【Trueness of Tanya②(ターニャの真実)】
とにかくターニャの正体が気にかかる。
甘えたふりをしてヤザにしつこく聞き出そうとしても、彼は久し振りに見る娘の甘える姿に喜ぶだけで、結局手掛かりになりそうなことは何一つ知りそうにない。
もっともそんなことは最初から分かっていることで、これまでサオリの仇だと思い一方的に恨んでいた罪滅ぼしに少しだけ喜ばせてやろうという娘心と、俺自身が久し振りに義父に甘えてみたかったのと両方の心があった。
妾と言うことならアサムはターニャの素顔を知っているはず。
まさか夜もニカブのままと言うわけではないだろう……。
「んっ!どうした?顔が赤いぞ」
ハンスに指摘され、焦った。
なんで俺がターニャの夜の姿まで想像しなくちゃならないのだ!?
ハンスの胸の中で泣いて以来、俺は少しおかしい。
ハンスの大きな手を見るだけでつい自分の手を伸ばしてその手に触れたくなるし、さっきもベンチに伸びるハンスの腕を見た途端、その腕に抱かれたいとか髪を撫でてもらいたいとか思ってしまった。
おかしい!
ひょっとしたら、失神する前に頭をどこかにぶつけて、おかしくなったのかも知れない。
普通じゃない。
「大丈夫か?熱でもあるのか??」
不意にハンスの大きな手が俺のおでこを触る。
少し冷たい手が、気持ちいい!
“冷たい手は、心が温かい証拠”
何かのガールズ系雑誌に書いてあった言葉を思い出す。
気持ちよくて、ため息が漏れそう……。
体の力が抜けて、このままハンスの胸の中に埋まりたい。
“!!!”
不純!不純!不純!
俺はなんて不純なのだろう!
たかがおでこを触られただけで、ハンスの胸の中に埋まりたいとか有り得ない。
しかも俺が想像していたのはハンスの裸の胸で、もちろん俺も。
「熱などない。勝手に触るな!」
照れ隠しにパンとハンスの手を叩き落とす。
「大丈夫か?熱も少しあるようだし、顔も赤いぞ」
“だったら抱けよ!この鈍感大尉!”
“いや、……その、これは本意じゃなくて……その――”
「兎に角俺はターニャを調べる。ハンスは味方への連絡方法を考えてくれ」
自分の気持ちを誤魔化すために咄嗟に出た言葉。
我ながら、良く出たとホッと胸をなでおろす。
“脱出方法じゃないのか?”と聞き返してこなかったハンスが、やはり好きだと思った。
ここは敵の中。
屋敷から脱出できたとしても、そのあと味方に連絡が取れなければ、果てしない茨の道が続くだけ。
下手な工作は面倒なので、アサムに直接聞いてみることにした。
捕虜とは言え、屋敷内を自由に歩き回れるし、何故かアサムへの面会も許された。
ターニャのことを聞くと彼は一瞬眼を丸くして驚いたあと「太陽の遣いじゃ」と笑って誤魔化した。
「太陽の遣い?」
聞き返してみたが、俺が気になったのは、彼が目を丸くして見せた表情の方。
突然俺がターニャの事を聞きに来たので驚いたのか、それとも……。
やはり面と向かって直接聞くしかない。
そう思って廊下を早歩きしていると、丁度向こうからターニャがやってきた。
「ちょっとターニャ、話がある」
しかし、ターニャは耳が聞こえないのか、何の反応も見せずに俺の横を通り過ぎる。
「ちょっと、待て!」
肩を掴もうとした手を返され、バランスを崩された。
人を見張っておきながら、こっちが関わろうとすると無視。
全くいい加減にしてほしい。
素早くターニャの前に回り、道を塞ぐ。
「ターニャ。貴女は一体何者なの?!」
ようやく聞けたと思った矢先、彼女はまたも俺の事を無視して、広げた腕の下を潜ろうとする。
慌ててそのニカブの襟を掴もうとすると、腕を捻られて体ごと壁にぶつけられた。
不意打ちを喰らい、少し口の中を切ってしまった。
手で、その血を拭いながらターニャを睨む。
“なるほど、そういう事なら話が早い”
後ろ向きに立ち去ろうとするターニャの腕を掴んで止める。
予想通りターニャは護身術を使い、手首を切り何事もなかったように廊下を進もうとする。
一応の宣戦布告はしておいた。
次からは本気になってもらう。
俺はターニャの後ろからヘッドロックを掛けた。
彼女の靴は柔らかい布で出来た靴。
そして俺は女。
つまり爪先を思いっきり靴の踵で蹴るとか金的蹴りで逃げることは出来なくて、体を捻ってヘッドロックを抜くしかない。
抜き方は色々あるが、俺が止めないと分かった以上、正対する方向に抜いてくるだろう。
つまり、その瞬間から試合は始まる。
正対さえすれば、思う存分攻撃を仕掛けることが出来る。
案の定、ターニャは体を斜め前に捻りロックを外した瞬間から、膝蹴りを放ってきた。
“そう来なくっちゃ!”




