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第一話 「魔導教典書士の朝は早い」

 探索者の朝は早い。

 いや、今日は平日で学校あるし高校生の朝は早いというべきか?

 まぁ、朝ご飯を作る為に早起きしている訳だから、職業とか関係無いんだが。


 俺は現在一人暮らしをしている。

 と言っても、実家から離れた場所にある高校に通っているからとかでは無く、実家が手狭になったから大きな家を買って引っ越したのだが。

 そんな金があるのかって? あったんだなぁ、これが。何せ俺、生産職に就いてますから。



 俺の探索者としてのジョブは『魔導教典書士スクリプチュア・メーカー』。

 『魔導書(グリモワール)』系統のマジックアイテムを作成するジョブだ。


 魔導書系統に属するアイテムは主に、使い捨てで魔法を使用することが出来る『スペルスクロール』、読むだけで魔法を修得出来る『マジックブック』、読むだけでスキルを修得する事の出来る『スキルブック』などが存在している。

 魔導教典書士はこれらを作成できるジョブであり、当時の俺はこれらのアイテムを売りさばいて荒稼ぎし、実家の近くで売りに出されていた豪邸を改装込みで一括支払いして購入したのだ。

 まあそのせいで貯金は雀の涙同然なんだがな!(無計画)


 現在俺が暮らしている家はその豪邸であり、敷地内でペットたちを放し飼いにしつつ、屋敷の大部分を工房として改装している。

 いや、工房として改装してあるだけでは無い、屋敷の敷地内には自作したマジックアイテムを配備して改造しまくってあるのだ。

 今まで泥棒に入られた事は無いが……クックック、もしうちに泥棒に入ろうなんていう不届き者が居れば、そいつは地獄を見る事になるぜ!


 そんな事を考えていながらキッチンへ向かっていると、背後から誰かがトテトテと駆けてくる音が聞こえ、振り返った瞬間にその何者かが俺の顔に飛びついて来た。


「むあっと」

「おっはよー! 蓮上!」

「おはよう、『イズメ』。今日も元気だな」

「もっちろん! なんたって私は『赤毛一尾の妖狐イズメ』様だからね!」


 こうして朝から元気に飛びつかれるのは、いつもの事なので特に驚く事無くおはようと挨拶する。

 飛びついて来て俺の顔面を抱き締めるようにしがみ付いているのは、赤茶色の髪をして狐の耳と尻尾を持ったコスプレっぽい感じのミニスカートの巫女服を纏った少女だった。


 ……いや待て判る。

 一人暮らしだって言ってたはずなのにこの状況はどういう事だ? とか、事案? とか、年端も行かぬ女の子にそう言う格好をさせて喜ぶ癖が? とか、言いたい事は色々あるだろうが通報するんじゃない!

 って、俺は誰に言い訳しているんだ……?


 んんっ、まぁ良い。兎に角この子の説明をしよう。

 この子の名前は『イズメ』、俺のペットであるアカギツネであり、現在は『人化』スキルで人型の姿となっている。

 何故この子が『人化』スキルなんてものを持っているのかと言えば、俺がジョブの能力で作った『人化のスキルブック』を使ったからだ!


 ……いやまぁ、スキルが獲得出来たことから判る通り、俺は自分のペットたちを連れてダンジョンに潜る事が多々ある。

 その為、ペットたちもステータスを持っていた訳だが、如何せん動物の知能じゃステータスウィンドを表示させることも出来なくて困っていたのだ。

 そこで役立ったのが人化スキルなのである。

 このスキルのおかげで、俺は人化したペットたちと会話することが出来るようになったし、一緒に話し合って作戦を練ってからダンジョンに挑んだり、取得するスキルやジョブを話し合って決める事によって、効率良くダンジョンを攻略出来るようになった。


