第十七話 「緋色に眩み、安らかに眠れ」
死にゆくあなたに安らぎを
キィィィーーーーーーーーーッ!!!
ジェットエンジンの様な噴射音を遥か後方に置き去りにし、『朱雀羽織・飛翔形態』を纏った俺が空を翔ける。
音速を容易く超える飛翔形態の飛行では、俺自身が噴射音を聴く事はほとんど無いのだが、黄村を始めとした他の探索者たちによれば、飛翔形態の噴射音はどこか怪鳥の鳴き声の様にも聴こえるらしい。
録音されたものを聴いても、俺には良く判らなかったがな。
ま、そんな事はどうでもいい。
どうでもいい事を考えてしまう程度には暇である証拠なんだがな。
飛翔形態でのデウスホーンドラゴンへの突撃、到達まで一秒も掛かりはしない。
だが、集中しているせいか妙に時間経過が緩やかに感じてしまう。
そのせいか、余計な事ばかり考えてしまっているようだ。
『神龍の角・寵愛されし者』
まともに戦うのであれば、三日三晩休まずに戦い続けたとしても倒せるか怪しい相手だ。
奴と戦う黄村と藍藤の姿を見たのはごくわずかな時間だったが、それほどの性能を持った相手だと言うのはよく理解出来た。
何よりその堅牢さから、例えば『屍征獣』を相手にしても持久戦で正面から磨り潰していたのではないかと思わされるほどだった。
死人が出ていないのが、本当に奇跡的なほどの強敵だ。
奴の『奥義スキル』が生存特化で攻撃性能にはあまり寄与しないスキルで本当に良かった。
もし奴を野放しにして、攻撃性能の高い『二つ目の奥義スキル』でも獲得されていたら?
……間違いなくこの街の探索者たちに過去最大級の被害が出ていただろう。
あるいは、奴が最初から攻撃的な『奥義スキル』を持っていたとしても、多数の死者が出ていたはずだ。
ダンジョンの恐ろしい所はこう言った所だ。
ある日突然、何の前触れもなく周辺のモンスターの平均的な強さを度外視した、規格外の怪物が現れる。
今回の事にしたって、現れたのが上級探索者がメインの狩場としている『常秋の山腹』ではなく、下級探索者が多くいる『常春の裾野』であったのなら、間違いなく数十人、あるいは数百人単位で死傷者が出ていたかもしれない。
幸い『四季巡礼の山地』で探索者の中から死者が出たという事は今までない。
フィールド型ダンジョンと言う特性上、突発的にボスモンスターなどが出現しても直ぐに発見されて対処されるし、探索者に救援が必要な状況になっても、直ぐに周囲の他の探索者が急行できるからだ。
しかし、他のダンジョンもそうであるとは限らない。
多くのダンジョンは一階層ごとの移動手段が階段のみの地下構造体型であるため、どうしても救助が間に合わないという事がある。
俺の住む町に出現したダンジョンが『四季巡礼の山地』で良かったと本当に思うよ。
デウスホーンドラゴンは強大なボスモンスターだが、こうして早期に発見して対処出来ているし、負傷者はあれど死者は出ていない。
奥義個体のレイドボスと言う恐ろしい存在も、一月もしない内に日常の中で記憶から薄れて行くのだろう。
―――そして、間もなく奴は死ぬ。
他でもない、俺が殺す。
探索者は非道な職業だという意見が一定数存在している。
罪の無いモンスターの生活圏に押し入り、一方的に殺戮してその死体を辱める卑しい職業だという意見が、だ。
そう言った連中には、「お前らは肉も魚も食わない菜食主義なのか? 生まれた時から食うために育てられ、自由な野生動物では無く管理された家畜としての一生を強いられ、最後には屠殺され死体を切り分けられてスーパーに並ぶ。そう言ったものを口にした事が無いのか? 菜食主義にしたって、自然に育まれたのではなく、食われるために種をまかれ、食われるために育てられ、食われるために切り分けられた野菜を食べたことが無いのか?」と、そう問いたい。
生き物を殺してその死体を利用するのは悪なのか?
サバンナにでも行ってみろよ! 肉食動物に食い散らかされた動物の死骸なんてその辺に転がっているぞ!?
生き物を殺して肉を食うなり、その死骸を利用するなりするのは、自然界でも当たり前の行いなんだよ!
