一人暮らしをしているアパートの部屋を出る際、玄関に飾ってある丸っこい白い鳥のぬいぐるみに挨拶をして行く。
この鳥、『シマエナガ』のぬいぐるみはあの人が手作りをして定期的にプレゼントしてくれる私の宝物だ。
本人は布教の為と、作っても家においておけないから押し付けているだけだと言っていたけれど、それでもあの人から貰った物だというだけで、宝物にするのには十分だ。
(それに、私以外にプレゼントしている相手が妹さんくらいだっていう事は、イズメちゃんから聞いてますからね)
手に持つ学生鞄にすら、キーホルダー型の小さなシマエナガ人形がくっ付いている。
その内身の回り物が全てシマエナガで埋め尽くされそうだが、それはそれで楽しみだ。
「おや、おはよう永長ちゃん。今から学校かい?」
「あ、おはようございます大家さん。ええ、今から行ってきますね」
階段を下りたところで、部屋を借りているアパートの大家さんであるお爺さん『赤松 蓮三郎』さんと会ったので挨拶をする。
ついでに頼まれていた件についても伝えておく。
「あ、それと先輩への伝言ですけど、今日中に学校で伝えておきますね」
「おお、そうかい。助かるよ、蓮上に宜しく言っておいてくれ」
「はい!」
蓮上……大家さんの孫であり、私の好きなあの人こと『赤松 蓮上』先輩。
あの人の名前を聞いただけで、自然と心が弾むような気分になる。
我ながら単純だなぁ。と思いつつ、悪くない気分で私は学校へと向かった。
◇
アパートから歩く事数分、通っている学校である『私立彩宝学園』へと登校し、教室へと入って自分の席に着く。
私が教室に入ると、クラスメイト達が次々に声を掛けて来た。
「おはよう、嶋さん」
「はい、おはようございます」
「おはよう、永長ちゃん。数学の宿題やって来た? 悪いんだけど見せてくれない? ジュース奢るからさ、お願い!」
「おはようございます。って、またですか? 見せるのは構いませんけど、絶対先生にバレますよ?」
「大丈夫! バレない可能性に賭けるから!」
「分の悪い掛けですね。はい、どうぞ。授業が始まる前には返して下さいね」
「ありがとう! これで何とか首の皮一枚繋がる筈!」
「繋がらない方に俺、ジュース一本賭けるわ」
「それ、最初から賭けになっていないじゃない。永長はどう思う?」
「私もほぼほぼバレると思います」
「「「だよね~」」」
「そこ、うっさい!」
クラスメイト達はいつも賑やかだ。
誰も彼もが、楽しそうに笑っている。
こんな賑やかで光の当たる場所に、自分が混ざる事なんてちょっと前までは想像もしていなかった。
(何でもかんでも結びつけるのは良くないけど、これも先輩のおかげかな?)
そう考えるだけで、心がふわふわして温かくて幸せな気持ちになる。
休み時間にお邪魔するのは申し訳ないから、伝言を伝えに行くのは放課後になるだろうけど、早く先輩に会いたいなぁ。
クラスメイト達と挨拶を交わしながら、そんな風に考えていると、一人の男子生徒が少し緊張した様子で声を掛けて来た。
「と、所で嶋さんっ。嶋さんは、その……ゴールデンウィークに何か予定はある、かな……っ?」
「ゴールデンウィーク? どうしてですか?」
私が訊ねると、その男子……『浅田 雄吾』くんは顔を真っ赤にし、しどろもどろになりながらも事情を説明してくれた。
「いやそのっ……実は、ゴールデンウィーク中に皆でどこかに行かないかって、計画を立ててるんだけど……し、嶋さんも、良かったら……どう、かな……?」
そう訊ねて来る浅田くんの態度は非常に判り易いもので、それを承知しているらしい他のクラスメイト達も、浅田くんに私がどう返すのか見守っていた。
けど、ごめんなさい。
浅田くんの気持ちは良く判るけど、私は彼の気持ちに応える事は出来ない。
浅田くんは決して悪い人ではないけれど、私は……先輩以外の人となんて考えられないから。
だから、告白された訳でも無いのにこういう言い方は変だけれど、きっぱりと断ろう。
その方が、浅田くんにとっても良い筈だ。
少なくとも、たとえこの恋が叶わなくても、私は先輩以外を好きになるつもりは無いのだから。
……いや、寧ろどんな手段を使ってでもこの恋は叶えるつもりだから、浅田くんもそれ以外も、可能性なんて無いのだが。
「ごめんなさい。ゴールデンウィークは既に予定があるんです」
「あ、そうなんだ……」
露骨に落胆した様子の浅田くんには悪いけれど、ここで畳みかけさせてもらう。
ごめんなさい浅田くん、私以外の良い人が見つかる事を祈ります。
「はい、先輩と二人(と三匹)で温泉旅行に行くんですよ。混浴もあるところなので、先輩のお背中を流して上げるのが楽しみなんです!」
