【Infiltration(侵入)】
いよいよバラクと出会った通り道に差し掛かった。
緊張することもなく、落ち着いた旅行者として近付いて行く。
通りの入り口には、昨夜と同じように警備をする兵士が3人。
幸運なことに、3人共昨夜と同じメンバー。
「Thank you very much last night(昨夜は、有り難うございます)」
親しみを込めた笑顔で挨拶すると、向こうも俺のことを覚えていてニコニコと笑っていた。
ハンスが俺のあとに続いて「昨夜は、道に迷ったところを助けていただいて、ありがとう」と、たどたどしいアラビア語で話しかけると、3人の顔が少し強張る。
俺が用件を話す。
「I owe you gratitude. Please match it with the yesterday's person」
3人はまたニコニコと笑い、意味が分からないのでハンスの顔を見る。
「感謝の為に来ました。昨日の人に合わせてください」
3人は困った顔をして顔を見合わせた。
3人が困るのも無理はない。
司令官を訪ねて、アポなしで素性の知れない人間が「直ぐに合わせろ」と言って来たようなものだ。
普通ならあり得ない。
「Please please」
そう言って俺は、ハンスの持っていた花束を上官の人に渡して、その中から3本千切って、それを3人の胸に差してあげた。
さすがに困っているらしく、笑顔が引きつっていたけれど、花束を持った男が手を広げてみせて「stop stop」と言って奥の方に向かって行った。
おそらく“wait”(待て)と間違えたのだろうけれど、俺は「Thank you♡」と言って、投げキッスをしてみると、彼は喜んで片手をあげてバラクの居る建物の中へ入って行った。
武器庫を破壊されて、さぞや物々しいと思っていたが、来てみるとそうでもないのに驚く。
ひょっとしたら、あの武器庫は対抗勢力の物だったのだろうか?
いや、でも確かにあそこにはエージェントも居た。
しばらく待たされたあと、さっきの男が違う4人を連れて出てきて手招きした。
「Ciao♪」と目の前にいる2人にイタリア語で挨拶すると、向こうも「Ciao」と言って返してくれた。
リビアはその昔はイタリア領だったから、屹度お爺さんかお婆さんにでも教えてもらって知っているのだろう。
バラクの居る建物の前で、持ち物検査をされたので「What are you doing?(何なの?)」と、驚いて見せた。
勿論、持ち物検査や身体検査をされるのは承知の上だったが、何も知らない旅行者を装っているのでこれは当たり前にするべき行動。
俺は持ち物だけだったが、ハンスの方は念入りに身体検査をされて部屋に通された。
案内してくれた男は、そのまま持ち場に戻ったが、この前と違い部屋には兵士が2人一緒に入って来た。
バラクの様子から察すると、彼が何物かの手によって監視されているらしい。
その原因は爆破された倉庫の件であることは明白。
けれどもバラクは何事も無かったように私たちに紅茶を入れてくれて、ほんの少しだけ話に付き合ってくれたが、監視の兵の咳払いにより短い会談は打ち切られた。
バラクに促されて、俺も席を立ち、ハンスが俺の顔を見ながら席を立つ。
ドアに近づくと、監視役の2人がドアを開けてくれた。
開かれた直ぐ向こう側にも綺麗に2人並び、俺たちを見ている。
部屋を出て2人の監視役と2人のドアマンとの丁度中間地点でハンスと俺は立ち止まり、「ありがとう」と言ってお互いの目の前に立つ前後の監視役の2人に手を差し出してニッコリ笑う。
向こうは意味も分からず、その握手に応じてくれた。
そして、バラクを振り返りウィンクして見せて「Don't make a noise(騒がないで)」と伝えた。
一瞬バラクの表情が変わったが、もう遅い。
俺とハンスは、お互いの目の前にいる2人のドアマンと2人の監視役を襲い、瞬時にして4人を倒した。
「お前たち、なんてことを……」
「しっ!」人差し指を口に当て、バラクを見て言った。
「あなたたちを助けに来ました」と。
「僕たちを?」
「そう。あなたを助けることにより、あなたの同士も助けられる」
「それは、いったい……」
「協力してもらわなければ私たち3人は死ぬことになるでしょう。とにかく、あなたを連れてここから脱出します。裏口は?」
「裏口はこの通路を右に曲がった奥の食堂にあるが、そこにも衛兵はいるぞ。しかも、広いから不意打ちなんて出来ない。僕が囮になるからナトー、君たちは逃げてくれ」
「ハンスいい?」
バラクの言葉をいったん無視して、今倒した4人に猿ぐつわを付けて、身動きできないように縛っていたハンスに確認を取り、それからバラクに向き直る。
「大丈夫、信用して。私はハイファの子よ」
そう言ってバラクの右の頬にキスして食堂に向かう。
追いかけようとしたバラクの手をハンスが止めた。
通路を右に曲がると直ぐに通路の向こうに食堂が見え、そこにも2人の衛兵が居て直ぐに俺に気が付いた。
食堂の傍には化粧室があると思っていたのが当たり、衛兵に笑顔を向けて手を振り「お手洗いを貸してください」と悪びれずに言って中に入る。
もちろん衛兵も立場上見逃すはずはないが、その表情は緊迫したものではなく緩く、一人が面倒くさそうに近づいて来るのが見えた。
トイレのドアを閉めて、用を足す。
男が入ってくれば、そこで仕留めるつもりだったが、なかなかマナーが良くて入ってこなかった。
トイレから出て鏡に向かってノンビリお化粧を直しながら携帯を見ていると、遅いことを不審に思った男が入って来たので「携帯の調子が悪いのだけど、分かりますか?」と携帯を見せると、男が手を出したので渡す。
「9のキーが押せないの。たしか9のキーを長押しすれば、ロックが解除されるはずだったんだけど……」
男は手に持った携帯電話の9のキーを押し、そしてそのまま俺の方に体を預けに来た。
そう、9キーの長押しは携帯自体に高圧電流が流れる仕組み。
男から携帯を取り上げて、控えめにキャーと悲鳴を上げた。
もう一人の衛兵が慌てて走って来る。
気絶した男を抱えながら、俺はその男に襲われている哀れな女を演じてみせる。
片方の手は携帯を持ったまま突き出してバタバタともがく。
血相を変えて入って来た衛兵が、その光景を見て呆れた表情に変わり、気絶した男の肩に手を掛けようとしたところで携帯を当てた。
押したキーは0で携帯はスタンガンモードになり当てられた男が気絶している男の上に覆いかぶさるように倒れた。
「いいぞ!」
俺の合図ですぐに、ハンスがバラクを連れて来た。
「殺したのか!?」
「いいえ、スタンガンで気絶してもらっただけです。怪我をしないように、倒れるところは私が支えました」
バラクは膝をついて、脈を診て言った。
「分かった、君たちを信じよう」と。




