表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グリムリーパー  作者: 湖灯
*****Opération“Šahrzād”(シェーラザード作戦)*****
40/273

【Miss Layla Hamdan(レイラ・ハムダン)】

 さすがに、そう言って取り残された状況で俺も帰るとは言いにくい。

 まあ任務でもないのだから、今日は腹をくくってレイラと遊ぼう。

 しかしよく考えてみると、遊んだことにない俺にとって、遊ぶのは任務よりも難しいことなどとは思ってもいなかった。

「どこへ行く?」

 早速レイラにそう言われて、先ずどこへ行けばいいのかさえ思い浮かばなくて焦った。

 過去の楽しい思いでと言えば、入隊試験の初日にハンスに連れて行ってもらった事くらい。

 そうだ、あの日をなぞれば何とかなるかも。

「ブティックを見て歩こう」

 そう言ったあと“しまった”と後悔した。

 遊びを誘ってきたのはレイラの方なのだから、先ずはレイラの希望を聞くのが先だ。

「あっ。で、でもレイラはどこに行きたかった?そっちを優先するけれど」

「うん。私もブティック行きたかったから行こう」

 そう言われて、二人で街に向かった。

 ブティックに入るとレイラは楽しそうに服やスカーフを選ぶ。

 だが俺ときたら、何にも楽しくなくて、ただ楽しそうに服を選んでいる客たちをボーと見ているだけ。

 時折レイラが「これ似合う?」とか「アマルに、これ似合いそう」とか言ってくれるけれど、こんな時の俺ときたら、まるでニルアドミラリ。

 なんの感動もない。

「つまらない?」

「いや、そんなことはない。感情を外に出すのが苦手なだけだ」

 我ながら上手い事言ったと思ったが、その通りの部分もある。

 同世代の他の子に比べると、俺は感情を出すことが苦手。

 特に喜怒哀楽の四つの感情のうち、喜と楽は経験が乏しすぎるので、そのこと自体に先ずは戸惑う。

 そして、今日のような遊びの日は、その苦手な感情の日になる。

 せめてエマがいてくれたら、俺はその後ろでハラハラしながら着いて行くだけで済むのに、どうしてこんな日に……いや、これはひょっとしたら何かの作戦なのかもしれない。

 昨夜あんなことが有ったものだから、私を泳がせておいて、それを監視する敵を逆に監視する。

 エマは、ああ見えてもDGSEの優秀なエージェント。

 ただ単にムサのお店を手伝う、なんてことはない。

 つまり俺は“囮”。

 レイラには、怖い思いをさせてしまうかもしれないけれど、囮は、おとりらしく普通の少女として立派に勤めてみせよう。

 綺麗なブティックを出て、街をぶらついていると空爆で壊れたままの建物もまだあった。

「NATO軍の空爆のあとね」

 レイラがポツリと言った。

「まだ残っているんだね」

「直せないのかも知れない。いいえ、直さないのかも」

「どういうこと?」

「んっ?なんとなくね。思い出が詰まっているとしたら、これ以上壊したくないかなって思って」

「でも、危ないよ。まるで――」

 壁が抜けて突き出している梁が、まるで尖った牙のように思えた。

 近づくものを威嚇して、己の身を崩す事でこの場所を守る哀れな戦士。

 重傷を負いながらも、主が戻ってくるのを待ち続ける戦士。

 昔から瓦礫と化した家を沢山見て来た。

 空爆で力尽きて崩壊した建物たち。

 そう。

 彼らは力尽きて建物としての命は尽きていた。

 でも、この建物は……。

「どうしたのアマル?」

「いや、なんとなく生きている気がして」

「生きて居るって、誰が?」

 レイラが驚くように聞いてきた。

「人じゃなくて、この建物がさ」

 一瞬間が開いて、レイラが笑い出した。

 何が可笑しいのか分からないけれど、ナカナカ止まらない。

 お腹を抱えるようにして俯せで、苦しいのか目から涙までうっすら見せている。

「どうしたレイラ。何が可笑しい?」

「だって、そうじゃない。古い歴史のある建物ならわかるけど、これはただのコンクリートで固めただけの建物よ。しかもまだ30年くらいしか経ってなさそうな」

 確かに俺の話は飛躍しすぎていると自分でも思ったが、笑うほど可笑しなものでもないと思った。

 それから二人で海辺へ向かった。

 実はブティックを出てから誰かにつけられている気がしていたので、いちど見晴らしの好い所に出たいと思ってレイラを誘った。

 見通しが好い所では、追跡者は非追跡者との間に距離を置く必要がある。

 でなければ自分の正体を相手に晒すことになるから。

 そして距離が離れると、追跡の手から逃げやすい。

「レイラは、よく海で泳ぐの?」

「そうね、昔は何度かホテル前のビーチで泳いだかな?」

「彼氏と?」

「そうね」

「いまは?」

「いまは、もう泳がないのよ。ホラもう、おばさんだから」

 そう言って笑ったレイラの顔は、年よりも遥かに若々しく見えた。

 まるで世間に出る前の、野心に燃えた少女のよう。

「風が強いな……戻ろうか」

「そうしましょう」

 でも、実際は来た道を戻らず、その先の市街地に向かって進んだ。

 そして、道を間違えた振りをして路地をジグザグに進みながら、追跡者から距離をとって行く。

