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グリムリーパー  作者: 湖灯
*****Opération“Šahrzād”(シェーラザード作戦)*****
35/273

【Mr. Musa's house(ムサの家)】

 涙が止まらなくて目が覚めた。

 頭を撫でていた手の感覚がスーッと引くのを感じて「待って」と、その体に抱き着いて止めた。

 目の前には、サオリの笑顔。

“戻ってきてくれた”

 思わずその唇に、自分の唇を強く押しつけて「行かないで!」と、しがみつく。

 口の中にサオリの舌が入り、私の舌を絡めてくる。

“違う!サオリじゃない”

 とっさに離れると、そこにあったのはエマの顔。

「なっ、なんで、ここにいる」

「ゴメ~ン。やっぱり入ってきちゃった。だって寝心地好いんだもん」

「い、いつから」

 エマは、俺の問いには答えないで、ニッと笑う。

「なっ、なんだ」

「ナトちゃんって、いつも強がっているけれど、本当は甘えん坊なんだね」

 そう言って、俺の頭をヨシヨシして撫でる。

「よせ!」

 俺は、その手を払いのけてエマに背を向ける。

「だって、私がベッドに入ると直ぐに、足を絡めて抱き着いてくるんですもの。その気になっちゃうわ♪」

「……」

「おまけに……うふふ♡」

「……」

 エマは途中で話をやめて笑った。

 夢の中でしたことを、全てエマにやったというのか?

「いっ、いや、わ・わた……お、俺は……」

 なんとか弁解しようと思ったけれど、何をしてしまったのか分からないから、何をどう言えばいいのか分からないで、言葉が詰まる。

 そんな俺にエマが覆いかぶさってきて、優しくキスをしてきた。

「うっ、な・なにを」

「いいのよ。寝ている時ぐらい素直になりなさい」

 恥ずかしさと、動揺で、無抵抗にエマの唇を受け止めてしまう。

 夢の続きを見ているような、甘いキス。

 全身の力が抜けたように、そのキスを受け止めていた。


 シャワーを浴びて服を着替えるとき、装備がないことに気が付いた。

「装備は?」

 エマに聞くと、ナイフや拳銃などを詰めたバッグを見せてくれた。

「どうするの?」

「基地へ返す」

 任務が打ち切りになったのかと思って聞くと、そうではないと答えた。

「じゃあ、なんで?」

「一介のシリア女性が持ち歩くのは不自然でしょ」

 そう言って、催涙ガスの仕掛けられた口紅と、煙幕の出るヘアスプレー、それにスタンガンになる携帯だけ渡された。

「でも、どうして?」

「昨日のセバという男が言った宿に、引っ越すから」

 昨日の男というのは、どうみてもザリバンの一味臭い男。

 それこそ、危険だから銃は居る。

「折角、敵の懐に飛び込むチャンスが来たのに、銃やナイフが見つかった途端、オジャンになるのは嫌だわ」

 なるほど、そういうことか。

 昨日からエマが目立つ行動ばかりとっていたのは、そういう趣味ではなく敵に目をつけてもらうためだと、その時ようやくわかった。

「OK、従うわ。でも、どうやって武器を基地に戻すの?」

 あとを付けられたら、それこそお終い。

 昨日俺たちを送ってくれた連絡員が、二度も迎えに来たのでは怪しまれる。

「大丈夫よ。もう直ぐモーニングサービスが来るから。それからナトちゃんは、今からアマル・ハシュラム。私の従妹よ」

 そう言ってパスポートを渡された。

「アマちゃんが好い?それともマルちゃん?」

「アマルで良いよ」

 意味が分からない。

 この大事な時に、呼び方だの、モーニングサービスだのなんて。


 コンコンとドアをノックする音が聞こえ、ボーイが朝食を運んできた。

 背の高い黒人男性。

「ブラーム!」

 白い服が良く似合う。

 たった一日離れただけなのに、懐かしくて抱き着いていた。

「よう。軍曹」

 戸惑いながら、そのゴツゴツした手が肩に置かれる。

“いけない、昨日からすっかりエマのペースに、はまって思わず抱き着いてしまった”

