表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グリムリーパー  作者: 湖灯
*****Opération“Šahrzād”(シェーラザード作戦)*****
56/273

【To friends(仲間のもとへ)】

 前線基地へ帰ると、国軍と傭兵部隊が通路を二列に挟み並んでいて、その中央をハンスの運転する車に乗って悠々と通った。

 まるで国賓待遇。

“捧げ筒”の状態で不動の姿勢を取っているパトロール部隊員とは対照的に、女性兵士などはまるで街頭に見物に来た人たちのようにキャーキャー騒ぎながら手を振って出迎えてくれた。

 司令部前で車を降りると、前線基地司令官のミラー少佐が出迎えてくれた。

「やあナトー2等軍曹。よくやってくれた」

「有難うございます」

 握手を求められ、敬礼をした後にそれを受けると、周りに集まった兵士たちが盛大にクラッカーを鳴らす。

 まるでクリスマスみたいに。

 夕食はみんなで集まって、いつもの質素なものではなくステーキや子豚の丸焼き、チキンを出されたが、俺はステーキとポークには手を付けずにチキンだけを食べた。

「ぃようナトー! 改宗か?」

 俺がチキンしか食べていない事に気が付いたトーニが、そう言って揶揄ってきた。

「つい習慣でね」

 そう答えたが、実際はバラク亡くなったこの日だけは戒律を守りたかったから。

 食事中にブラームがきてバラクの事を聞いてきたので、亡くなった事だけを伝えた。

「すまない。俺がもっと注意していれば死なさずにすんだのに……」

 落ち込んでいるブラームを見て、好い奴だと思った。

「仕方がないよ。もしも手を縛ったのが俺だったとしても、ナイフになっている付け爪などに気が付きはしなかっただろう。それよりも死んで良かったのかも知れない」

「良かった?」

「ああ。これから先、ザリバンのリビア方面軍司令官として捕虜になったバラクには非人道的な尋問や、人格を無視したような言葉が投げつけられるはず。そして、その全てが終わったあとは長い牢獄での生活が待っている。それが避けられただけでも俺は良かったのではないかと思う」

 正直、そう思った。

 復讐への執着心の消えたバラクに残ったものは、元々の優しい心。

 決して、そのような試練に耐えられるような人でもなさそうだし、そのような試練を味わせてはならないとさえ思った。

 もしもバラクがまだ生きていたとしたら、俺は部隊を抜け出してバラクを救出しに行くことになっただろう……。

「さてと、腹もいっぱいになった事だし。今夜は飲んで寝るか!」

 トーニが、高らかに言って皆を笑わせた。

「馬鹿野郎! 俺たちはこれから夜のパトロールだ!」

 モンタナが、その声よりも大きく応えた。

「だって、俺は昼間も街に行った」

「プライベートな事など知らん。Šahrzād作戦の終了が正式に通達されるまで、俺たちLéMATの任務は終わらない。DGSEに出向中のナトー以外は全員準備に掛かれ。出発は21時だ!」

 今度はハンスが皆に言った。

「いや、俺も行く」

「ナトー。無理をするな」

「行かせてくれ。見ておきたいんだ」

「……じゃあ俺の車に乗れ。今夜は俺が運転してやる」

「すまない」


 令式1号車にはモンタナ、トーニ、ハバロフ、ミヤン。

 2号車には、ニルス、フランソワ、ジェイソン、ボッシュ。

「あれ、俺たちは?」

「だから、俺の車だと言っただろう」

 そう言ってブラームと一緒に、ここまで乗ってきた白いバンに向かう。

「買ったの?」

「まさか。将校は公式な場に赴くこともある。そして、その中には軍用車両が不釣り合いな場合も有るから、そのときはこれを使う。もっとも俺個人の物ではないがな」

 ハンスはそう言って車に乗り込むと、時計を確認した。

 21:00

 1号車の横に立っていたモンタナが、出発の号令を上げる。


 何もない砂漠の道を3台の車両が進み、やがて街に入り、それぞれが違う道に分かれて行く。

 俺たちを乗せた白いバンは、令式軽装甲機動車を受け取った港から街中を走る。

 左手に見えて来たのは、エマが我儘を言って一緒に入ったカフェ。

 ここで俺はパンケーキを食べて、エマはチキンライスとピザを食べ、食後にウェイターが紅茶をサービスしてくれた。

 いつも礼拝のために通っていたモスクを抜け、マグリブのあと入った食堂。

 ここで、セバと出会い、ムサの家を紹介された。

 エマと服を買ったスーパーに、ふたりでひとつのパフェを食べたカフェ。

 男たちに襲われた路地。

 レイラと一緒に入ったブティックにNOTO軍の空爆で破壊されたレイラの家族が住んでいた家。

 そして海。

「ハンス。このルートって」

「エマが毎晩報告してくれていた」

「エマが!?」

「そう。まるでŠahrzādみたいにね。夜の海を見よう」

 ハンスは海岸で車を停めると、降りて外に出た。

「ブラーム」

「俺は車の番をしているから、行ってきな」

 声を掛けたブラームは、そう言ってニッコリと笑った。

 さざ波の音と磯の匂いのする風。

 月が浮かぶ地中海を大型の貨物船が悠々と進んで行く。

「見ろよ、この美しい海を。もしも、この海が真っ黒に汚れていたとしても、この景色は変わらない。それは夜の闇が色を消してしまうから」

 珍しくハンスが喋った情緒的な話。

「目に見えるものが全てじゃない。ものは見かたによって常に変化する。たとえ自らの復讐のために戦ったとしても、復讐したくてもそれを出来ないものにとって、それは英雄的な行為にも映るだろう。だけど、ただ殺し合うだけでは何も解決しない。肝心なのは始めたことの終着点。そうは思わないかい?」

