【Libya(リビア)】
「ちきしょう!暑いなー!」
空港を出ると直ぐにトーニが叫んだ。
フランス北部の気候に慣れていた俺たちには、この暑さは堪える。
空を見上げると、紛争の忌まわしさとは無縁の、澄み切った青い空が俺を見ていた。
迎えの車両が来て乗り込む。
今回派遣されたのは、LéMAT第4分隊と、ハンス中尉とニルス少尉を合わせた合計11名。
目的は最近活動が活発になっているテロ組織『ザリバン』の弱体化と、現地部隊長バラクの捕獲、もしくは暗殺。
作戦をサポートするのは、フランス軍。
空港を離れてしばらく行くと、所々に銃撃の跡が見え始める。
この国は“アラブの春”と言う2010年にチェニジアで起きた反政府デモを発端とした流れに、独裁政権が倒されてから治安が急激に悪化し、その後いったん落ち着いていたものの、当初から懸念されていた石油の利権がらみ争いが再び表面化したわけだ。
中東諸国の場合、独裁者が倒れるたびに国が割れるのはお決まりのパターンだ。
政府軍、反政府軍、国際テロ組織、宗教系テロ組織、それに部族勢力……。
各々の組織には、それぞれ支援する国家がつくため、どの勢力も殺し合いに不可決な武器だけは事欠かない。
後ろ盾になる国が、殺し合いを擁護しているから、いつまで経っても戦争は終わらない。
今回俺たちがその殺し合いに加担するのは、政府軍。
もっとも、政府としての確りした地盤は無く、政府軍と言うより国民議会軍と呼ぶ方が良いだろう。
石油の利権絡みで国民議会派と共闘していた国民救済派側にロシアが後ろ盾となり、国民合意派にはイタリアが付いた。
今迄はこの3つの組織が力を合わせて国をまとめていたのだが、分裂した今は政策に纏まりがなく数々の不都合や不平不満が溜まる。
そこに目を付けたザリバンが、どの派閥かの支援を受けて首都リビアで再び革命紛争を起こそうとしているらしい。
個人的には、どうでもいい。
同士討ちだっていいから、早く武器を持とうとする奴らが死に絶えれば良いのだ。
そうすれば戦争は終わる。
「やけに神妙だな、何を考えている?」
「ん? 戦争の構造について」
「なるほど」
それっきりハンスは口を閉じる。
具体的な内容を聞こうとしてこないのは、ハンスらしい。
もっと聞いて欲しいかと聞かれたら、そうではない。
戦争屋になったとはいえ、戦争が好きなわけではないから、嫌な話は御免だ。
屹度、ハンスも同じだろうと思う。
その時、急に“ドン”と言う爆発音が聞こえたかと思うと、当たり中酷い砂ぼこりで何も見えなくなった。
ジープを飛び降りて、後続のトラックにも降車の声を掛けるとモンタナとブラームが直ぐに指示を仰ぎに飛んで来た。
「なんですか!?」
「前の方で爆発音がした。周囲を警戒させろ。ブラームは2名連れて俺に付け」
「了解」
二人は直ぐに分隊に戻り、そしてブラームがジェイソンとボッシュを連れて戻ってきた。
ハンスはジープの無線機で状況を説明している。
ジープの前を走っていた装甲兵員輸送車は無傷のようだったが、兵員は降りて来ず、車内で警戒に当たっている。
俺たちは、そこで二手に分かれた。
ブラームとボッシュが装甲車の右側、そして俺とジェイソンが左側を進む。
装甲車の運転席を通り過ぎ、ここでブラームとジェイソンを待機させ、俺とボッシュで前に進む。
先頭は俺、ボッシュには5メートル離れて来させる。
タイヤの焼ける嫌な臭い。
その先には、3人乗りのVBL装甲車が、右前輪を失った状態で横たわっていた。
ブラームとジェイソンを呼び出し、警戒に当たらせ、乗員を救出する。
「味方だ!後部ハッチを開ける」
そう言って後部ハッチを開いて狭い車内から乗員を引きずり出した。
運転手に怪我はなかったが、あとの2人は車が吹きとばされた影響で、自力では動けないほど打撲を負っていた。