「どうしてここにいる?」

 体を離して俺が見上げると、ブラームがエマの方を向いて、回答を促す。

「実は、このホテルのオーナーはフランス人で、以前から懇意にしてもらっていて、つい先日ここのセキュリティー担当者が2名辞めて空席が出来たの。それでアフリカ人とスウェーデン人の2人を雇ったって言うわけ」

「スウェーデン人、ニルスもか?」

 ブラームがコクリと頷く。

「じゃあ、辞めた2人って言うのは……」

「そう、エージェントよ」

「回収した武器は、セキュリティー担当者のロッカーに仕舞っておく。俺とニルス少尉は交代でどちらかが部屋にいるが、もしも居ないときは暗証番号19450815を押せばいい」

「覚えやすい番号だな」

 暗証番号は、世界中を巻き込んだ大戦争が終結した日。

「他にHK416も余分に2丁置いてあるから自由に使ってくれ」

「さあ、さっさと朝食を食べてファジル(早朝の礼拝)に行くよ」

「気を付けろよ」

 帰ろうとするブラームに、そう言った。

「ああ、軍曹も……」


 朝食を済ませ、外に出ると直ぐにアザーン(礼拝の始まりを告げる放送)が鳴り出した。

 急いでモスクに向かい、そして礼拝を終え、セバが居ると言った場所に向かった。

 男は居た。

 しかも仲間らしき5人の若い男たちと一緒に。

「よう、来たな。で、どうする?」

「泊めてもらうわ、もう少しここに居たいから」

「豪華ホテルじゃないけど、いいのかい」

「いいわ。あんな外国人が経営するホテルなんて、まっぴらよ」

 あれだけホテルを堪能しておきながら、どの口が、そう言うのかと思って聞いていた。

「荷物は、それだけかい」

「そうよ」

 エマが答えるなり、周りを取り囲んでいた男がエマと俺のバッグを取り上げた。

「何をする!」

 咄嗟に取られたバッグを取り戻そうとした俺を、エマが止める。

「ちょっとぉ、何すんのさぁ」

 エマがセバに文句を言った。

「すまねえな。宿の主は気の好い奴なんだけど、少し神経質でね。ほら、この辺りは治安が悪いだろ。先日もフランスのスパイってぇ奴が1人、街中で銃を撃ったばかりでね。まさかとは思うが、護身用の銃やナイフを持っていないか調べさせてもらうぜ」

 1人の男が俺たちのバッグを調べている間、2人の男が後ろから俺たちの肩を掴み、正面に立った男2人が銃床のないAK47を衣服に隠して構えていた。

 少し滑稽に思った。

 その体制で銃を撃ったら、確実に仲間を撃ってしまうじゃないか。

 所詮、テロ組織の底辺に居る奴なんて、この程度。

「大丈夫、普通の旅行者だ」

 バッグを調べていた男が声をかけるとセバが、まるで今気が付いたかのように銃を構えている二人に「何してるんだ、大切な客人に銃など向けやがって」と怒った。

 芝居じみている。

 肩を抑えていた男の手が離され、俺は肩を払う。

 そう、着いたゴミを掃き捨てるように。

 それを見たセバが「生娘か?」とエマに囁く。

 エマは「シエヘラザードよ、王が求めるなら相手をさせるわよ」と、笑って言った。

“おいおいこの女、作戦名まで言っちゃったよ”

“って、俺は求められても、王の相手などしないぞ!!”


