【Warmth of the back and warmth of the chest④背中の温もりと胸の温かさ】
だが、それをしなかった。
いや、できない。
アサムを殺す事は簡単だろうが、アサムの言う通り、結局俺にはヤザを殺すことなどできっこない。
あの狙撃手との戦いの時もそうだったし、さっきの吊り橋でもそうだった。
殺すチャンスは、あったのに俺は何かと理由をつけてそれを後回しにしていた。
それに気になることがあった。
サオリの事をアサムが知っている。
しかも“殺そうとしたのか”とヤザに聞いていた。
“一体、どういうことだ?”
そうこう思案しているうちに、アサムとヤザは洞窟に入った。
“やばい!どうする??”
今夜はここに泊まるつもりだ。
“おはよー!”
なんて気楽に言える相手でもないし、かと言っていつまでも寝た振りも出来ない。
今更起きるなんて不自然な気もするし、第一恥ずかしい。
ヤザの背中が暖かいからと昔の思い出に浸っていなくて、目が覚めた時に“なんで俺を負ぶっている!”と暴れた方が自然だった。
特にサオリを殺した復讐の相手でだと思っていたヤザが、実は犯人ではなくてそのサオリに俺を密かに託してくれていたと分かった今ではなおさら。
“一体どうすればいいの??”
少し暗い洞窟の中に入ると、アサムがヤザに向かって言った。
「大切にするのも良いが、そろそろ娘を起こさねばならんだろう」
「しかし、起こす前に手足を縛らなければ、こいつは敵の兵士ですからアサム様の命が狙われます」
「なぁ~に、わしの命など幾らでも替えがきく。それにその娘がその気だったなら、ヤザもワシもとうにこの世にはいないじゃろう」
「それは……」
「その娘、もう起きているのではないかな?違うか、ナトーとやら」
“見透かされていた!”
しかし、ここから。どう出るべきか……。
「なんだナトー起きたのか、どこも痛い所が無いのなら甘えていないで降りろ」
俺が、どうするべきか迷っているのを察してヤザが声をかけてくれた。
「べっ、別に痛いところはないし、甘えてもいない。起きたのは今だから……」
「はっはっは」
アサムが急に笑い出した。
「ナトー。お前がどこから起きていたのかは知らんが、これだけはハッキリと言っておく。サオリを殺そうとしたのはヤザではないし、ザリバンもあの女には手出しはしておらん」
「しかし……」
「そう。メヒアのような殺しを生業として考えている者も中には居るし、正規な軍隊ではないから規律も乱れているのは知っている。じゃが、当時あの地区の司令官は誰じゃったかな?」
“バラクだ!”
「そう。バラクは、その様なことを進んでする男ではない事は、リビアで拘束しようとしたお前さんが一番分かっておるはずじゃ」
確かにあそこにはバラクもいたしリビアで会った時、その様な卑劣なことをする男ではないことも分かった。
しかしサオリは確かにあの日、あの場所で、俺の見ている目の前で死んだ。
車に仕掛けられた爆弾で……。
「まあよい。その話は、止めておこう。それよりヤザ、枯れ木を拾ってきてくれ。もう日が落ちる。標高が高いこの辺りの夜は冷えるからな」
「はい!」
ヤザはアサムに丁寧に返事をすると、直ぐに洞窟から出て行った。
決して広いとは言えない洞窟の中に、アサムと2人きり。
しかもアサムは武器を持っていない様子。
アメリカ軍からはアサムを見つけ次第、射殺しても構わない命令が出ている。
拘束ではなく、射殺。
フランス軍からはアサムを見つけたら、戦闘を避けて居場所の確認をするようにと命令が出ている。
同じ多国籍軍として参加しているはずなのに、アサムの処遇に関する対応が異なるのは何故だろう。
いくら目の前にいるのが敵の首領とはいえ、所詮は70前後のお年寄り。
俺がその気になれば、簡単に拘束することが出来るだろうし、殺す事も簡単だろう。
しかし俺は、そのどちらもしない。
あの時あの橋を渡り切る直前にヤザが橋を支えているロープを切るのが見えたとき、俺は自動小銃の照準を合わせていたヤザを撃とうかどうしようかと迷い、撃つことを諦めた。
ヤザを殺した先の事を考えていた。
ヤザを殺した先――その先にはアサムも殺害した俺がいる。
不時着した輸送機での戦いの中、俺はヤザを見つけた。
しかし、その時は狙撃戦を優先させヤザを撃たなかった。
そのために戦闘は長引き、崖の上では救援に駆け付けたアメリカ海兵隊の部隊が全滅した。
今更殺したところで何になる?
ヤザを殺し、アサムを殺した俺は、世間から英雄として称賛されるだろう。
沢山のザリバン兵の命を奪った挙句、親をも躊躇なく殺す俺をエマやユリア、それにハンスはどのように思うだろう……。
“グリムリーパー!”
俺はあの子供のころのまま平気で人を殺して生きていくグリムリーパーのままなのだ。
そう思った時、このまま橋と一緒に渓谷に落ちて行こうと思った。
俺が死ねば、ハンス少しは悲しんでくれる事だろうし、ハイファの言葉を振り切って迄ヤザを殺す事もない。
何よりも、ハンスにだけは俺が凶悪なグリムリーパーだと言うことを知られたくはなかったし、そういう目で見られながら生きて行くことなど出来ない。
色んな思いが交錯する中、俺の意識はフッとまるで蝋燭の火を消すように落ちて行った。
真っ暗な地獄の窯の中に落ちて行く俺。
これまでしてきたことを思えば当然の事。
窯の中には、今まで俺が殺してきた連中が、グツグツと煮詰められながら阿鼻叫喚の叫び声を上げながら俺が落ちてくるのを今や遅しと手を上げて見上げている。
恐らく、あの窯に落ちた俺は、奴らに八つ裂きにされてしまうだろう。
それも運命。
そう思ってあきらめた時、天空から巨大な手が伸びてきて俺の体を掴んだ。
今にしてみれば、この手がアサムの手だったのだろう。




