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グリムリーパー  作者: 湖灯
*****Opération“Šahrzād”(シェーラザード作戦)*****
42/273

【Commander Barak(司令官バラク)】

 俺が走ると、直ぐに奴らが追いかけて来た。

 走るのは得意だ。

 しかし、ビジャブを巻いていたのでは邪魔になるので外して、我武者羅に走った。

 最初は6人の追って来る足音が聞こえていたが、それが1人減り、また1人減りと少なくなってきた。

 しかしまだ2人着いてくるし、落後したと思った奴も、どういうわけか復活していたりする。

 屹度、携帯で連絡を取り合って、予想できるルートを先回りして来ているのだろう。

 大通りを真っ直ぐに突き進めば、簡単に振り切れたかもしれないが、それだと夜警に出ているLéMATの仲間と遭遇してしまい潜入捜査がバレる恐れがあるからワザワザ狭い道を選んで走った。

 もしも部隊の仲間が俺の名前を呼んだりするだけで、不審に思われて作戦の続行は不可能になるし、何も知らずに店で待っているエマを危険に晒すことになりかねない。

 しかし狭い道は袋小路になる場所も多くて、入り込む前に確認するのも振り切れない一因。

 地の利は、向こうにあるから足が速いから逃げ遂せるというわけでもなさそうだ。

 10分ほど走り、ようやく誰も追ってこなくなった。

 どこをどう走って来たかは覚えている。

 だけど来た道をそのまま引き返すと、また奴らに会うかも知れないので、用心しながら違う道を選んで歩いた。

 時計を見ると、もう22時。

 いつもなら、そろそろバーを出る時間。

 急いで帰らないとエマが心配する。

 知らない細い通りを走っている時、急に道に表れた集団の1人にぶつかった。

 ぶつかったとき、何か固い物に当たった。

 おそらく拳銃。

「あぶねぇだろうが!」

 ぶつかった奴に怒鳴られたが、知らんぷりして、そのまま走った。

 こんな夜中に拳銃を隠し持っている奴など、ろくな人間じゃない。

 そのまま路地を走り抜けられるかと言う所で、後ろから口笛の合図の音が聞こえ、路地の端から数人の兵士らしき男が現れ道を塞がれた。

“倒して逃げるか?! こいつらは俺の正体を知らない”

 兵士は3人。

 そのうち両端に居る2人がAK47を構えている。

 右の奴に襲い掛かり、素早く銃を奪い、3人を片付けて逃げるか?

 直ぐ向こうは、また路地が続くから、それで逃げられそうだ。

 運悪く銃撃戦になってしまえば、銃声を聞きつけたLéMATの仲間が来てしまうかも知れない。

 そして路地の先にも、敵がいたとしたら。

 いや、路地の先に敵が居なかったとしても、俺を追っていたあの6人は確実に来るはず。

 あいつらと戦っているうちに、こっちの奴らに簡単に追いつかれてしまう。

“どうする?”

 ふと、頭を覆っているビジャブを脱ぎ捨てていることに気が付いた。


 ビジャブを被っていない俺の姿は、奴らにとって何に見える?


“そう欧米から来た白人の外国人女性だ”


「Are you a police man?  I do not know how to return to the inn(あなたは警官ですか?道に迷って帰れなくなってしまいました)」


 俺は旅行者を装って、宿に帰れなくなったことを告げた。

 奴らを兵士としてではなく、警察と勘違いしたふりをして。

 もちろんこの3人に英語が通じるとは思ってもいない。

 案の定、3人は意味が分からず道を塞いだまま立っている。


「Is there anyone who understands English?(英語がわかる人はいますか?)」


 今度は後ろを振り向いて、英語が分かる人が居ないか尋ねる。

 誰も、何も答えない。


「Oh my god.……I can not go back!(ああ、帰れない)」


 両手を広げて、お手上げだという表情を作って悲しい顔を見せていると、後ろの人だかりの中から声がした。


「Any trouble?(なにかお困り?)」


「I'm lost(道に迷いました)」


 英語でトラブルかと聞かれたので迷子になったと答え、振り向いてギョッとした。

 俺に話しかけてきた背の高い細マッチョな男、それはバラクだった。

 バラクは俺に近づいて来ると親切にこう言った。

「Please come to my room for the time being」


 つまり“とりあえず俺の部屋に来なさい”と。

 そして俺だけに聞こえるような小さな声で呟いた。


「How does "Yaza" live?」(ヤザは元気ですか?)