 通りの南側の二階にあるカフェを見つけたので、一緒に休もうと誘った。

 チョッと遅いランチ。

 窓際の席をとる。

 ここならば、光の反射で追跡者からは見えなくて、こちらからは見やすい。

 注文をした後、直ぐにアザーンが鳴ったので、レイラと二人でお店の礼拝室に入ってズフルの礼拝を済ませた。

 席に戻ると、昨日の男たちが通りを掛け回っているのが見えた。

「どうしたの?」

 レイラが聞いてきた。

「きのうの夜、エマと私を襲ってきた男たちに似ていると思って」

 そう言って、通りを行ったり来たりする男たちを指さした。

「まあ。大変!それで怪我はなかったの?」

「うん。すごく怖かったけれど、バイト先の主人が助けに来てくれたから」

「よかったわね。でも夜道はお互い気を付けましょうね」

「うん」

 レイラは注文が来る前にと言って化粧室に立った。

 そして注文した料理が届けられ、それを食べ終わる頃には、もう昨夜の男たちは何処にも居なくなっていた。


 レイラを連れてお店に戻ると、そこにはセバも来ていた。

「爺ちゃん、無茶すんなよ。そういう時には直ぐ俺に連絡してくれれば飛んでくるんだからさあ」

 昨夜のことをどこからか聞きつけて、心配して様子を見に来たらしい。

 能天気なように見えても、ナカナカお爺ちゃん思いの好い青年なのだと少し見直すが、セバ一人……いや、あの五人の仲間と一緒でも昨夜の男たちには敵わなかっただろう。

 ムサが簡単に蹴散らしたように見えたけれど、あの6人は格闘技の訓練を受けている。

 ただのチンピラとは訳が違う。

「あら、なにかあったのかしら?」

 事情を知らないレイラがセバに聞く。

「ああ、昨日の夜。バーからの帰り道、アマルとエマがチンピラに絡まれたんだ」

「まあっ大変!」

 レイラが驚いて俺の顔を見て「お怪我は?」と聞いてきた。

「大丈夫さ。アマルの悲鳴を聞きつけた爺ちゃんが、直ぐに駆け付けて6人のチンピラどもをあっという間に片付けたから」

「まあっ6人も!お爺様すごいわ」

“俺の悲鳴ではなく、それはエマの悲鳴だ” と言おうとしたが、レイラのほうが先に喋ったので、我慢した。

「そりゃ強いさ、だって俺の爺ちゃんは、もと――」

 そこまで行ったときムサが大きな咳払いをして、話を止めさせた。

 情報部員とか特殊部隊に居た人間は、例えその任を解かれても元の所属を言わないと聞いたことが有る。

 おくゆかしい訳ではない。

 軍内部では超エリートでも、その作戦内容は退役後も極秘にしなくてはならないことも多く、それに一般の兵士に比べ世間や同じ軍人からも恨みに思われるような任務にもついているから。

 その昔、米軍最強のスナイパーとして有名になったSEALsのクリス・カイル兵曹長が退役後に元軍人によって射殺されたように、名前や顔が売れてしまったが故の事故も起こりかねない。

「まあ、表で立ち話もなんだから、店に入りなさい」

 そう言って中に入ると、ムサが緑茶を入れてくれた。

「あれ、エマは?」

「二階で寝ておるよ。張り切りすぎて疲れたのだろう」

「ちょっと様子見てくる」

 そう言って席を離れて二階に上がると、ベッドに座ったままボーっと外を眺めているエマが居た。

 なんだかいつもの陽気なエマとは違い、元気がない。

 でも、疲れている風にも見えない。

 強いて言うならば、心が疲れている風に見えた。

「ェマ……」

 小さく声を掛けると、ようやく俺の事に気が付いて振り返った。

「おかえり。楽しかった?」

 優しく微笑む。

 なんだか調子が抜ける。

「疲れたの?」

「――うん、少し。張り切り過ぎちゃったかな」

 そう言って、おちゃめな顔をして“てへっ” と笑う。

 嘘を言っているのは俺でも分かる。

 訓練を受けた者は、たかがお店を手伝ったくらいでは疲れたちしない。

 しかも国軍の将校としての訓練を受けた者ならば、二日くらい寝ずに戦えるくらいの気力は持ち合わせているはずだ。

「なにがあった」

「なんにも……」

「――そうか」

 俺はエマの横に座ると、そのままその肩を抱いてキスをして、誘うように寝転んだ。

「珍しいのね、ナトちゃんの方から誘ってくるなんて」

 エマの柔らかな体は、抵抗することもなく俺の誘いに合わせて重なってくる。

「だって……」

 寂しそうにしているエマに元気を出して欲しかった。

 鼻が当たるように近いエマの顔。

 その濃いブラウンの瞳をジッと見つめて言った。

 だけど、それ以上の言葉は何も思いつかなくて、ただ瞳を見つめているだけ。

 言葉を知らない俺では、声を出して上手に勇気づけてあげることが出来ない。

 だからエマの好きなキスをするしか術がなかった。

 エマはそんな俺に優しく唇を合わせてくれ、俺は激しく何度も何度もその唇を貪るように求めた。

 やがて合わせた唇が激しく絡み合い、俺の白い肌が上気してほんのりと熱を帯びピンク色に染まる。

 せめて、この熱だけでも届いてくれればと思い、エマの体を強く抱く。

 エマは、その熱を漏らすまいとするように、強く俺の体を抱いてくれた。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