 セバについて行くと通りの奥に古びた食堂らしい建物が見えて、開けっ放しの戸をくぐると、そこには白い髭を生やした老人が居た。

「その娘たちか」

 頑固そうな顔に、大柄で、ぶっきらぼうな物の言い方は威圧感がある。

「ああ、ムサ。宜しく頼む」

 ムサと呼ばれた男がジロリと俺たちを睨む。

 隙のない眼差し。

 チンピラとは違う。

「用は、それだけか?」

 俺たちから目を離し、今度は店内を屯すセバの仲間たちを睨んで言った。

「ああ」

「用が済んだなら、さっさと帰れ。客以外の長居はお断りだ」

「ちっ」

 セバの仲間が嫌な舌打ちをした。

「じゃあ、またな。えっと……」

「エマよ。そしてこっちがアマル」

「じゃあエマにアマル、またイシャ―(就寝前の礼拝)の後にでも会おう!」

「いいけど、脅しはなしよ」

 エマの言葉に、ムサが鋭い眼光でセバを睨んだ。

「なっ、なんにもしてねーよ」

 ムサの視線に怖気づいたセバが慌てて弁解し、逃げるように急ぎ足で帰って行った。

 明かりのつけられていない店内は、思った以上に暗く感じる。

 窓の外の景色が、やけに明るくてホワイトアウトしてしまいそう。

 ぶっきらぼうな物の言い方のわりに、店内は綺麗に掃除されていて清潔感が漂っている。

 屹度、この男の作る料理は美味いのだろうと思った。

「シリアから来たのか」

「ええ」

「なぜ、こんなところに来た」

「シリアが酷過ぎて逃げてきました」

「嘘を言うな。逃げるのなら、ここよりも治安の好いエジプトやクウェート、キプロスを選ぶはずだ。そんな理由ではセバは騙せても俺は騙せないぞ」

「では、正直に言います。戦争でレプティス・マグナやガダミスが壊される前に見ておこうと思ってきました。そして出来るなら壊さずに残しておきたいと思っています。……これなら、どうでしょう?」

 大胆過ぎると思って驚いた。

 素性も知らない、今あったばかりの老人に、そこまで話してしまうとは。

 確かに任務はバラクを捉えてザリバンの弱体化を狙うのが目的で、エージェントの救出は、その一部。

 もしも、この老人がエマの話した内容を誰かに話せば、勘の好い奴ならすぐ俺たちの正体を見破るだろう。

 しかしムサは、エマの言葉をスルーした。

「ふん。知ったことか。もう騒ぎは御免だ。それにセバにあまり調子を合わせんでくれ。あいつは悪い奴じゃないが調子者だから、後先のことが考えられない」

 そう言うと、ムサは店の奥に進んで行き、部屋を見せると言った。

 ムサについて階段を上がるエマと俺。

 部屋の前でムサは言った。

「この通り、普通の民家の一室だ。泊まるなら泊まれ、宿代は要らんが、その代わり夕方に店を手伝うのが条件だ。料理は出来るか?」

 顔を睨まれたエマが困ったように、ニヒヒと笑顔を見せる。

「お前は」

 次に俺の顔を睨んだので「できる」と答えた。

「では、お前は注文と給仕。そして白いほうは調理と皿洗いでどうだ。条件は他にない。空いた時間は好きにすればいい」

 夕方の少しの時間だけ店を手伝うだけで、泊めてもらえるなんて好条件だった。

 俺たちは、本当にそれだけで良いのか、なにか裏でもあるのか考えているとムサが「何をしている。泊まるのか、泊まらないのか?」と聞いてきてエマが慌てて「はっ、ハイハイ。泊まります」と答えた。


 ホテルとは違い、部屋は普通の家庭にある寝室だった。

 ベッドも二つある。

 どこかしら生活感があるのに、生活臭さがない。

 まるで大切なものを隠しているような、不思議な空間。

 どこかで時間を止められているようにも感じる。

「ちぇっ、ベッドが二つに分けてあるじゃない……ねえ、くっつけて一つにしようよ」

「だめ」

「ちぇっ」

 敵の真っただ中に入ったかもしれないのに、緊張もしないエマを逞しいと思った。

挿絵(By みてみん)

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