【Trueness of Tanya③(ターニャの真実)】
静かな屋敷の中に、突然“ガチャーン”とガラスの割れる音が響く。
敷地内に居た者たちが、一体何事かと血相を変え、武器を手に持ち走る。
俺もその中に加わって走った。
無防備に等しい、その銃を奪うことは簡単だし、そのまま逃げだすことも簡単だろう。
だが、ナトーに言われるまでもなく、問題なのはその先の事。
見ず知らずの土地で、周りは全員敵。
逃げ出すことなど敵わない。
今はまだ動くべき時じゃないと言うのに、あいつは一体何を仕出かしたんだ?
皆について中庭に駆けつけてみると、そこにはナトーとターニャの姿があった。
2人は戦っていた。
集まった群衆が、それを囲んで騒ぐ。
敵と味方の争いと言うより、まるで娯楽感覚。
アサムやヤザに知られたらマズイ!と思っていると群衆の中にはアサムもいればヤザもいた。
“放任主義か!?”
とりあえず、今のところは何のお咎めもなし。というところだろう。
最初にナトーがターニャと闘った時、俺は目隠しをされていたから見てはいない。
だから俺も、この娯楽を楽しませてもらうことにした。
ターニャの技は合気道を中心に、空手や柔道の技を織り込んでくるのが基本。
体格が小柄なため、打撃系はそう効きそうにないが、その代わり技のスピードと切れやバリエーションは目を見張るものがある。
対するナトーの繰り出す技は多彩だ。
合気道を軸に柔道に空手はもとよりコマンドサンボにキックボクシング、カンフー、それにどこで覚えて来たのかレスリングの様な低いタックルなども入れて相手を翻弄させている。
こいつ、しばらく手合わせをしていないうちに腕を上げている。
同じ合気道対決では若干ターニャが有利。
しかし打撃系のキレと威力では完全に体格のあるナトーにターニャは押されている。
なによりも、テコンドーのコンビネーションキックや、カポエイラのメイアルーア(超高速連続キック)を使いこなす姿には度肝を抜かれた。
さすがのターニャもテコンドーのコンビネーションキックは、何とか防御出来たところにメイルーアを放たれて、その殆どを喰らってしまい立っているのがやっとなくらい一気に形勢が不利になった。
肩で息をするターニャに比べ、ナトーはマダマダ涼しい顔。
間髪を入れずにキックを繰り出す。
恐らくはこの攻撃が止めになるだろう。
俺ばかりでなく、誰もがそう思っていたに違いない。
だが、そうはならなかった。
右の1発目をガード越しに喰らったターニャが、バランスを崩したまま避けようと後ろに逃げる。
ナトーの体は回転運動を維持したまま。
“360度キック!”
遠心力の付いた次のキックは1発目と比べて破壊力は桁違い。
ガード越しでも、首は持っていかれるだろう。
“いや、待て!……これは違う!!”
ターニャはバランスを崩しているのではない。
回転を合わせているのだ。
何故、回転を合わせるのか?!
それは巻き込み技を使うため。
360度キックを放つため、一瞬ターニャから目を切ったナトーには、その動きは分からない。
「ナトー!」
だがナトーは、そのまま大きく高く右脚を上げる。
回転を合わせているターニャの両手が、その足を回転方向にいなす。
弾みをつけられたナトーがターニャに背対するため、もう1回転余計に回ったところを首を狙って倒す。
しかし俺の思惑は見事に裏切られる。
ターニャは確かにナトーの首を狙っていた。
2人の身長差は20センチ近いから、首を引っ掛けてねじ伏せようとする背の低いターニャの体は伸び切っていた。
なんとナトーは、後ろ向きのままその腹部に向けローリングソバットをお見舞いした。
「うっ!」
この攻撃に、ターニャが思わず前のめりになり声を漏らす。
再びターニャと向き合ったナトーが肘を上げるが、俯いたままのターニャにはその攻撃は見えない。
“終わった!”
ナトーの肘が落ちる。
そしてターニャの首に突き刺さる。
しかし次の瞬間、ターニャの体が微妙にずれた。
いや、ずらされれたのだ。
ナトーの肘打ちはあとホンの少しの所でかわされ、逆にその肘を持ったターニャがそれを中心とした弧を描いてみせた。
綺麗なナトーの体が、空中に大きな円を描き倒される。
そして間髪を入れずに、肘を落とす。
「うっ!」
今度唸ったのはナトーの方。
少し動きの遅れたナトーは、そのまま腕を取られ“腕ひしぎ十字固め”の体勢に取られゲームオーバー。
余りの壮絶な2人の戦いに、集まった者たちがしばらく声を失っていた。
誰かが気付き手を打つと、思い出したように皆が拍手をし、2人の戦いを称えた。
ゆっくりと起き上がるナトー。
戦いを終えたナトーの目はいつも涼しげだ。
しかし今日は違う。
ギラギラと、まるで燃えるような目をして起き上がると、ターニャを睨みつけて言った。
「My win(私の勝ち)」と。




