【Trueness of Tanya①(ターニャの真実)】
俺たちが、ここに捕らわれて1週間が過ぎた。
捕らわれていると言っても建物の敷地外に出られないだけで、庭の散歩は自由にできるし建物の中では部屋の移動も自由に出来て、ハンスとテラスでお茶を飲むことも出来る。
幸いこの虜の巣として使われている建物は、もともと滞在型の洒落たホテルだったらしく、敷地内のどこも綺麗で飽きが来ない。
食事の時間はホールに出てアサムやヤザを始めとした幹部連中に囲まれて食事をしなくてはならないが、食事はお世辞にも豪華とは言えなくて、どちらかと言うと質素なもの。
ただ食事の時だけヒジャブ(スカーフなどで髪を隠す軽装)をしなくてはいけないが、リビアの時には任務で毎日ヒジャブをしていたので抵抗はなかった。
ハンスの服装は軍服のままだったが、俺の方はヤザの娘として扱われているためかブーツカットパンツにチュニックブラウスと言う、この地方の女性はまず着ないような洒落た服を与えられている。
しかもそのブーツカットパンツには広がった裾にメッシュ地のスリットが入り、そこに綺麗な刺繍が施されている上等なものだが正直少しエロい。
そのため初めて俺を見る男どもは、必ずと言っていいほど脚を見ていく。
俺たちの監視役を兼ねた世話役にはターニャが付いている。
彼女は相変わらずニカブを着たままで、一言も喋らない。
そしてその可愛い相棒オオタカのP子(♂)は無人偵察機のごとく、小型通信カメラを胸に付け空から付近を偵察し、あるときはベランダの手すりに止まり俺を見ている。
最初は見張られているのだと思っていたが、ある時思いついて鷹匠が鷹を呼ぶときに良くやる腕を突き出すポーズをとってみると、飛んできて俺の腕に乗りリラックスしていた。
それからは、そうやって呼ぶと腕ばかりじゃなく肩の上や頭の上にも乗るようになり、最近は一緒に居ることが多い。
夕食の時に必ずここを訪れるヤザも、ハイファが生きていた頃に戻ったように俺の姿を探し優しく笑顔を向けてくれる。
あの酷い戦闘が……いや、ハイファが死んだ後の人生がまるで嘘の様な、まったりとした時の流れに身も心も包まれている。
「夢なのか? それとも罠?」
ティータイムの後、1階のテラスに置かれたベンチにハンスと2人、並んで腰かけて庭に咲いた薔薇を見ていた。
薔薇の甘い匂いに酔ったわけではないけれど、体がまだ眠っているように怠くて首をハンスの方に持たれ掛けたまま溜息をつくような声で聞く。
ハンスの両手はベンチの背もたれに沿って広げられたまま「夢ではないが、罠の可能性は十分に考えられる」と真面目な声で答える。
返事なんて、どうだっていいのに。
今俺が欲しいのはそんな真面目な答えじゃなくて、肩を支えたり髪を撫でたりしてくれる優しい手の温もりや、もっと熱い……。
急に体が火照り、慌てて持たれ掛けた頭を離す。
「?」
「わっ、罠かっ!な、なるほど、それも考えられるなっ」
何故か胸がドキドキして、頭が回らない。
「ひょっとしたら、俺たちを人質に取って何かの交渉をしているのかも……」
「馬鹿かお前は。捨て駒の外人部隊のドイツ人大尉と、得体のしれない軍曹の2人だぞ。交渉しようにも一体誰がテーブルに着く?」
ハンスの言う通り。
同じフランスの軍隊でも正式なフランス軍の将校であれば世論を動かす能力があるかも知れないが、ドイツ連邦軍を飛び出して外人部隊に入った将校と身寄りもない上に、どこの生まれかも定かでない軍曹ではフランスの世論も動くまい。
「だったら何故?」
「さあな。ただ単にヤザの娘だと言うことで待遇が良いと言うことは考えられなくはないが、それでは俺の待遇に説明がつかない」
「……ターニャ」
「ターニャ?」
「あの女が何かのカギを握っている気がする」
「アサムの妾だろ、まさか」
「その妾に、外人部隊格闘技ナンバー1の座を争う、君も俺も倒された。おかしいとは思わないか?」
「たしかに……」
「それに引っかかることがある」
「引っ掛かる事?」
「ああ、奴は俺がリズから教わったカンフーで攻撃を仕掛けた時、戸惑っていた気がする。そしてブラームから教わったキックの時も」
「ただ単に打撃系に弱いだけじゃないのか?」
「相手は合気道使いだぞ。打撃系に弱いわけがない」
「たしかに。合気道の腕は凄いものがあった。もしも俺が足を怪我していなくても、勝てたとは言えない相手だった」
「それに……」
「それにって、他に何か思い当たる事でもあるのか?」
「なんとなくだけど、彼女は俺の手の内を知っていた気がする。それも外人部隊に入る前の」




