【Confession②(告白)】
「では。良心に従って真実を述べ,何事も隠さず,偽りを述べない旨を誓います」
「アサムさんにお聞きしますが、ナトー1等軍曹が、基地から脱出した貴方たちを追ったのは確かですか?」
「確かじゃ」
「途中、狙撃兵を配置させましたか。またその他に戦闘はありましたか?」
「ヤザが手配して、追跡者が居れば丸見えになる格好の位置に狙撃兵を配置させたよ。結局はこの娘に逆に撃たれたがな。戦闘も2カ所であった。渓谷の向こうとこっちとでな」
「貴方も命を狙われましたか?」
「いいや」
「それは何故ですか?」
「分からん。始めはワシの命を狙いに来たと思って居ったが、この娘は一切ワシの方には向かなんだ」
「それは何故だと思います?」
「ワシが武器を持っていなかったからじゃ。この娘は自分に小銃を向けようとする者の命は即座に奪った。その目は復讐に燃え、ただヤザの身を捉えて居った」
「証言によるとヤザは生きているとのことでしたが、間違いありませんか?」
「間違いない、元気にして居るよ」
「何故ヤザは助かったのでしょう?」
「それは、この娘が失神してしまったからじゃ」
「失神した?!」
「ワシが言うのはおかしいが、良識ある人間にとって人の命と言うものは、そう簡単に奪えるものではない。この娘は橋を渡るとき、ずっと照準をヤザに向けていた。撃つチャンスは幾らでも有ったが結局橋が落とされるまで撃てず仕舞いじゃ」
「橋が落とされたのは、ナトー1等軍曹が渡り切った後ですか?」
「んな訳が無かろう。どこの馬の骨とも分からん敵兵をワザワザ通してから橋を落とす奴がどの世界に居る?」
「しかし、失神したナトー1等軍曹は助かっていますが」
「落ちるこの娘の手をワシが掴んで助けた」
「老人の貴方が??」
「アホウ。歳はとっても人生の殆どを戦場で過ごしておるのじゃ、平和なオフィスでヌクヌク暮らしておるお前さんたちとはわけが違うわ」
「何故助けました?貴方の部下の命を沢山奪った兵士ですよ」
「失神した人間は、その時点では兵士として脅威ではない。寝ている間に縛っておけばいいからの」
「しかし、縛りませんでしたよね。何故ですか」
「この娘が何故失神したか分かっていたからじゃ」
「何故失神したと思いましたか?」
「葛藤じゃ」
「葛藤?」
「そう、憎むべき相手を殺したいと思う気持ちと、殺せない気持ちの葛藤じゃ。戦争では、自分や仲間の命が危ういと思うからこそ人は人を撃つことが出来る。それ以外に抵抗もしない民間人などを撃つ狂った奴も居るが、殺そうと言う強い意志を持って、人を殺すのは殺人じゃ。殺人は平常心を持った人間には到底できる術がない」
「しかし、気が付いたら襲ってくると思いませんでしたか?」
「思わん」
「それは何故?」
「この娘がヤザを狙った理由が分かったからで、その事はこの娘が狸寝入りをしているうちに誤解を解いた。そうじゃろナトー」
やはり、知っていた。
俺は「はい」と答えるしかなかった。
「しかし、敵軍の兵士ですよ」
「じゃから再三言って居るじゃろう。この娘は兵士であって殺人鬼ではないと。それにどこの世界に平気で親や年寄りを殺せる人間がいると言うのだ」
「しかしハンス大尉は拘束しましたが、それについては?」
「素性が分からんからな。ナトーについてはヤザやターニャから赤十字難民キャンプでの事を聞いて、心の優しい好い娘だと言うことは知っておったからの。つまりナトー軍曹は理由がどうあれ、ザリバンのヤザ隊長を狙うために部隊を離れた。仲間を連れて行かなかったのは途中までオートバイで追う必要があったからで、ヘリを使わなかったのは追っていることがバレるから。仲間に嘘をついたのは私的な戦いと言う事もあるだろうが、理由を伝えても面倒になるのが分かっていたからで、何よりも死を覚悟していたから……いや、死に場所を求めていたと言ってもいい。どうかな?」
こくりと頷くしかなかった。
「スパイ容疑については、ワシが何の情報も得ていないと言えば信じてもらえると有難いのだが駄目か?」
「それは、本当のことですか……」
恐る恐る裁判長が聞く。
「宣誓したぞ」とアサムが答える。
しばらく静まり返った法廷に、やがて小さく手を打つ人が現れ、その波は次第に大きな拍手へと変わった。
