第九話 「魔導教典書士と首刈の原点」
首刈とは原点にして頂点。
なんて言えちゃう系主人公です。
黄村に案内されて少し歩くと、そこには十匹ほどのスライムたちが群れていた。
うむ、丁度いい感じのを見つけてくれたな。流石忍者。
「さて、じゃあ二人にはあれを倒して貰うんだが……一応余計なのは間引いとくか?」
「そうでござるなぁ。制服が汚れると申し訳ないでござるし、二匹だけ残して置けば良いと思うでござる」
「えっと、心配するところって服が汚れる事だけなの?」
「スライムも一応モンスターなんスよね? そんなに弱いんスか?」
「「弱い」」
俺と黄村が声を揃える。
スライムはゲームでも定番のモンスターであり、ゲームによっては物理攻撃が効かず酸による溶解攻撃を使って来る凶悪なものもいるが、ダンジョンに出て来るスライムはマジで弱い。
正直人によっては、カブトムシより弱いとか言われるほどの脆弱さだ。
ダンジョン内のスライムは、ゼリー状の体の中にテニスボールくらいの核を持っており、これが明確な弱点なのだが、ぶっちゃけ弱点なんかつかなくても倒せてしまう。
体の一部を素手で引き千切るだけでも、スライムは体液を撒き散らして絶命し、その体は油粘土以上に柔らかい。豆腐よりはマシと言ったレベルだ。
それと、スライムは様々な体色の個体が存在しているが、ゲームの様に色によって特殊能力を亜種だとかに分かれているという事も無く、どんな色でもただのスライムだ。
モンスターと言うのは、基本的に地球上の似た生物より高い能力を持っている事が多いが、似た生物がおらず、かつ地球上のどんな生物よりも弱いのでは? と言われているのがスライムなのである。
アメーバと似ているのでは? と言う意見もあるが、中型犬くらいの大きさのモンスターを微生物と比べてもなぁ。
「スライムの厄介な所は、体液による汚れが落ちにくい位で、それを抜きにしたらマジで何の強みも無い最弱モンスターなんだよ」
「しかも素材に関しては『スライムの核』と『スライムの体液』が買い取り対象でござるが、錬金術で作れる薬品にスライムを引き寄せるという効果の物がござって、管理局はそれを使って定期的にスライムを大量捕獲してるから、買取価格も雀の涙ほどで旨味のまったくないモンスターなのでござる」
「スライムくん、ボロクソな言われようっスね。良い所無しっス」
「何だか倒すのがちょっと可哀想になっちゃうね」
これから探索者やるんだから甘っちょろい事を言うなよ、確かにスライムくん可哀想だけど。
まぁあいつらはあいつらでダンジョンの生態系には役に立っているし、俺もそれなりに親しみは持っているが。
スライムくんはスライムよりちょっと強い位の雑魚モンスターたちの食料にもなっているし、ダンジョン内のゴミを食べてダンジョンを綺麗に保ってくれる存在でもある。
探索者の間では『ダンジョンの掃除屋』とか、『ダンジョンの清掃員』とか呼ばれて親しまれている存在なんだ。
それに初心者が探索者になるに当たって、ステータスを獲得するために高確率でお世話になる存在でもある。
故に、感謝と共に撲殺して差し上げろ。
「それじゃあ間引くか、黄村」
「いや、拙者は辞退させていただくでござる」
「何でさ?」
「折角だから、青ヶ谷殿と緑河殿には『綺麗なスライムの倒し方』を見せて差し上げようと思ったのでござる。首刈殿、そう言うの得意でござろう?」
「んー、まぁ得意っちゃ得意だけど」
「綺麗な倒し方?」
「そうでござる。スライムに限らず、モンスターの体は素材としてそのまま買い取り対象でござるからなぁ。より高く売るのなら、より良い状態で倒す方法を学ぶのが一番なのでござるよ」
「おお、なんかいかにもプロって感じっスね!」
「プロでござるからな!」
ドヤっているがな黄村。お前が基本焙烙玉で全部爆破したがる爆弾魔な事、俺知ってるからな?
隠密は出来る癖に、戦闘になると途端に暴れまくるっての、姫樫弟から聞いてるからな?