とびきりの笑顔と共にはっきりとそう伝える。
イズメちゃんたちも誘うつもりだから二人っきりでは無いのだが、それを伝えるつもりは無い。
加えて言えば、私が勝手に旅館の予約をしただけで、まだ先輩には温泉旅行の事を伝えていないのだが……まぁ、イズメちゃんにはゴールデンウィーク中にサプライズで先輩共々温泉旅行に招待すると伝えてあるし、多分大丈夫だろう。
まさかゴールデンウィーク中にイズメちゃんが把握していない予定があるとか、予定があるけどイズメちゃんがうっかり忘れていたとか、そんなギャグみたいな事ある訳無いしね!(圧倒的フラグ)
私の発言に浅田くんが凍り付いたようにピシリと動きを止め、教室中がシーンと静まり返る。
やがて言葉の意味を理解した浅田くんが再起動すると、続いて教室中で絶叫が巻き起こった。
「――え……先輩? お、温泉旅行? 二人で混浴ぅっ!?」
「「「「「「「えええええええええっ!?」」」」」」」
あー、これは質問攻めになりそうだなぁ。と、内心で苦笑しつつ笑顔のまま言葉を続けた。
「はい、私が家族ぐるみ(主にイズメ)でお付き合いさせていただいている二年の『赤松 蓮上』先輩とです。あ、将来は結婚も考えている(というか絶対添い遂げて見せる)ので、先輩とは誠実なお付き合いをさせて頂いてますよ?」
「「「「「「「はいぃぃいいいいいいっ!?」」」」」」」
教室内が阿鼻叫喚状態となる中、『名前出しちゃったのは怒られるかなぁ? けどその内バレると思うし、先輩に怒られるのもそれはそれで……』と私は考えていた。
◇
時間は飛んで放課後。
浅田くんが真っ白な燃え尽き状態になったり、クラスメイトの女子たちから質問攻めに合ったりだのを乗り越え、ホームルームが終わるのと同時に教室を脱出して、校門前にスタンバイして先輩を待ち構えた。
先輩は帰宅部というか、放課後はまっすぐ帰るかダンジョンに行くかの二択な為、寄り道せずに校門へ現れるだろう。
校門近くの茂みで私を探すクラスメイト達をやり過ごしながらしばらく待つと、ようやくお目当ての人物が姿を現した。
全体的に整った容姿をしているが特に目立つと言う訳では無く、擬音にするなら『ポヤ』とか『ボヘ』と言った感じの雰囲気が印象をより地味にしている。
黒髪黒目で背が高いが、少し猫背気味な為本来の身長よりも低く感じられる。
目つきも柔らかく、全体的に落ち着いて目立たない雰囲気をしているが、これがダンジョンに入るとガラリと変わる。
背筋が伸び、猛禽のような鋭い目つきとなり、纏う雰囲気は鞘に収められた名刀のような、静かでありながら鋭さを内包したものとなる。
……多少贔屓目もあるけど、とにかくダンジョンに居る時の先輩は格好良い。
いや、寧ろ普段の先輩の魅力にも気付けるようになってからが本番と言えるだろう。
結論、先輩は今日も格好良い!
んんっ、いけないいけない、思考がそれ過ぎた。
先輩の周りには、先輩のクラスメイトで上級探索者の黄村先輩や、最近探索者になったばかりで先輩たちからアドバイスを受けている青ヶ谷先輩と緑河先輩が居て、楽しそうに話している。
……もしかして、ライバル増えた?
イズメちゃんは特にそう言った話をしていなかったから今は大丈夫なんだろうけど、この先もそうとは限らない。
となると、ここは一発牽制の意味も込めてかましておくべきですかね?
ならば! 全力で飛ばして行きますよ!!
「先輩っ!」
「ん? 『メリー』か、どうした?」
『メリー』と愛称で呼ばれて、顔がにやけそうになる。
この愛称は先輩が付けてくれた、先輩しか呼ばない、先輩と私しか由来を知らない特別な愛称だ。
その事を思うだけで、だらしなく顔がにやけそうになる。
が、ここは我慢だ。
未来の恋のライバル(かもしれない)に、私と先輩の仲を見せつけなければ!
「はい! 純情可憐な貴方の可愛い『嶋 永長』ですよ!!」
そうハッキリ言ってから先輩の右腕を取り、胸で挟む様に抱きしめる。
ふふ、どうですか先輩? マミナちゃんやコノハちゃん程では無いですが、私も胸の大きさには自身があるんですよ?
上目遣いに先輩の顔を覗くと、先輩は普段通りの表情で小首を傾げていた。
「うん? どしたんだ、急に?」
薄い! 反応が薄いですよ、先輩!!
こっちは結構勇気を出して、羞恥心と戦いながら頑張っているって言うのにこの人は……。
そのニブチンな態度、イズメちゃんに言いつけちゃいますからね!!
永長ちゃん、何故君はそんなフラグを立てるんだい?
なお、ゴールデンウィークは『蓬莱鉱山』の出現期間と、『シュガー・ポップ』の人気投票ライブと被っている。
ぺろっ、これは……『過密スケジュール』!




