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グリムリーパー  作者: 湖灯
*****Opération“Šahrzād”(シェーラザード作戦)*****
39/273

【The approaching shadow(迫りくる影)】

 店に戻り部屋に入ると何か違和感がある気がした。

 あったものは、あったまま何も動いてはいない。

 それでも誰かが入ったような、よそよそしい雰囲気。

 エマを見ると、笑っていた。

 俺が異常に気が付いたことを感心して笑ってくれたのかと思うと「ムサってかっこいいね!それにしても怖かったなぁ~」と、見当はずれの言葉が返って来た。

“おいおい、こいつ本当に優秀なエージェントなのか?”

 と、いつものようにトンチンカンな返事に戸惑っていると「あー疲れちゃったからシャワー浴びてくるね。アマルも一緒にどう?」と、いつもの調子。

「あとで入る」

「つまんないわ」

 そう言うとスタスタとシャワールームに消えて行った。

“戦わないというのも、疲れるものだ”

 実際、いつもより疲れたので、ベッドに横になる。

 もしも俺の思った通り誰かが部屋に入ったとして、盗聴器が仕掛けられていたとしたら余計な会話はもちろん周囲の物をせわしなく動かせて探す音さえも相手には筒抜けになる。

 だから、何もせずにただ横になった。

 目を閉じると浮かんできたのはハンスの顔。

 ムサが助けに来るまで待ち望んでいた、その姿。

 そして初めて会った日に街に連れて行ってもらった思い出。

 今迄の疲れをベッドが吸い取ってくれる。

 それと引き換えに俺はベッドに宿る睡魔の要求に身をゆだねる。

 深い暗黒の世界に落ちて行く。

 どこまでも、どこまでも続く、冷たく何ものも存在しない空間をひとり。

 ふぅっと柔らかく抱きかかえられる感覚がした。

 とても暖かくて気持ちがいい。

 優しく私の名前を囁きながら、何度もキスをしてくれる。

“あー本当なら、これがお母さんなんだ”

 そう思いながらも、俺はこの正体を知っている。

「エマ、やめろ」

 瞼を開くと、すぐ目の前で俺の唇を啄んでいるエマの目と出くわした。

「ちぇっ、もっと寝ていればいいのに」

「まったく、油断も隙も無い奴だ。行く」

 俺がベッドから起き上がり歩き出すと、エマが「行くって、どこに?」と心配そうな声で聞いてきたので、振り向かずに答えた「シャワー」


 シャワーを浴びてスッキリして部屋に戻ると、エマが盗聴器を発見したとジェスチャーで教えてくれた。

 仕掛けられたのは1個だけ。

 場所はエマのベッドの裏。

 どうするのか目で聞くと、両手を広げて“お手上げ”のポーズ。

“全く頼りになるのだか、ならないのだか不思議な存在”

 俺が呆れていると「アマル~」と鳥肌が立つような甘い声で自分のベッドに誘う。

 なにかあると思った俺は「なあに?」と、精一杯調子を合わせて応えた。

 隣に座ると、口パクで何か言い出す。

 残念ながら俺は読唇術はまだ勉強を始めたばかりなので、何を言っているのかよく分からない。

 それがじれったいのか喋り終わるたびにモゾモゾして、ベッドをギシギシきしませては、また同じ口パクを繰り返す。

 なんどか見ているうちに、だんだん分かってきた。

 エマが言っているのは“腹筋運動がしたいから、足を抑えていてくれる?”だった。

「いいよ」と言って、ベッドに上がりエマの足を抑える。

「もっと下」

「ここ?」

「もうちょっと」

「ここ?」

「あっ、そこ」

 腹筋運動をしながら、足を抑える位置に注文を付けられ正直面倒くさい。

 少し虐めてやろうと思って伸ばしていたエマの足を折りたたんだ。

“このほうが、腹筋にはよく効くはず”

「ああ、そんな……いじわる」

 エマがそう言いながら、体を横に少しずらせて空いたスペースを指さし「きて!」と言う。

“普通一緒にやらない?だろ”

 そう思いながらも指示に従って、腹筋運動を始めた。

「一緒よ……一緒に」

“ペースを合わせろということか?面倒くさい”

「激しく!……もっと、もっよ!」

 意味不明な言葉に、ハアハアと息も荒げて、うるさいくらい。

 エマがペースをどんどん上げて行く。

 俺だって負けちゃいない。

 腹筋運動は得意中の得意だ。

 エマなんかに負けやしない。

「すごい、アマル。ああ凄いわ」

“なんか調子が抜けるような事ばかり言う、変なエマ”

 それよりも、さっきからベッドがギシギシと凄い音を立てているけれど、大丈夫なのか?

