【Toni and holiday lunch①(トーニと休日ランチ)】
晩さん会が行われた2日後にユリアたちもウクライナに帰り、それから数日のちに俺たちにも帰国命令が来た。
「ようナトー。帰国命令が出たっていうのに、やけに憂鬱そうじゃねぇか」
「別に……」
一日の作業が終わり飛行場の端で金網越しに見るともなく滑走路に向かう航空機を見ていた時、トーニが話しかけてきたが憂鬱だったので相手にしなかった。
“憂鬱”
そう、トーニの言うとり、今の俺は憂鬱そのもの。
女の子の日で、お腹が鈍く痛むのも多少はあるのだろうけれど、今までこんなことは無かった。
一番の原因は、やはりエマが居ない事。
“いったいどこへ行ってしまったのだろう”
居なくなったエマを探すように目を動かすと、まだそこに居たトーニと目が合った。
目が合った瞬間、トーニはビクッとして目を逸らした。
ハンスもたまに見せる仕草。
なんか男の子のこの仕草って、“好き”って言われているみたいで可愛い。
まあ、本心は分からないけれど、可愛いから少し相手にしてやるか。
「なんだ、まだいたのか」
「“いたのか”じゃねぇぜ。こっちは忙しいのに少しだけ時間を割いて心配してやっているのによぉ」
言い方は違うけど、面倒臭そうにしながらも、実は何か役に立つことがないか探ってくるこの態度もハンスに似ている。
ハンスは、クールで女性に左程興味のなさそうなタイプ。
トーニは、逆に女性と見れば、手あたり次第アタックしようとする女好きなイタリア人。
全くタイプの違う2人だが、何故か俺に対する態度は似ているような気がする。
そう考えるとフランソワやハバロフたちも似ている。
結局、男の基本構造と言うのは“似たり寄ったり”と言うところなのだろう。
「トーニは、一体俺の何を心配してくれているんだ?」
「……ちょっと元気がないように見えるところ」
俺が聞くと、トーニは少し間をおいて、つまらなそうにぼそぼそと言う。
いつもは陽気で明るくて周囲に聞こえて恥ずかしいほど声を張り上げて喋るくせに、こういう場面で2人きりだと声のトーンやボリュームも落ちてしまうのが、年上のくせに何だか子供っぽく見えて可愛い。
「久し振りにハンバーガーを食わないと元気が出なくなる体質なんだ」
と、これは真っ赤な嘘。
そんな体質の奴なんて、いやしない。
ここで笑ってくれればいいと思って放ったジョーク。
「そ、そうか!お、俺も丁度ハンバーグが食べたかったところだ。やっぱ上等の戦士には上等のハンバーガーだぜ!じゃあ仕方ねえな俺様が喰いに行くついでに連れて行ってやってもいいぜ!」
“真に受けたのか!?それにしても上等の戦士と言うのはなんだ?”
「面倒臭ぇなぁ~、ちょっと待っていろ。車を借りてくる」
トーニはそう言うと、俺の返事も待たずに最初はダラダラと歩き、塀の向こうに姿を消すと全力で走り出した。
何故わかるかって?
だって塀は直ぐに途切れ途切れになってしまい、走っていく姿がここから丸見えだったから。
ハンバーガーショップは、ここから500メートルほど。
決して近くはないが、遠くもない。
トーニが車で戻って来たのは、それから10分後。
ジープではなく、普通の乗用車。
歩いても5~6分で着くくらいだろうから、車を待っていなければ今頃はハンバーガーに噛り付いている頃。
「車は直ぐに見つかったのか」
「当たり前だろ。LéMATのトーニだと名乗ったら直ぐに貸してもらえたぜ」
軍服の裾が汗で濡れていて、首筋から汗が流れ落ちていた。
屹度、ナカナカ車が借りられないで、走り回ったのだろう。
袖が濡れているのは、ここへ来る直前で汗をぬぐった痕。
「今日は暑いな。トーニ、少し窓を開けてもいいか?」
左程、いや全然暑くは無い。
でも、俺のために汗を流してくれたトーニの為に、そう言った。
「砂埃が入って綺麗な髪が野性的になっちまうかも知れねえが、ナトーが構わないならいいぜ」
なるほど、汗をかいているくせに窓を開けていなかったのは、そういう事か。
さすがにイタリアの“女たらし”の血統は凄い。
窓を閉めていた理由を知ると、不覚にも胸がキュンとしてしまった。
ハンバーガーショップの駐車場に着き、慌ててまるで爆弾が仕掛けられた車から逃げる様にドアから飛び出したかと思うと、180度反転してボンネットに手を掛けて飛び越えた。
まだ車内にいた俺から見ると、フロントガラスに写し出されたトーニの姿は格好好いというよりも、まるで車に跳ね飛ばされた歩行者を見ているよう。
しかも勢いが足りなかったらしく、足がボンネットに引っかかり、そのまま転倒する音が聞こえ視界から消えた。
慌ててドアを開けて飛び出すと、フロントタイヤとドアの間に転がっていた。
「大丈夫か!?」
「面目ねえ。ドアを開けてやろうと思ったが、このザマだ」
カッコ好い所を見せるつもりが逆にカッコ悪い所を見せる羽目になったトーニは、強がっているが今にも泣きそうなくらい“しょ気ていた




