【Brutal villain Mehia(凶悪な悪党、メヒア)】
<前の夜:パリ郊外移民受け入れ施設付近のアパート>
「メヒア様、そろそろ――」
アパートに集まった10人ほどの中、副官らしい男が言った。
メヒアは、それを聞いてニヤッと笑いヘビのような目つきで私を見る。
「ヒネモス。3人連れて撃って来い」
「分かりました」
ヒネモスと呼ばれた副官はAK47を手に取ると、同じ銃を持った男3人を連れてドアの向こうに消えて行った。
「これから俺たちは、ここを引き払ってムフタール通りのMホテルに移動する。……まあ、特等席ってわけだ。そうだな、ジュジェイ」
「その通りで」
「しかし、もしパリ警察にこの付近を見張られていたら、移動すれば直ぐにばれてしまうわよ」
「さすがレイラ。リビアで副官を務めただけのことはある。……と、褒めてやりたいところだが、青臭いな。見ていろ、今にパリ警察も見張りどころじゃなくなる」
今度は私と眼も合わせず、金歯で輝く歯を見せて声も出さずに笑った。
しばらくすると、通り2つくらい向こうから自動小銃の連続射撃音や爆発音と共に、沢山の人たちの悲鳴が聞こえたかと思うと、それまで夜の闇を映していた窓が真っ赤に色づいた。
「旅立ちの歌だ」
メヒアは悲鳴を聞きながらそう言って笑うと、真っ赤な窓に目を向けて、ゆっくりと腰を上げた。
「車は」
「今、裏に着けました」
「よし、レイラ。直ぐ行くぞ」
Mホテルなら知っている。
このまま行けば、腕時計に付いている発信機により、メヒアたちは一網打尽。
しかし、この男の目を見たときに、そう上手くはいきそうにないと思った。
その最大の原因を作るのが、いま私が着けている腕時計。
メヒアは最初から、この腕時計を何故か疑っている。
おそらく、Mホテルに着く前には必ず腕時計を調べるだろう。そして、発信機がある事が分かれば、今度は逆にこの腕時計を利用するはず。
そうなったとき、私が命を落とすだけではなく、作戦も混乱を極める。
この腕時計の秘密は、絶対に守らなければならないのだ。
メヒアに促されて、急いで階段を降りると、そこにはアメリカ製のリンカーンコンチネンタルが止っていた。
火事と銃声の中で逃げ惑う移民たちの中を急発進する車。
途中、子供を抱いた女が道路に飛び出してきた。
「ひけ」
言われるまま、車はスピードも緩めずに女をひいた。
悲鳴と共に、鈍い音が車の床下から聞こえた。
「なんてことを!」
「可哀そうに思うか、レイラ。だがな、移民として生き続ける方が奴らにとっては、もっと辛い未来が待っている。だから楽にしてやったまでだ。さすがにアメ車は違う。人をひいてもビクともしねえ」
メヒアは楽しそうに笑いながら、後部座席の真ん中に座っている私の方を振り向いた。
「レイラ、腕時計はどうした?」
私の手に腕時計が無いことに気付いて、聞かれた。
「あら、アジトに忘れて来たみたい」
「盗んだものを忘れて来る奴なんか、いやしねえ。忘れるときは、もっといい代わりの品を盗んだ時だけだ……さては、盗んだものじゃなさそうだな」
「いいえ、確かに盗んだものよ」
「信用ならねえな。おい、縛っておけ」
「ちょっと、何するのよ!」
いきなり両脇を押さえ込まれて縛られた。
「裏切り者には、死んでもらう」
「何を根拠に、私が裏切ったと言うの?!」
「根拠? 教えてやる、それは俺の直感だ。俺はその直感で今まで幾つもの修羅場を潜り抜けて来た」
暗いクローゼットの扉が開き、手足を縛られたまま、服の襟元を掴まれて出された。
「よお、レイラ、気分はどうかな?」
メヒアが、ご自慢の金歯を見せて笑う。
「いいわけ無いでしょ。早く縄を解いて頂戴!」
「“疑わしきは罰せず”と言う言葉があるが、それでは悪の道は生きていけないんでね。むしろ少しでも疑わしければ罰していかなければ生き延びていくことは出来ない。つまり“疑わしきは罰する”だよ」
「ザリバンは悪の組織ではないはずよ!」
「ほう――また、きれいごとを」
そう言うとメヒアは私の顔を覗き込む。
悪党独特の濁った眼差しではない。
まるで純粋無垢の赤ん坊のように澄み切った……いいえ、この世の物とは思えないほど、目の奥でギラギラと輝いている炎が放出されているのが見えるくらいに冷たく澄んだ“悪魔の目”。
その眼差しに捕らえられると、自分の瞳の奥にある無数の神経細胞を通じて、まるで頭の中で考えている事を読み取られてしまうような怖さを感じて、目を逸らした。
私が目を逸らしたのを見て、なにか分かったように、また金歯を見せて笑う。
はったりなのか、それとも本当に心を読み取ったのかは分からない。
メヒアは、しばらく私を探るように眺めていたが、そのうちにそのギラギラした目を窓の外に移した。
ホテルの窓からは、正面にノートルダム大聖堂がハッキリと見え、それに向かって葉巻の煙を吹きかける。
歴史的な背景や、建造物としての価値など分からないメヒアにとっては、ノートルダム大聖堂もこのビルもただの建物に過ぎない。
こういった無知な悪党のために、今までに幾つもの貴重な文化遺産が壊されてきたのだ。
メヒアがロシアンティーを飲んでいるとき、副官のヒネモスの携帯が鳴った。
「――なに!? それで?――何とかできないのか?!」
部屋中が凍り付くような緊張した空気が流れる中、メヒアだけが動じずに「なんの電話だ?」と普段通り……いや、普段よりもよりも逆に落ち着き払った声で聞き返し、それでまた部屋が冷たく凍り付いた。
「チュイルーリ公園で行う予定だったエアガンのイベントが敵にバレました」
緊張した声でヒネモスが言う。
「それで?」
「はい、駅には軍用車が出迎えに来て、参加者たちはこぞってそれに乗り込み、外人部隊の演習場に向かっているので、警備の混乱に紛れてノートルダム大聖堂に攻撃を仕掛けるのが難しくなるかと……」
“失敗は死”
そのおきてが更に部屋の空気を重くする。
「かまわん。突入させろ」
「……しかし」
「いい余興じゃないか。そうなんだろ、ジュジェイ」
「はい。こっちの方は、予め見破られる含みを持たせてあるので問題はありません」
「そうか――しかし忘れるなよ。そのためにワシの部下が死ぬことを」
「はい。その点は申し訳なく……」
それまで飄々としていたジュジェイの表情が青ざめた。
「まあいい。作戦に死人は付きものだ……お互いにな」
メヒアは、ゆっくりと冷めたロシアンティーを口に運んだ。
Lincoln Continental
7.5ℓV8エンジン
全長 5.918m
全幅 2.029m
重量 2.4t