「ああ、行く行く」

 そういうなりエマは急に腹筋運動を止めて、ベッドの頭にある縦の木の部分を掴み、体をエビ反りにして思いっきり押した。

 二人の激しい腹筋運動で緩んでしまった木組みが、その拍子で外れてしまいベッドがドスンと床に着地するように崩れた。

“あーあ、とうとう壊してしまった”

 エマは直ぐに床に這いつくばり、慌ててベッドを起こそうと持ち上げる。

 そしてベッドの裏側に手をまわし何かを手に取って見せてくれた。

 開いた手の中にあったのは、ベッドが壊れた拍子に圧し潰されて粉々に砕けた盗聴器だった。

 階下から物音に驚いたムサが飛んできた。

「どうした!?」

 私たちがさっき暴漢に襲われたばかりなので、血相を変えてドアもノックしないで飛び込んできた。

「スミマセン」

 俺はバツが悪く謝るが、エマは手に持ったものをムサに見せていた。

「これは――」

「さっきの男たちだけじゃないみたいね。どうする?」

「どうするとは?」

「ベッドを壊した罰に、追い出すことも出来るわよ」

 エマがそう言うと、ムサは軽くあしらうように「構わん」とだけ言ったあと、チラッと俺の足を見た。

 どうしたのかと思って、俺も自分の足を見てみると、トレーナーのズボンを履いていないことに気が付いた。

「キャー!!」

「あら、ようやく悲鳴が出せたじゃん♪」

 エマが楽しそうにそう言った。


 夜のうちにムサが壊れたベッドを直してくれたので、エマと一緒に寝なくて済んだ。

 別に嫌いじゃないけれど、エマにキスをされたり抱かれたりすると、どうしてもサオリのことを思い出してしまい、あとで哀しくなってしまう。

 戦わないで我慢したことが逆に疲れてしまい、その夜はぐっすりと眠ることが出来た。

 朝、起きてみると、もうエマのベッドは空。

 朝食の用意かな、と思って階段を降りかけたところで足を止めた。

 階下から聞こえてくるのは、ギシギシとベッドの軋む音。

 それにムサとエマの唸るような吐息――。

“そんな……”

 いくら何でも、任務中に不謹慎すぎる。

 それに歳だって離れているし、昨夜あんなことが有った次の日だっていうのに。

 本気でエマのことを注意してやらなければ、と思ったけれど足がすくんでしまい前に進まない。

 そのうちにエマが俺の気配に気が付いて「アマル!?」と呼ぶ。

 呼ばれたら仕方がない。

 そう思って深呼吸をひとつして、勇気を出して階段を下りた。

「エマ!いったい何をしているんだ……」

 怒りを抑えながらムサの部屋に入ると、そこには俯せになったムサの上に馬乗りになったエマの姿。

「何してるって?マッサージよ」

 急に顔が火照るのを感じた。

 そう。

 あきらかに、その光景はマッサージ以外の何物でもない。

「なんだと思った?」

 エマがニヤッと笑い聞いてきた。

「知らない!呼ばれたから来たまでだ」

「でも、今“何をしているんだ!”って言ったよね」

「知らない」

「何していると思ったの?」

「知らない!」

「アマル。まさか……」

「知らない、知らない、知らないったら知らない!エマの馬鹿!」

 そう言って逃げるように店を出た。


 早朝の街は静かだった。

 昨日、俺たちが襲われた場所も、今朝は何事もなかったように只の人通りのない道。

 あの時ムサが来てくれなかったら、俺たちは今どこに居るのだろう?

 エマが強く戦うなと合図したのを、最後まで我慢できたのだろうか?

 結果的に我慢している間にムサが来て、男たちを蹴散らしてくれたからよかったようなものだけど、あの男たちはザリバンの回し者だ。

 屹度バラクの命令で、俺たちを試しに来たのに違いない。

 6人の男を蹴散らすのは俺にとって簡単だったかもしれない。

 いや、簡単だっただろう。

 でも、もしあの時、戦ってしまっていたらバラクの思うつぼ。

 俺たちは正体を怪しまれ、そこで作戦も終わり。

 バラクの手の者が仕掛けた盗聴器も、エマが上手く処理した。

 おそらく盗聴していたやつには、俺とエマがベッドで激しく戯れて、ベッドが壊れたついでに盗聴器も壊れてしまったとしか思っていないだろう。

 俺たちは完全にグレーゾーンから白の領域に、逃げ遂せたのだ。

「アマルー!朝ごはんよー!」

 しばらくすると俺を探しに来たエマに呼ばれて店に戻った。

 もうエマは、さっきのことなどスッカリ忘れてしまったように、食事を食べ始めた。

 エマは大人。

 そして、俺は子供だ。

 朝食を済ませて、朝の礼拝に向かうと、そこで昨日居たペルシャ美人と会った。

「あら、アマルちゃん。それにエマも。おはよう。この近くにお住まい?」

 名前は確かレイラ。

 レイラ・ハムダン。

 上品そうで教養もありそうだし、物静かなそのたたずまいは、なにか安心感を与えてくれる。

 もしもレイラがエマの代わりだったなら、俺ももっと素直に言うことを聞けただろう。

「今日のご予定は?もし良かったら一緒に遊ばない?私今日お休みなのよ。でも一人ではどこに行くのも危なくて……」

「いいよ、行こ、行こ!」

 エマがそう言って、一緒に遊ぶことになった。

 エマが付いていれば安心。

 年齢は10歳以上違うけれど、レイラみたいなお姉さんは憧れる。

 いざ遊ぶことが決まった矢先「あっ、私今日お昼のお店手伝い約束してたんだ!」と思い出すように言い出した。

 昨日大活躍をしてくれて腰を痛めているのは知っていたけれど、そう言うことは先に言って貰わないと困る。

「じゃあ俺も」

「いいの、いいの。お昼はそんなに人が多くないから、アマルはレイラと遊んでおいで。じゃあねー♪」

 そう言って勝手にお店の方に走り出してしまった。

挿絵(By みてみん)

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