砂ぼこりが薄くなると、爆発物のせいで道路が凹んでいるのが見えた。
周囲には人影のない平地が広がるのみ。
恐らく携帯電話などを起爆装置に使って、遠隔操作で爆発させたのだろう。
ケガ人を担架に乗せトラックに収容して、敵兵が居ないか周囲を捜索してみたが発見できず、どうやら既に逃げられた可能性が高いとみて、捜索を打ち切る。
そして装甲兵員輸送車を先頭に、警戒しながら基地へと向かった。
フランス軍駐屯地へ入ると、出迎えの兵士が大勢出ていた。
検問所を潜り抜けジープで通り過ぎると、出迎えていた兵士達もジープを追いかけるように付いて来る。
そのほとんどが後方支援の女性隊員。
黄色い歓声が、殺伐とした砂漠に似合わないくらい華やかで、まるでコンサート会場に入る人気スターを追いかけているように見える。
「外人部隊は人気があるな」
「そんなことは無い。いつも鼻つまみ者だ」
「でも、歓迎されているぞ」
俺が後ろを指さすと「俺たちじゃない、お前を歓迎しているんだ」と返された。
「なぜ?」
「おおかたテシューブが連絡したんだろう。“傭兵部隊に女性隊員が居るので、風紀の乱れが無いように”って」
なるほどテシューブなら、そんな連絡も入れそうだ。
そして、それが部隊に伝えられ騒ぎになる。
「逆効果って奴だな」
フッとハンスが笑顔をこぼす。
基地の中ほど。
司令部のテントの前でジープが止る。
現地司令官らしき人物がテントの奥から、こっちを覗いている。
ハンスとニルスはジープを降りると、直ぐにテントの中に入って行った。
俺は着任の挨拶をするため、皆を整列させなければならない。
「全員降車!」
トラックから降りたモンタナ達が直ぐに集合する。
「整列!」
俺の号令通りに素早い整列。
さすがエリート戦士達だ。
と、言いたいところだけれど、黄色い歓声を目の当たりにして、どいつもこいつも顔がニヤケていやがる。
整列したみんなの前を歩きながら「シャキッとしろ!」と小さな声で注意する。
「でもよぉ~……」
トーニがニヤけた顔のまま、不服そうに何か言おうとしたので、ギャラリーから見えない位置でズボンの上から思いっきりキン〇マを鷲掴みしてやる。
「シャキッとしないと、握り潰す!」
「りょ、了解です。軍曹殿!」
トーニが驚いたようにシャキッとして答えた。
「よし、それでいい」
他にニヤけた顔の奴はいないか、ひとりひとりチェックして歩き、一番端で俺も整列に加わる。
テントからハンスとニルス、それに司令官らしき人物が出て来た。
「気を付け!」
ザッっと足を揃える音が響く。
「敬礼!」
バッと敬礼をするために上げられた服の音がひとつになる。
さすがに最強傭兵部隊『LéMAT』の兵士、決める所はバッチリ決めてくる。
そう思い誇らしげにハンスの顔を見る。
しかし、ハンスの顔付きが少しおかしい。
渋い顔。
怒っているように見えるハンスとは対照的に、ニルスの方は笑いを堪えているように見えた。
そのうち、集まったギャラリーたちも何やらザワザワソワソワし出した。
そして司令官は、呆れ顔。
いったい何だろう?
ニルスが、笑ったままの目で俺に合図を送る。
なにかと思って、ニルスの目線を追う。
列も乱れてはいないし、皆、キッチリ引き締まった顔をしている。
しかも、いつもより緊張感が半端ない。
特に何も問題ないはず……。
そう思った矢先、目が点になった。
問題の原因が分かったのだ。
列の中ほど、丁度ズボンの股の辺りに、まるで横向きにテントを張ったような出っ張り。
トーニだ。
ハンスの苦い顔、ニルスの笑い顔、ギャラリーの騒めき、指令の呆れ顔に隊員の半端ない緊張した顔付き。
全てトーニが股に張ったテントが原因だ。
もう一度列を覗くと、その張本人の顔は真っ赤で、額から零れる程汗が落ちていた。




