【Touring escape strategy⑤ツーリング脱出作戦】
その日の夕方、イシュカーシム付近の河川敷で野営をするため、村の人達に許可をもらってキャンプをすることになった。
誰も武器を持っていないので、銃で襲われたら、ひとたまりもない。
焚火を囲ってスープとパンだけの簡単な食事。
一応ツーリストと言う名目なので、表立った見張りは置かなかったが、食事を始めた頃に侵入者があった。
2人の若い男。
そして、その後ろには、見つからないように4人の男女が潜んでいた。
なんだか血生臭い匂いもする。
「どうします……」
慌てたキースが俺の所に飛んできて指示を仰いだ。
「馬鹿、この作戦の隊長はエマ少佐だ、それにハンス大尉も居るしニルス少尉も居る。順番を飛ばすのにも程があるぞ!」
俺が笑って注意すると皆が笑った。
「いいんじゃない。生かすも殺すもナトちゃんの判断に任せるわ」とエマが言う。
「じゃあ、命令する。もう殆ど直っているんだろう?フランソワとモンタナはギブスと包帯を取れ。そして彼らを迎え入れる」
怪我人が多すぎると怪しまれる恐れがある。
「ماښام مو پخیر(こんばんわ)」
俺が手を振って挨拶すると、村の若者が「یاست؟تاسو د کوم ځای څخه راغلی (どこから来ました?)」と聞いてきたので「اروپا(ヨーロッパ)」だと答えた。
「イズ、イット、ツーリング?」
「その通り!君は英語が上手ですね」
俺に褒められて英語を話した若い男は頭を掻いた。
「キャンプ?」
「そう。夜は暗いし、危ないと聞いているから」
「この人たちは?」
怪我をしているジェイソンとボッシュの事を聞かれた。
「途中バイクで転んで、この有様さ。トランスポーターを同行させて正解さ」
「バイクは壊れたの?」
「ああ」
「これからどこへ?」
「カブール方面」
本当はバグラムだが、バグラム空軍基地は印象が悪いだろうと思って伏せ、首都カブールから40キロしか離れてないのでカブール方面と言った。
「一緒に焚火を囲んでもいいですか?」
「いいよ。お仲間が居れば一緒にどうぞ」
笑って答えると2人の男は、後ろに潜んでいた2組の男女に声をかけた。
「実は鳥を持ってきています。焼いて一緒に食べましょう」
後からやって来た2人が鳥を持って来て、あとの2人のうち1人は手に長い大きなものを抱えていて皆を少しだけビビらせたが、これはアフガニスタンに伝わる民族楽器“ルバーブ”そしてその後ろから付いてきた女の子は手にパーカッションの様なものを持っていた。
焚火に串刺しにした鳥を丸ごと炙りながら、一組のカップルがルバーブとパーカッションを使ってアフガニスタンの民族音楽を奏でてくれた。
幾つもの共鳴弦を持つルバーブの音色は澄みきっていて、まるでこの場所ごと夜空に吸い込まれるような錯覚を覚える。
心なしかパーカッションや歌の声も、同じ響きを持ち幻想的だった。
何曲か音楽を聴かせてもらいながら、焼きあがった鳥を皆で食べた後、若者たちは村に戻って行った。
最後に「いつかまた来てください」と言って。
俺はユリアとエマと3人で川のほとりで星を見ていた。
エマが言った「不思議なものね……」と。
「何が?」
「あの子たちの事。もしも私たちが戦車に乗ってこの村を訪れたとしたら、彼らは決してこの様には迎えてくれなかったでしょう?」
「それは、そうだろう」
「でも、私たちは軍人よ。しかもナトちゃんとユリアは、つい数日前までこの村から僅か100数十キロ離れた高原で、あの子たちと同じアフガニスタンの人と闘っていたのに」
「……」
「そんなものじゃないの。私が子供だった頃、クリミア半島は観光でよく行ったわ。とても綺麗な所で人々も皆優しかった。でもロシアによるクリミア併合後は、そんな風に思えない。特に軍人としてあの地を踏むことはないでしょうね」
「民間人同士だと、何かのきっかけで直ぐに仲良くなれるのに不思議なものだな……」
「そうね」
「軍服を着て銃を持つ前に、どうにかしなければいけない。屹度そうなんだ」
「そう。戦争では平和な世の中は築けないのよ」
「私たち軍人が言うのも変だけど、確かにそうね」
「俺は歩兵だから良く分かるよ。今日の事」
「彼らの事?」
「いや。今日来た道の事」
「今日来た道?」
「そう。もしも軍服を着て完全装備でバイクに跨っていたら、最初の10キロ程は進めただろう。だけどその後は敵に囲まれて前に進めなくなる。よく頑張っても今日進めたのは20キロ前後だったろう。それがこんなツーリングジャケットを着て、普通の民間人の格好をしていると、遊びながら走っているだけで100キロ以上も走れてしまった。しかも1人の犠牲もなく、1人も殺さずに」
「戦争って一体なんだろうね」
それを考えるのは俺たちではない。
と、これは言葉に出さなかった。
それを真剣に考えなければならないのはお互いの国の指導者。
アサムはそれをサオリに託しているのだろう。
でないと、ターニャに成りすましたサオリを自由にさせてはいない。
サオリは今どこで――。




