【Second Sergeant Vivaldi(ビバルディー二等軍曹)】
「いよう! 1等軍曹、今夜は愛しい彼女と喧嘩別れかぁ? まったくお盛んな事で!」
「あんにゃろ!」
「かまうな」
トーニが怒るのを、俺は制止する。
俺をからかってきたのは、普通科のビバルディー2等軍曹、一番脂がのり切った29歳の軍曹は10も歳が下の俺の昇進が気に入らないらしい。
だから昇進するのは嫌だったのだ。
2等軍曹が1等軍曹に上がったところで、戦場で弾が逸れてくれる訳じゃない。
むしろ他の隊と連絡するために無線機を使う機会が多くなるので、敵の狙撃手からは的にされやすい。
そのうえ同じ部隊内で嫉妬を受けたんじゃ割に合わない。
「ビバルディーの野郎、自分の技量不足を棚に上げて、俺たちLéMATを目の敵にしてやがるからな」
席に着くと、先に喰っていたモンタナがビーフシチューを突きながら言った。
「知っているのか?」
「ああ、昔は俺も同じ普通科分隊に居たからな」
「同期か?」
「ああ、俺がアメフトで醜態を晒して逃げて来たとき、奴もまた同じような事をサッカーでやっちまってな……年も同じだったから、あの頃はよく連るんで遊んだもんよ」
「いつから、ああなんった?」
「コルシカの空挺訓練。俺たちは元スポーツ選手という自信もあって、どちらがトップで卒業するか賭けをしていた。当時は2人とも平隊員だったから、トップ卒業なら伍長に昇進できる。しかし結果的に俺たちはトップどころか、卒業も出来はしなかった」
「学科で落ちたのか、そりゃあ可哀そうに」
「馬鹿、そんなんじゃあねぇ」
いつものように、からかってくるトーニにモンタナが珍しく素で答えた。
「高原のマラソンも奴が1位で俺が2位。良い調子だったんだ、本チャンの降下訓練まではな」
「事故か……」
「ああ、しかも最悪の……」
僅か地上200メートル足らずの高さからパラシュート降下。しかも時速300キロで飛ぶ輸送機から。
タラップから飛び出して3秒以内にパラシュートが開き切らなければ、直ぐに予備のパラシュートを出さなければならない。
判断がコンマ5秒遅ければ減速できずに地上に叩きつけられるし、コンマ5秒早く予備のパラシュートを出すとパラシュート同士が絡まってしまい、それを直しているうちに地上に激突してしまう。
毎回事故が起こるわけではないが、俺の時は超低空での降下訓練の際、ひとり死んだ。
事故の詳細をモンタナが話してくれた。
ビバルディーが飛び出すまでは、何の問題も無かった。
だが問題は直ぐ次の隊員に起きた。
通常パラシュート降下は、誘導員が安全なタイミングを見計らって降下の指示を出す。
でないと、勝手に次々に飛び降りられたら、開いたパラシュートに次の隊員が突っ込んでしまうから。
もう今となっては原因は分からないが、次の隊員は誘導員の指示を待たずに飛び出してしまった。
そして先発したビバルディーのパラシュートに当たってしまい、パラシュート同士が絡み合う。
両者とも直ぐに予備のパラシュートを開いたが、あとから来た奴の方は予備のパラシュートも同じように絡まってしまった。
落下しそうになる相手の体をビバルディーは掴んだ。
見捨てることが出来たなら、まだ着地出来たかも知れない。
だが、ひとつのパラシュートに二人ぶら下ったのでは、殆ど減速は出来ないまま地上に叩きつけられる。
相手は首の骨などを折り即死。
そしてビバルディーも全身の骨を10数本もおる大怪我をした。
「2年間入退院を繰り返したあと、奴は復帰した。だがもうその時の奴は、俺が知っていた陽気なスポーツマンじゃなくて、全くの別人になっていたよ」
「でも、それでナトーや俺たちを恨むのは筋違いだろう」
「まあな、でも、何かにぶつけていなけりゃやっていけないんじゃないか?」
俺の周りにトーニやモンタナ、そしてブラームが集まってきていると言うのに、ビバルディーの机の周りには誰も居ない。
一人黙々と夕食を食べているその姿を見て、俺は妙に昔の自分を思い出していた。