そう言うとこだぞ忍者ェ……。
「……まぁ良い、全員ちょっと見てろ」
そう言って俺は、収納の中からレイピアを取り出して手にした。
「あれ、ジョーくんの武器って大鎌じゃないんスか?」
「普段は大鎌だよ。けどスライム相手だとこっちの方がやり易いから。 ……それにスライムって首が無いから大鎌で刎ねられないし」
はぁ、と溜息を付くと、青ヶ谷女子が若干引き気味に訊ねて来た。
「そ、そんなに首を刎ねられないのが残念なの?」
「うん、まぁ……別に首刈である必要は無いんだけど、こればっかりは俺のこだわりだからなぁ‥…」
「首刈がこだわりってすっごく猟奇的っスね」
「いや、俺のこだわりは『なるべく苦しめず、痛みを感じさせる間も無く、相手を最速で絶命させる事』だよ」
更に言えば、痛みや苦しみはもちろん、恐怖も自分が死んだことさえも感じさせないのが理想だ。
――俺が探索者になったのは、自らの意思では無く偶然の結果だった。
『四季巡礼の山地』が発生した時、当時はイズメとマミナの二匹だけを飼っていた俺は、ペットたちの散歩中にダンジョンの生成に巻き込まれた。
突如として周囲が灰色の霧に包まれたかと思うと、数秒して霧が晴れた頃には『常春の裾野』の中ほどの所に、ペットたちと共に佇んでいたのだ。
そこからダンジョンを脱出するまでの過程で、モンスターを何度か倒した為、その時ステータスを獲得したのである。
俺が最初に倒したのはゴブリンだった。
訳も分からず立ち尽くしている所に、錆びの浮く粗末な短剣を手にしたゴブリンが現れ、奇声を上げながら襲い掛かって来たのである。
突然の事に理解が追い付かず、棒立ちのまま無防備にゴブリンの刃を受けそうになった俺を助けてくれたのは、イズメとマミナの二匹であった。
イズメがゴブリンの顔面に飛び掛かり、マミナが短剣を持つゴブリンの腕に噛み付いて、俺を守ってくれたのだ。
その光景に俺が驚き立ちすくんでいると、次の瞬間ゴブリンに振り払われたイズメとマミナが地面に叩きつけられ、短い悲鳴を上げる光景が目に入って来た。
そして、その時俺の中の何かが切れた。
気付いた時には、外して手に持っていたイズメとマミナ用のリードを使ってゴブリンを絞め殺していた。
イズメとマミナを守る為だったし、明確に俺へと殺意を向けて襲い掛かって来た為、後悔は無かったが首を締め上げる時の嫌な感触と、苦しみ藻掻くゴブリンの呻き声はいつまでも手と耳に残っていた。
その後、殺したゴブリンが持っていた短剣を手に、俺は傷付いたイズメとマミナを抱えてダンジョンの脱出を目指した。
幸いにも、ダンジョンの内側からは外の街の様子が見える為、街の方を真っ直ぐ目指せば脱出は容易だった。
だが、その途中何度かゴブリンを始めとしたモンスターたちに襲われた。
俺はイズメとマミナを庇いながら必死に戦い、全員殺した。
その時の事だ。
一度だけ、ゴブリンの首に短剣がクリティカルヒットして、一撃で首を刎ねた事があった。
その時だけは、手に嫌な感触が残らず、ゴブリンが苦しむのを感じる事も無く殺すことが出来た。
その事がずっと記憶に残っていたからだろう。
ダンジョン関連の法や行政が異様な速さで整えられ、ダンジョン発生から一か月ほどで探索者活動が出来るようになった俺は、気付けばどんなモンスターでも一撃で首を刎ねて殺すようになっていた。
それこそが『首刈レッドジョー』の原点である。
俺が探索者を始めた理由?
それは今も昔も変わらず、食費の為だ。
俺自身やペットたちで無く、俺の家族は両親も妹も爺ちゃん祖母ちゃんも一家揃って大食らいな為、ダンジョンが一般に開放される前から出回っていた、『常秋の山腹』の食材がどうしても欲しかったのである。
ちなみに俺が正式に探索者を始める時、母さんやお祖母ちゃんも同時に探索者デビューをしており、今でも日夜食費を浮かせるために探索を続けている。
と言うか、俺のメインの狩場も『常秋の山腹』である為、良くかち合うのだ。
そんな事を思い出しながら、レイピアを手にスライムたちに近づく。
このレイピアはダンジョン内で時々見つかる『宝箱』から見つけた『ミスリル銀』製の物で、普段俺が愛用している大鎌『紅鋼』と違いマジックアイテムでは無いのだが、丈夫な良品である為、スライムのような首の無い核が弱点のモンスターを倒す時に重宝している。
……まぁ、使われる条件が限られ過ぎている事から分かる通り、出番は殆ど無いのだが。
ともかく、間合いに入ったスライムたちの核をレイピアで突き刺して倒して行く。
お手本として見やすいようにゆっくりやろう。
やり方は簡単。
剣を持つというより、長い竹串を持つ感じでレイピアの柄を摘まむ。
そうしてスライムに近づき、真上から真っ直ぐスライムの核目掛けてレイピアを突き刺す。
これを歩きながら合計八回やるだけだ。
「な、簡単だろ?」
そう言いながら振り返る。
するとそこには酷く真剣な目をした黄村と、酷く困惑した目で俺を見る青ヶ谷女子と緑河女子の姿があった。
「? え、どうしたんだみんな?」
俺がそう訊ねると、皆一様に理解不能な光景を見たと言わんばかりに呆然としていた。
「……まるで見切れなかったでござる」
「動きはゆっくりだったのに、何があったのか全然判らなかった……」
「何あれ……幻覚とか、超スピードとかで無く、動きそのものを知覚出来なかった……? 在り得ないでしょ……」
いや、何で最弱モンスターを倒しただけでそんな反応になるんだよ?
緑河女子に至っては、また被ってるキャラが剥がれてるし……。
訳判んないわぁ。
『主人公の攻撃について』
見えないでも、認識出来ないでも無く、注意を向けることが出来ない攻撃。
始めは自分とペットたちを守るために、その後は生きる為(食費を稼ぐため)に戦う事を決めた蓮上は、モンスターを殺す事に忌避感を持っていないが、相手が苦痛や恐怖の後に絶命する事に対しては忌避感を持った。
そこでたどり着いた結論こそが、『相手が自身の死を認識する間も無く一瞬で絶命させる事』……つまりは『首刈』である。
蓮上の攻撃は一切の殺気が無く、また道端の木石の様に注意を向ける事が出来ず、相手は『紅蓮の死神』としか形容出来ない蓮上の姿を見ても、一切の危機感を抱く事が出来ず、目の前に大鎌を振り上げた蓮上が居ようと自分が死ぬ事など夢にも思わぬ内に、ふっと居眠りでもするかの如く穏やかに首が落ちる。
その刃は一切の痛みを与えない必殺不可避の一撃である為に、酷く慈悲深い。
いや、やっぱこいつおかしいわ。