 その言葉は、俺の心臓に氷のナイフを突き刺すような衝撃を与えた。

 バラクが優しく俺の背中に手をまわして、部屋に誘う。

 周りからは「解散!」と言う声が聞こえ、さっきまでの緊迫した雰囲気が一気に緩やかに溶ける。

 ただ一人、俺を除いて――。

 バラクは3年前に一度、ほんの一瞬だけ会った事を覚えていた。

 だから、ヤザはどうしているかと聞いてきた。

 バラクの部屋に入るまで、あの時のことを思い出していた。

 あの時、俺はサオリたちと街に出て、いったん分かれて髪を切ってもらった。

 待ち合わせ時間に余裕があったので、そのまま街を歩いていたところ、ヤザを見つけて慌てて路地裏に逃げ込み、そこでバラクの手下に囲まれた。

 直ぐに騒ぎになり、そこにヤザが駆けつけて、そしてバラクが出て来た。

 問題なのは、その時何を話したのかと言うこと。

 あの日の事は忘れない。

 どんな些細なことでも、忘れることは出来ない。

 サオリがこの世を去った日だから。


“なにか、ウチのものがトラブルでも起こしたのか?”

 そう言って、呑気な表情で出て来たのがバラク。

“いいや、なんてことはない。美人を連れ歩くと良くあることだ”

 とヤザが言うと、バラクは俺に目を向けて言った。

“なるほど!これはナカナカの美人だ。白人ってのが気に入らないが”

“養女か?”

“……そうか、GrimReaperは残念だったな”

“ああ”

“後釜か?”

“もう、殺しはさせない。今日はプライベートで来ている。あいにく娘が通りを間違えてね、じゃあな”

“ああ、次はザリバンで!”


 GrimReaperと言うのは、俺がまだ子供で反政府組織の狙撃兵だった頃の仇名。

 会話の中で、その俺はやはり死んだことになっているらしい。

 そして俺はその時、一言もバラクとは話をしていない。

 覚えているのは、ヤザの新しい養女として見た程度だろう。


「هل يمكنني استخدام الشاي الأسود؟ (紅茶でいいかい?)」


 バラクがティーカップを運んでくれた。


「Thank you」


 そう答えて、しまったと思った。

 バラクはアラビア語で俺に聞いてきたのに、俺は英語で答えてしまった。

 アラビア語が分からない旅行者の振りをしていたというのに。

「さあ、話してもらおうか?」

 そう言うと、バラクはテーブルに拳銃を置いた。

 イジェメック MP-443。

 ロシア製のその銃は、マカロフと違って指揮官の持つ銃に相応しいと何故か思ってしまった。

 殺されてしまうかもしれないという恐怖よりも――。


「今、俺が持っている武器は、これだけだ。君は?」

「何も、持っていない」

「……信じよう」

 そう言うとバラクは拳銃を手に取り、そこからマガジンを外し更にマガジンから弾も抜きスライドさせて全ての弾を抜き取ると、それを離れた所にあるソファーに無造作に投げ捨てた。

「もちろんナイフなども持ってはいない」

 そう言って立ち上がり、服をパンパンと叩いてまた座る。

 俺がヤザの養女だということを覚えていたとしても、自分の仲間の前で話せるはずのアラビア語を使わず英語を使った怪しげな女の前で大胆だと思った。

“女だと思って、油断しているのか?”

 目の前に置かれた半袖の腕は、その端正な顔立ちに似合わないほど逞しい。

「なにも言ってくれないのなら、僕の方から知っている情報を話そう」

 そう言ってバラクは優しく話し出した。

「少し前、僕たちのことを嗅ぎまわっている某国のエージェントを一人捕まえるのに成功した。そして彼を捕まえることによって、正体がバレるのを恐れた他のエージェントの活動も止まったが、その代わり政府軍や多国籍軍のパトロールが厳しくなった。もちろん、彼らは彼ら自身の安全のためにパトロールは車で行うから、こんな路地裏にあるアジトなんて分かりはしない」

