【Bagram Air Base④(バグラム空軍基地)】
病院の玄関を出ると、どこで手に入れたのかユリアが車を寄せて来た。
「さあ行こう」
車に乗り込んでドアを閉めると、ユリアは車を発進させた。
「どうだった?」
ユリアに聞かれた。
「ああ、みんな元気だった」
「そう、良かったわね」
「ありがとう」
たったこれだけ話しただけで、もうLéMATの宿舎に着いた。
車を飛び降りると、お互いに先を争う様に階段を駆け上りシャワー室に入った。
温かいシャワーを浴びて、体に着いた汗と埃を洗い流す。
出来る事なら、これまでの出来事も洗い流せて、普通の女の子になれたらどんな人生を送れるのだろう。
普通に学校に行き、普通に友達と遊び、普通に恋をして、普通に結婚し子供を産み家庭を持ち幸せに人生を送り、そして普通に年を取りお婆さんになって死んでゆく。
俺は人の死を見すぎたし、人を殺し過ぎた。
このまま死を迎えたなら、屹度地獄に落ちることだろう……。
「ナトちゃん。いつまでシャワーを浴びているの?遅れちゃうよ」
不意にユリアに言われ気が付く。
もうユリアはシャワーを浴びて終わり、着替えはじめていた。
結局人生なんて戻せない。
「ごめん」
そう言って、シャワーの栓を絞めお湯を止めた。
体に着いたお湯がタイルの床に滴る。
いつかこのお湯の滴りの様に、体中の血液が流れ終わる日が来るのだろう。
俺の人生は、その日が来るまで変えられやしない。
不意に下腹部に痛みが走る。
忘れていた痛み。
体に着いたお湯をバスタオルで拭うと、少し血が付いていたのでもう一度シャワーの栓を開け洗い流す。
血まみれだった体が綺麗な体に戻る。
血まみれじゃない。
この血は命を産めなかった証。
数えきれない命を奪っていると言うのに、体はその命を産む準備を怠らない。
自分自身の体にさえ、無駄な血を流し続けさせている。
シャワー室を出ると、もう正装の軍服に着替えたユリアが俺を見て手を差し出した。
「はいっ」
渡されたのは生理用ナプキン。
「ありがとう」
「女の子の日は、誰もが色々と悲観的に考えてしまうものよ」
“気付いていた”
詳細な事は知らないだろうけど、落ち込んでいた俺の心を。
「さあ、急いで支度支度!」
ユリアに言われ、俺も慌てて服を着て車に乗った。
「ねえ、病院で何があったの?」
「何もない。みんな元気だった」
「だったら、なんであそこまで……」
「救えなかった命と、奪ってしまった命の事を考えていた」
「救えなかった命と奪った命……」
俺は病院でライス大佐に話したことをそのまま伝えた。
「そう……私たち兵士は戦場に出れば、何も考えずに敵を殺してしまう。でもそれは自分や仲間の命だけじゃなく、家族や友人を守る大切な事よ」
「家族や友人を守る?」
「そう、たとえ小さな戦場と言っても、そこで負ければ戦線に穴が開く。穴が開いたところを敵に突破されれば、戦線自体が維持できなくなり後退する。それを続けていたら、いずれは故郷の傍まで大砲の弾が届くようになってしまう。対テロ戦だって同じよ。守るべき場所を守りきらなければ敵は様々な悪事を仕掛けてくる」
ユリアが一旦車を路肩に止めた。
「私たち兵士に出来ることは、拗れた関係の最後の後始末。そのために敵も味方も傷つき死んでゆくの。兵士に出来ること……いや、やらなくてはいけない事は沢山の敵を倒し味方の損害を抑えることだけよ」
やはりそうだ。
いくら俺が考えても、行きつく先は同じ。
兵士だという現実。
「だけどナトちゃんが言うような事が出来るとしたら、手がないわけではないよ」
「出来るのか?」
「CIAとかKGBとかの諜報機関にスパイとして入る事」
「しかし、それは公平さを欠くだろう」
「そうね。現実にザリバンとの戦争はCIA主導と言っても過言ではないでしょうから」
ユリアは再び車を出した。
DGSEならどうだろうと考えた。
エマなら、俺の考えを理解して同調してくれるはず。
それに戦いの恐ろしさ愚かさを、身をもって体験したレイラもいる。
……いや駄目だ。
個人では何もできやしない。
いくらエマやレイラが賛成してくれても、組織はフランスのものだから、常に自国の利害関係を優先してしまう。
それでは他国とのバランスを保つことは難しい。