 海を見ていた後ろ姿のハンスが振り向いた。

 清々しく透き通るようなブルーの目。

「バラクは立派に終わらせた。そうだろ」

「……うん」

「では、任務に戻る!」

 再び走り出した車は、焼けて歪に曲がった鉄の骨組みだけになってしまった港の28番倉庫に立ち寄ったあと、これも焼けて廃墟になったバラクたちのアジトに寄り3人で車を降りた。

「これは感傷のサービスではない。第二第三のバラクやレイラが現れるとしたら、その出発点になるかも知れない場所だ。注意しろ」

「でも昼のうちに。国軍が残った武器の調査などを済ませているだろう?」

「武器だけでは戦えない。武器よりも大切なものは強い精神力。それを支えるのが“象徴”だ」

「象徴?」

「そう。十字軍の心の支えはローマだし、第二次世界大戦に於いてフランスのレジスタンスにとっての象徴は凱旋門だ。もし再びこの地でザリバンを率いる者が居るとするならば、絶対ここに立ち寄るはず」

 そのときバラクの館からカランと乾いた音がした。

 銃を構えて中に入る。

 綺麗だった玄関も焼け焦げて真っ黒。

 中に入ると、再び何者かの音が聞こえた。

 音がしたのはバラクの部屋。

 ブラームに援護してもらい、倉庫の爆発で傾いてしまったドアを蹴り開けて突入した。

 しかしそこには誰もいないばかりか、ここだけ時が止ったように、あの道に迷った外国人観光者を装ってバラクに案内された時のまま綺麗な状態で、真っ白いソファーにはバラクの投げたイジェメック MP-443がマガジンを抜かれたそのままの形で放置されていた。

「軍曹。大丈夫ですか」

 押し殺したブラームの声が扉の向こうから聞こえてくる。

「ああ」と気のない返事をして室内をボーっと見渡していた。

「ひゃー、ここも派手にやられたもんですねー」

 あとから入って来たブラームが言った。

「派手に?綺麗なままじゃ……」

 振り返ると、今まで綺麗だった部屋がススだらけで荒れ果てていた。

 そして焦げたソファーの上に置かれていたはずのイジェメック MP-443は無く、そこには一匹の黒い猫。

「音の正体は、こいつだったのか」

 ブラームがその猫をひょいと摘まみ上げて俺に見せて俺に渡した。

「子猫」

 手の中に抱かれた子猫は、何度か俺の胸に顔を擦りつけるようにしてから顔を上げてニィーと小さくないた。

“暖かい”

 生きている温もりが伝わってくる。

「連れて帰ってもいいか?」

 振り向いて入り口に立っていたハンスに聞く。

「いいけど、部隊撤収までに引き取り手を見つけないと砂漠で死なせることになるぞ」

「分かった」

 猫を抱いてアジトを出る頃には、東の空が薄っすらと明るくなりかけて来ていた。

 車が次に留まったのはムサの店。

 昨日まで居た2階の部屋の電気は消えていたが、1階の電気が付いていた。

 店の奥から微かに声が聞こえる。

「爺ちゃん、トマトはこれでいいか?」

「なんだ、この切り方は! こんなのじゃ駄目だ、客に出せん。まったく、おもちゃの銃を振り回していたと思えば、ナイフの使い方も知らんとは」

 どうやら警察に捕まっていたセバが返って来て、お店の手伝いをしているみたいだ。

「中に入るか?」

「いや、いい」

 ムサたちもアラブの春とザリバンの脅威を乗り越えて、新しい一歩を踏み出している。

 今はもう俺がこれ以上関わってはいけない気がした。

 今度会うときは屹度ここを離れる時だろう……。

「じゃあ、基地に戻るぞ」

「OK!」

 ありがとうの言葉を付け加えたかったが、それは止めた。

 ブラームがいたからではないし、言うのが恥ずかしかった訳でもない。

 屹度ハンスはそれを言わなくても分かってくれている。


 横からのキツイ日に照らされながら、郊外を抜けて行く。

 路地から1号車が現れて、俺たちの後ろに着く。

 そして次の路地から2号車も合流して1号車の後ろに着いた。

 砂漠の一本道を3台の隊列を組んで進む。

“今日も熱くなりそうだな”

 膝に抱えた子猫を撫でながら、そう思った。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