 だから別にいやらしい目的でイズメたちを人化させたわけでは無いと言うのは覚えておいて欲しい。

 証拠として、俺のペットの中にはメスもオスも両方いる。


「蓮上? 一人で何ぶつぶつ言っているの?」

「いや、何でも無い! 何でも無いはずだ。ただ少し壁の向こうとの交信が」

「??」


 首を傾げながら疑問符を浮かべているイズメに、自分でも良く判らない言い訳をしながらリビングに続く扉へ向かう。キッチンはその更に奥だ。


「ところで蓮上、お腹で喋られるとくすぐったいよ?」

「なら抱き着くのを止めて降りろって、リビング入る時頭ぶつけるぞ?」

「はーい」


 素直に返事をすると、イズメはするすると下りて俺の隣に立った。

 勝ち気で我儘な印象を与えるイズメだが、その実は聞き分けの良い良い子なのだ。

 ちなみに、コスプレっぽい巫女服や自分の事を『赤毛一尾の妖狐』と言っているのはただの趣味だ。

 正確には、中学時代の妹の真似をしている。




 リビングに入ると、先客がコーヒーを飲みながら新聞を広げている姿が目に入る。

 イズメと共に挨拶をするのと同時に、ビジネスウーマンでも無いのに格好が様になっているなぁという感想を持った。


「おはよう、『マミナ』。今日も早いな」

「おはよう、蓮上。まぁいつも通りよ」

「おっはよー! マミナ!」

「ええ。おはよう、イズメ」


 俺とイズメの挨拶にゆったりと返して来たのは、艶やかな黒髪にタヌキの耳と尻尾を持つ、黒いドレス姿の美女だった。

 彼女の名は『マミナ』、イズメと同様に俺のペットの一員であるホンドタヌキである。


 この家では、料理が出来るのが俺かマミナのどちらかのみな為、ご飯を作るのは当番制となっている。今日は俺の当番の日だ。

 人化しているとは言え、動物である彼女らが料理をしたり、人間と同じ食事をする事には疑問を持つだろうが、そう言うもんだ、気にすんな。

 なお、料理は俺よりマミナの方が上手い。


 マミナがドレスを着ている理由だが、昔見た洋画のダンスシーンに憧れているから、ドレスを普段着にしているのだそうだ。

 今では母に連れられ、週に何度か社交ダンスの教室にも通っている為、踊るのも上手い。

 ちなみに俺も一度連れられて参加したのだが……お母上様から直々に、「才能と言うかセンスが無い」ときっぱり言われてしまった。


 ……ま、まぁ昔の泣きそうな経験の事は置いておいて、さっさと朝食を作るとしよう。今日は平日で学校があるんだからな。


「じゃ、俺は朝ご飯作って来るから。 ……そう言えば『コノハ』は?」


 いつもなら既に来ている筈の三匹目のペットの姿が無い為そう聞くと、マミナが答えてくれた。

 が、ちょっと機嫌が悪そうだな。


「まだ寝てるんじゃないかしら? 昨日は一晩中満月に向かって吠えてたし」

「あー、月一のアレか。なら起こさない方が良いかな? それはそれで後で拗ねそうだけど」


 三匹目の子は、何と言うかワンコである為、そう言う日もあるのだ。

 何で吠えているのかは、本人に聞いても判らなかった。本能のなせる業か。


「なら私が起こして来ようっか?」

「行かなくて良いわよ、イズメ。自業自得なんだから」

「……マミナ、何かちょっと機嫌悪いな。どうした?」


 俺がそう訊ねると、マミナは少しバツが悪そうに目を逸らしながら、理由を応えてくれた。


「……部屋の防音アイテムの効果が切れてたみたいで、五月蠅くて眠れなかったのよ」

「そうだったのか? 起こしてくれれば直ぐ直したのに」

「夜も遅かったし、今日は学校だったから起こしたくなかったのよ。寝坊して遅刻したりしたら大変でしょう?」


 どうやら気を使わせてしまったらしい。

 確かに効果切れの防音アイテムを新調するのは結構な時間がかかるが、そんなのどうって事無かったんだけどなぁ。

 ま、マミナが気を使って我慢してくれていたんだ。素直にお礼を言っておこう。


「そっか。ありがとな、マミナ。気ぃ使ってくれて」

「このくらいどうって事無いわよ」


 そう言って、マミナは再びコーヒーに口を付ける。

 眠気覚ましで飲んでいたのかな? 帰って来たら、真っ先に新しい防音アイテムを用意しなきゃなぁ。


 そんな事を考えながら、俺がキッチンに引っ込むと、イズメとマミナが話し出した。


「ねぇマミナ? 自分の部屋が五月蠅くて眠れないなら、私の部屋に来れば良かったんじゃない?」

「あ……そうね、失念してたわ」


 簡単な解決方法を失念していたかぁ……うっかりだなぁ、マミナは。


「ふーん、じゃあ蓮上の部屋は?」

「そんなことしたら結局防音アイテムが切れてることが判っちゃうでしょ? 考えたけど行かなかったわよ」

「ふぅーん? 私の部屋に行くのは失念してたのに、蓮上の部屋に行くのは思いついたんだ?」

「そ、それは……!」

「本当は行きたかったけど、勇気が出なかったんでしょ? 情けないんだからぁ」

「う、五月蠅いわね!」


 ……姦しいなぁ。

 いやまぁ、難聴系主人公を気取るつもりは無いし、好かれているのは純粋に嬉しいんだけど、何せ元は普通の動物だからなぁ。


 世の中ままならないなぁと考えつつ、俺は朝食の準備を進めた。

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