 バラクは一度紅茶をすする。

「ところがね。最近になって部隊内であるバーが人気になっていてね。聞けばとびきりの美女が二人も居ると言うじゃないか。しかも、そのうちの一人はポールダンスなども披露するらしい。女の名前はエマとアマル。シリアから来た従妹同士。部下が写真を送ってくれた」

 携帯が俺の前にスーッと置かれ、バラクが写真をスクロールして見せてくれる。

「確かに飛び切りの美女だ。でも、旅先でお金欲しさに、こういうことをする女はいくらでもいる。もっと凄いことをする女もね。何も特別な事じゃない。だけど、妙に気になった。特に、この写真を見てから」

 スクロールしていた指先が、止まる。

 それはアップで撮影された俺の写真。

 いつ、誰に撮られたのか全く身に覚えがなかったが、つい最近撮られたことは服装で分かった。

「しばらく考えて思い出したよ。この娘は3年前ヤザが連れて居た娘だと。あの時僕と君が一緒に居た時間は数秒足らずで、もちろん会話もしていない。ヤザは養女とだけ僕に言ったし、僕もヤザの新しい養女だと思っていた」

 俺の前に差し出された携帯をバラクが自分の元へ引き寄せて、その写真を見て言った。

「でもね、こうしてじっくり写真を見ていると、あることを思い出してしまった。なんだと思う? アマル」

「分からない」

「……そうか」

 そう言うと、また携帯を触りだした。

 そして再び携帯を俺の前に差し出して言った。

「死んだナトーも、生きていたらこんなに可愛かっただろうってね」

 差し出された携帯の画面には、自分の体に比べて見るからに大きすぎるAK47を構えて少しはにかんだ表情でカメラを見つめる幼い頃の俺の顔があった。

 それは、まだ玩具として銃を触っていた頃の俺。

“なぜこの写真を!”

 だが口に出してしまうと、それは俺がアマルではなくナトーだと言うことを肯定してしまうことになる。

 肯定してしまうと、なぜ名前や身分を偽って、ここに居るのかも追及されるので平静を装ったまま写真を見ていた。

「可愛い子ね。少し私に似ている。あなたのお子さん?」

 子供の頃から自分の事を俺と呼んでいたことを思い出して、自分の事を私と呼んで答えた。

「いいや、この子はハイファ姉さんが育てた子だ」

「ハイファ姉さんの子供なの?」

「いや、養女だ。昔、外国人を狙った大規模な爆弾テロがあって、その焼け跡からハイファ姉さんが拾ってきた、生まれて間もない子だった」

「そのハイファ姉さんと言う人は、今どこに?」

 バラクがまたページを替えて、写真を見せてくれた。

 その写真には、白い赤ちゃんを抱えた、若く美しい女性の両脇でバラクとヤザが無邪気な顔で笑っていた。

 ヤザのこんなに優しい表情は見たこともなかった。

 スーッと携帯を引くと、バラクは画面を閉じて、答えた。

「死んだよ。まだその子が5歳になったばかりの頃に、多国籍軍の空爆に巻き込まれて。そして、この子も砲撃に合って死んだ」

 そして、バラクはいつの間にか席を立って背中を見せていた。

「すまんな。ただの道に迷った旅行者に、つまらない身の上話などしてしまって」

「いいえ、良いんです」

「身の上話を聞いてもらったついでに、もう一つ君にお願いがあるのだが聞いてもらえないか?」

「なんでしょう」

「実は、ある荷物の処理に困っていてね。一部の仲間は焼いてしまえとか、海に捨てようとか言うけど、もうスープの出汁は取ったから俺も必要はないと思っているんだ。なにせ生ものだからねぇ~。処理に困って港の28番倉庫にしまっているんだけど“付け出し”ごと処理できる名案が有ったら教えて欲しい。もちろん君の方で処理してくれても構わない」

 俺は、それには答えずに、英語で聞いた。

「Do you return me?」(返す気はあるのかと)

「of course」(もちろん)

 そう言うとバラクは背中を向けたまま、手を玄関の方向に広げた。

 俺は、その背中に向けて親しみを込めて言った。


「Thank you for everything. Take care of yourself(ありがとう。ご自愛ください)」


「……Sure」(ああ)


 バラクは最後まで俺を振り向かずに、頷くだけだった。

挿絵(By みてみん)

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