「裁判長、検事長これでいいかしら?」
エマが二人に聞く。
「いいでしょう。敵とはいえ、その首領自らの証言を疑うわけにはいかないでしょう」
拍手が歓声に変わる。
アサムの証言で、俺に掛けられた全ての容疑は晴れた。
戻った俺をLéMATのメンバーだけでなく事務長のテシューブや秘書官のメエキ、ビバルディ―を始めとする普通科のコンゴ派遣部隊だけでなく多くの隊員が歓迎してくれたが、何故かその中にトライデント将軍が居なかったことが気になった。
「将軍は?」
俺が入隊するにあたって骨を折ってくれた将軍の喜ぶ顔が見たかったが、将軍は最近部隊に顔を出していないと教えられた。
ハンスに付いて拘留中に出来なかった各種帰国手続きを済ませ、部隊のミーティングルームに向かう。
廊下を歩いていても聞こえる、元気のいい声が響く。
「将軍が居ないらしいぜ」
「まあ、将軍は最上級管理職だから、俺たちと違っていろいろ忙しいんだろうよ」
「一難去ってまた一難。次なる派遣先の調整でもしているんじゃないですか?」
「コンゴ、ザリバンと続けざまに最も危険とされる激戦地を転戦したんだから、次はニューカレドニアあたりがいいよな」
「馬鹿、あそこはただの観光地で、俺たちの様な物騒な人間は及びじゃねえ!」
「でもよう。行けばナトーのビキニ姿が見えるかもわからねえぜ」
「ちげえねえ!」
「そんじゃ、どこかのテロ組織に頼んで、一発なにかやらかしてもらうか?!」
こいつら俺の前では女扱いしないと言う規律を守っているように見せかけているが、いなくなるといつもこうだ。
隣にハンスが居るので、だいぶ気まずい。
「バカヤロー!お前たち不謹慎にも程があるぞ!」
ドアを開けるなりハンスが怒鳴る。
寛いでいた皆が一斉に直立不動の姿勢を取りハンスに敬礼する。
「ようやく軍曹が帰って来たので、これからはビシバシしごいてもらえ!特にトーニは病み上がりで体がなまっているからな」
「丸2日敵に囲まれても戦い抜ける体に仕上げてやって下せえ」
モンタナが補足して言うと、トーニは顔を青くして悲鳴を上げた。
「ところで軍曹の昇進の話はなかったんですか?」
ブラームの質問にハンスが「ないわけではない」と歯切れの悪い回答を返す。
「そうなのか?」
「おいおい、そうなのかって、そうに決まっているだろう。アメリカ大統領からも勲章を授かった英雄なんだから」
「まったくナトーは欲がねえぜ」
モンタナとトーニに言われ、皆が笑った。
特に昇進には興味がないが、気にならないわけでもない。
ただ俺が気になるのは、それが部隊から離れないものである事。
つまり軍曹までは分隊長という立場で居られるが、その上の曹長となると小隊長か中隊長補佐官と言う管理職の立場になり、分隊に残るのが難しくなる。
中隊長補佐官ならハンスの傍に居ることが出来るが、やはり俺には分隊の仲間と一緒に働きたいから出来れば、その様な人事なら早めに知り執行前に辞退しておきたい。
次の日、久し振りに訓練で汗をかいた。
心地の良い汗を夕方のシャワーで流し、食堂の外に出て皆と酒を飲んだ。
コンゴやアフガニスタンで見たような、満天の星空ではないが、パリで見る夜空も綺麗だ。
酔って騒ぐ皆から少し離れて、酔い覚ましにグラウンドまで1人で散歩をすると懐かしい思い出がそよ風と共に運ばれて胸に届く。
2年前、サオリが着ていた少し小さな革ジャンを着て、ここを目指した。
途中のダウンタウンでフランソワたち3人に襲われ、彼等を撃退して事務所にたどり着くとそこには禿げ頭のテシューブと制服を着た将軍、それに壁に寄り掛かりラフに制服を着来なしていたハンスが居た。
今でもハッキリと思い出す。
ハンスに連れられて、このグラウンドに来た時の事。
ハンスは黙ったまま俺の前を歩いた。
身長は高いが意外に細身。
今と同じで金色の髪は少し短めで、歳の割には若作りでカレッジスクールの運動部にでも居そうなタイプだと思った。
まさか、この男が外人部隊最強の男で、将来この男の部下になるとも知らずにただ後ろをついて歩いていた。
グラウンドに着くと、今でも思い出す。
ハンスが俺に掛けた始めての言葉。
「7周走れ、ただし時間は12分以内」
“えっ!??”