それを非道だの、卑しいだのと言い出すのは、人間の勝手なエゴでしかない。
自分たちは野生動物と違うと言いたいつもりか? 一皮剥けば、人間もまたこの世界に生きる獣の一種類にすぎん。
そんな単純な事実に目を向けない者のなんと多い事か。
いただきますとごちそうさまの意味も考えずに、自身を棚上げして他者を非難する下劣のなんと多い事か。
生き物を殺す事は悪い事?
死体から素材を剥ぎ取るのは、死者を辱める行い?
確かにその通りなんだろうよ、人間の持つ道徳や倫理観の中では。
だが、忘れてはいけない。
人間も、人間以外の生き物も、他の何かを糧にしなければ生きていけないのだという事を。
弱肉強食、食物連鎖は自然の中で確立されたルールであるという事を。
人と獣を明確に分ける点があるのだとすれば、それは死を思う事でも、死を悼む事でも無く……死に礼を尽くす事が出来るかどうかである。
人と獣、弱者と強者、草食と肉食、善と悪……死だけはそれらに等しく訪れる。
死とは終わりだ。連続性の途切れた、断続の後の事など誰が気にすると言うのだろうか?
死は等しく終着である。
故にそこにあるべきは、礼節であり慈悲の心だ。
死体なんぞ物言わぬ抜け殻、ただの肉の塊に過ぎない。
食い千切ろうが、切り刻もうが、辱める事にはつながらない。
死を辱めると言うのは、死ぬ最後の瞬間までを苦痛で汚す事にある。
だからこそ生き物を殺す時、俺の究極の理想は苦痛も恐怖も与えずに一撃で首を刎ねる事であるのだ。
殺すのであれば殺意は要らない。あるのは相手を労わる慈悲で良い。
殺すのであれば激しさは要らない。あるのは凪いだ湖面のような穏やかさで良い。
殺すのであれば速くあれば良い。鋭くあれば良い。優しくあれば良い。静かであれば良い。
殺すのに熱意は要らない。興奮は要らない。奮起は要らない。葛藤は要らない。呵責は要らない。加減は要らない。
力む必要も、猛る必要も、覚悟も決意も憎悪も憤怒も憐憫も後悔も必要無い。
ただ、野に吹く微風の様に。
ただ、温かく照らす日差しの様に。
ただ、眠気に微睡むが如く、優しく温かく穏やかに。
そのように首を刎ねれば良いのだ。
ああ、気付けばもうすぐそこまでデウスホーンドラゴンに迫っている。
デウスホーンドラゴンはこちらを見てはいるが、俺の事は見ていない。
見ているのはあくまで、炎と風を吹き出し飛翔する『朱雀羽織』の赤だけだ。
デウスホーンドラゴンは、間近に迫った赤い翼を迎撃する。
全身から放たれる雷撃が、口から放たれた炎のブレスが、初見の攻撃である角から放たれた大出力のレーザーが、敵を滅ぼさんと殺到する。
だが、――――――
「――緋色の羽ばたきに目が眩んだか?」
デウスホーンドラゴンが攻撃したのは、既に俺が脱ぎ捨てた後の『朱雀羽織』だ。
俺自身はとっくに、デウスホーンドラゴンの首に巻き付けた『黒百足』を伝って、デウスホーンドラゴンの頭の上に立っている。
だが、デウスホーンドラゴンは俺の存在に気付けない。
俺に一切の敵意は無く、悪意も無く、害意も無く、殺意も無い。
だからデウスホーンドラゴンは、一切の脅威を感じない俺に、体を撫でる微風程度にも注意を向けられない。
もはや、詰みである。
「『安らかに眠れ』。確か、そう言うんだったよな?」
呟きつつ、攻撃に呑まれかけた『朱雀羽織』を『収納』スキルに回収しながら、軽く飛び上がって頭を下に、足を上にしてデウスホーンドラゴンの頭部から落下する。
上下逆さまの状態で落ちる途中、実体化しているデウスホーンドラゴンの頭部と、非実体となっている胴体の中間に差し掛かった瞬間、俺は一切の淀み無くするりと『紅鋼』の刃を振るった。
「『空中両断殺法』」
紅蓮の色をした光の線が、一瞬だけ閃いた。
そしてそれだけで、静かに首をずらしながら『神龍の角・寵愛されし者』は死んでいった。
苦痛無く、恐怖無く、微睡む様に穏やかな――。
そんな死でありますようにと、俺は祈った。
死生観が諸行無常している系主人公『赤松 蓮上』こと『首刈レッドジョー』。
菩薩の心で慈悲深く首刈してくるのが本当に頭おかしい。
そんなんだからお前、新興宗教の現人神として信仰されるんだぞ?
本人全く知らないけど。




