【A child named Natow(ナトーと言う子供)】
俺の名前はナトー。
イラクの反政府テロ組織の中で一番腕のいい狙撃手。
でも、まだ13歳の子供だ。
オッドアイに銀髪、そして色の抜けた白い肌は、誰がどう見てもイラク人とは違う。
育ててくれたのはイラク人のヤザとハイファの夫婦で、俺は本当の両親を知らない。
見たこともなく、声さえも聴いたことがない。
紛争で破壊された、瓦礫の下で泣いていた赤ん坊だった俺をハイファが拾ってくれた。
ハイファは優しくて、よく俺に本を読んでくれた。
大工だったヤザも良く働いて、貧しかったけれど幸せな家庭だった。
当時まだ大学生だったハイファの弟、つまり義理の叔父にあたるバラクも良く遊びに来て、日曜日には公園に行ってよく遊んでくれた。
しかしそのハイファも俺がまだ幼い時に、多国籍軍の爆撃により瓦礫に埋もれて死んだ。
それからというものヤザは変わった。
仕事を辞め、幼い俺を連れてザリバンと言う反政府テロ組織に入った。
反政府テロ組織だけでは食って行けない。
まだ背が小さい時分は、泥棒をしながらヤザに戦い方を教わり、少し背が伸びた頃から護身術と言うやつを駆使して、夜の街に溢れているチンピラを襲っては倒した相手の財布から金を盗んで生活をしていた。
当然大人相手に真っ向勝負の喧嘩をしたんじゃ敵わないから、格闘技と言っても使うのは技と頭だ。
ヤザから教わった護身術を駆使して、素早く相手の急所を叩く。
大人でも、膝の裏や脛、金的や鼻の下というところは弱点だし、素手では敵わない相手には棒などを使って“溝落ち”を一突きすれば大抵の大人は地面にうずくまってしまう。
子供だからと舐めてかかってくるのと、意外に大人ってやつは動きが遅いから慣れてしまえば楽勝だった。
もちろん初めの頃は毎回上手くはいかなかったが、その時は直ぐ近くに居るヤザが相手を倒してくれた。
ヤザはいつも俺のサポート役として見守ってくれ、失敗したときはいつも助けてくれたが、その場合は例外なく怒られた。
そしてこの頃から俺は銃を撃つことを覚えた。
いや、覚えさせられた。
毎日毎日、銃の練習。
AK-47やM-16と言った自動小銃から、ベレッタやコルトと言った拳銃まで。
的を外すとヤザに殴られた。
弾が手に入らなければ休めるのだが、銃や弾には事欠かない。
何故なら、それらは倒した敵から補充が出来るし、敵を倒せば恩賞も貰える。
だから、ヤザと俺はキナ臭い匂いを嗅ぎつけては、真っ先に銃を手に持ち先頭に立って戦った。
先頭に立てば、それだけ報酬が上がる。
俺は前進するヤザを援護する係。
盗みの時とは、役割が逆。
物陰に隠れて戦場を観察し、ヤザを撃とうとする敵を片端から撃ち殺した。
ある町の戦闘でヤザは突出し過ぎて孤立してしまい、12人のイラク軍正規兵に囲まれた。
四方から銃撃され、遮蔽物に蹲るヤザは泣き叫ぶように神の名を口にして、助けを求めた。
俺はヤザを助けるため建物から飛び出して、走りながらAK-47を撃ちまくり、瞬く間に12人の敵を倒して救った。
それから、いつもの通り、死んだ敵の兵士から武器と金品を奪う。
戦闘報酬と略奪こそが、俺たちの収入源。
12人目の兵士には未だ息があり、俺たちに助けを求めていた。
さっきまで泣き叫び助けを求めていたヤザが、そいつにとどめを刺すのを何も思わないで略奪を続けていた。
死んだ兵士の返り血が俺の頬に飛び散り、俺はそれを手ですくって舐めた。
稼いだ金品は、ヤザが全部使ってしまう。
返り血でも俺にとって栄養になる。
ヤザは俺を仲間に紹介するときに必ずこう言った。
“悪魔の子”だと。
そして今は、敵から死神と呼ばれる懸賞金付きの“お尋ね者”
だが、その正体が誰なのかは、敵はおろか味方だって知りはしない。
狙撃兵と言うものは、自分が手柄を言いふらさない限り、誰が撃ったかは分からない。
俺自身それを口に出さないし、何故かヤザさえもそれが自分の息子だと言う事はは話さない。
だから敵も味方も、100人以上狙撃したグリムリーパーが、まさか子供だなんて思ってもいない。
そのことが俺にとって有利な事かどうかは分からない。
だいいち狙撃で確実に相手を殺すためには、相手に発見されず、相手より先に敵を仕留める必要があるから。
今日も砂嵐の中、風上に回り込み、距離850mから敵を3人射殺した。
愛用のドラグノフ狙撃銃の有効射程距離は800m。
追い風だから有効射程は若干伸びるが、L96A1の様に強力な.338ラプアマグナム弾を使用できない分直進性は弱くなるから、砂の影響と弾丸の回転ズレを予測して照準位置を少し斜め右上にずらして撃つ必要があった。
敵のM82A1なら、そういう苦労はない。
12.7mm弾に6条右回りのライフリングから撃ち出される銃弾は、信じられない程の直進性を誇る。
だが、子供の私ではこの銃を使って今日の結果は出せない。
1発目は確実にあてることは出来るが、2発目以降は反動によるダメージを受けてしまい感覚がぶれてしまう。
大人は兎に角、デカいものが好きだが、それを扱いきれる体力が備わっているかが一番重要なのだ。