思い浮かべたはずの言葉が、現実に聞こえて来た。
しかも声の主も同じ。
声の出た方を振り向くと、グラウンドの出入り口の横にある観客席の端に座っていたハンスがスクット立ち、手すりを超えて飛び降りて来た。
「一周の距離は?」
あの日と同じように俺が聞く。
「400メートル。時間内に走れなかったら、ここで帰ってもらう」
ハンスは、そう言って少し照れた。
それは次に俺が発した言葉を覚えているから。
俺は照れずに、あの日と同じように、ぶっきらぼうに言う。
「脱いでもいいか」と。
「邪魔な分だけなら」とハンスが言い、あの日と同じように背を向けた。
俺は着ていた制服の上下を脱いだ。
あの日俺が着ていたのはスポーツ用の水着。
でも今日は違う。
タンクトップにパンツといった、下着姿だ。
あの日俺が“準備は良いぞ”と声をかけると、向き直ったハンスが俺の姿に一瞬驚いた顔をした。
だが今日は違う……。
俺は何も声を掛けず、後ろ向きのハンスにその姿のまま抱き着いた。
「……」
ハンスは黙ったまま何も言わない。
「じゅんびは、いいぞ」
俺は構わず、あの日と同じ台詞を口にした。
違うのは声のトーン。
自分でも分かるくらい、小さな声が震えていて、恥ずかしいくらい甘えていた。
「馬鹿、走るんじゃなかったのか?」
後ろ向きのままハンスが俺に言う。
「酔っているから走れない……」
そう言ってギュッとハンスにしがみつく。
「規律違反だぞ」
「いいよ、軍法会議に掛かったくらいだから……」
あの時は除隊を覚悟していたから、もう何も怖くなかった。
背を向けていたハンスが向き直る。
背筋も逞しいけれど、向き直ったハンスに抱き着くと大胸筋が逞しい。
それに腹筋も……知らず知らずのうちに、ハンスの体をなぞりながら手が自然に下に伸びて行く。
その事に気付いてハッとして離れようとした。
「ごめん。俺、今日どうにか――」
慌てて離れようとした体がハンスの腕にガッチリと捉えられ、言い訳しようとした口をハンスの唇で塞がれた。
エマとかわす優しくて甘いキスと違い、強引で脳天に響くキス。
あとから甘く切ない思いが痺れる様にやって来る。
突き放そうとハンスの胸を押していたはずの腕が、いつの間にかハンスにぶら下がる様に巻き付いて、2人の体が一つになる様に胸も腰も押し付けていた。
ハンスの唇が俺の口から離れた時、唾液が糸を引き恥ずかしかった。
「初めて会った時から好きだった」
ハンスの口が俺の耳元で囁く。
その低音が耳をくすぐる。
「規律違反だぞ……」
今度は俺から言った。
今言っておかないと、自分自身がコントロール出来なくなりそうで怖かった。
「お前の規律違反は、今に始まったことじゃない」
そう言うとまたハンスは、また唇を押し付けて来た。
ハンスの唇は俺の唇だけじゃなく、耳や首筋にも襲ってきて、そのたびに俺の気持ちは天に上る様に跳ねた。
「これから、どうなる?」
「どうなるって?」
「部隊の事……」
どこかに行ってしまいそうな気持を留めるために、部隊の話を出した。
ハンスは「部隊の事より、俺は今のお前を大切にしたい」とだけ言い、俺を攻め続ける。
やがて膝の力が抜けてしまいガクガクして立って居られなくなり、グラウンドに寝転びお互いを貪り合うようにじゃれ合った。
秋の虫たちが、そんな俺たちを囃し立てるように騒ぐ。
だけど、もう俺たちには虫の声なんて聞こえやしない。
耳に届くくのは、お互いの吐息だけ。
ハンスはいつまでも優しく俺を抱いていてくれた。
最後までお読みいただきまして誠に有り難うございました。
本作品は主人公のナトーが子供の頃からザリバンの狙撃兵として何も考えることなく人を殺し、いつしか『グリムリーパー(死神)』と言うコードネームで呼ばれるようになった所から始まります。
勝手につけられたコードネームはおろか、その首に付けられた懸賞金さえも気にならなかったナトーは、やがてサオリたちと出会い愛情込めて育てられるようになり、そこで初めてこの忌まわしいコードネームが気になるようになります。
やがて外人部隊でハンスと出会い、恋心が芽生え、そしてハンスの兄を自分が殺したことにも気が付き深く悩みます。
エマや仲間たちと出会い、平和と戦争の間を何度も行き来するうちに戦争の悲惨さと、平和に暮らす事の尊さをナトーを通じて考えてもらえたら嬉しいです。
これで『グリムリーパー』は終了です。
広告になりますが7月1日より、また新たなシリーズ「コードネームはダークエンジェル」が始まります。同じメンバーが新たな境地に挑みます。
引き続き、御愛顧頂けたら幸いです。
重ね重ねでは御座いますが、本当に最後まで読んで頂きまして有り難うございました。
これからも精進してまいりますので、よろしくお願いいたします。
- 2020年6月29日(月)作者より、読者様へ ―




