【Warmth of the back and warmth of the chest③背中の温もりと胸の温かさ】
いつの間にかヤザの背に背負われていた。
負ぶってもらっているヤザの背中の温もりが、まだ幸せだったころの微かな記憶が蘇る。
あれは、いつだったろう?
暑い季節じゃなかったから11月頃だったろうか。
家族とバラクの4人で、公園に行った時の記憶。
こんなに木々はなく、太陽の日差しが剥き出しだった。
バスで移動し、そこからは徒歩。
俺は途中で甘えて、ヤザに負ぶってもらう。
ヤザの背中が暖かくてピッタリ貼りつくようにして、いつの間にか眠っていた。
公園に着くと広い芝生の上で、ビニール製のボールを膨らませて4人でバレーボールのような事をして遊んだ。
駆けっこもした。
俺はバラクとハイファを負かして2位。
だけどヤザを抜くことは出来なくて悔しくて泣いた。
今にして思えば笑える。
5歳の子供に、駆けっこで大人が負けるわけなどないのに。
お昼ごはんはハイファのランチBOXに入った沢山のサンブッサ(日本のカレーパンに似た揚げパン)
ハイファの手作り。
本当のサンブッサの中身はカレーにひよこ豆だけど、ハイファは俺用に果物のジャムを入れて揚げてくれた。
ウトウトと、そんな昔の事を思い出しているとヤザとアサムが話を始めた。
「さて、この娘の事じゃが、どうするかのう?」
「処刑……ですか」
アサムから、ナトーの処遇の話が出て、急に覚悟していたはずの心が揺らむ。
あの時、俺は確かにナトーが渡ってくる吊り橋を落とした。
だが実は、ギリギリの所まで待った。
ナトーが俺の名前を呼び、手を伸ばしてくれたなら、その手を掴める位置まで。
しかしナトーは俺に助けを乞うこともなく、名前も呼ばなかった。
俺も涙でその顔を見ることができなかった。
そこを、もう60を過ぎているアサムが手を伸ばし、ナトーを捕まえてくれた。
一度救われたからこそ、再び訪れたナトーの死が惜しくてたまらない。
「ヤザ、もう負けを認めろ」
「はっ?負けを……」
「そうじゃ。結局お前にどれだけ優れた兵を何百人預けたところで、娘が敵側に居る限り勝つことは出来ん」
「いえ。決してそのようなことは。一切手加減は――」
真剣な目でアサムを見るヤザに対して、アサムはヤザの顔を見ずに笑う。
「確かにお前は攻撃の手を緩めないし、常にベストを尽くしてくれている。じゃが決定的な場面において、常にこの娘を傷つけないように判断してしまう」
「アサム様、お言葉ですが、決してそのような」
「そう言い切れるか?」
「はい。誓って」
緑色に輝く森の中、ナトーを背負ったヤザと杖をついて歩くアサムの2人。
はるか上空を飛ぶ無人偵察機。
「無人偵察機が飛んでおる」
木陰越しに空を見上げたアサムが言った。
「隠れましょう。見つかります」
「なーに、見つかりはしまい。まさかザリバンの首領が1人で歩いているとは敵も夢にも思わないじゃろうて」
「ひとり?」
「そうじゃ。奴は赤外線で物事を見ておるから、わしの姿はハッキリと見えるが、娘を背負って歩くお前の姿は人間としてちと大き過ぎるから、なんと判断するじゃろうかのう」
「牛?」
「そう。牛かヤギに見えておるかも知れんのう。杖を突いた老人には、その方が似合う」
無人偵察機がさっきから飛んでいることには気が付いていた。
しかし何故、このタイミングでその話をしたのだろう。
そう。
無人機が飛んでいるのは知っていた。
なのに俺は、アサムに言われるまで、それについて深くは考えていなかった。
いや。
深く考えないようにしていたのかも知れない。
何故だ?
俺は無人機がナトーを発見してくれるかも知れない事を願っていたのか?
ナトーが立て籠もって戦っていた不時着した輸送機への攻撃にしても、見つからないよう入念に隠れさせた狙撃手の横で俺はいつも通りのまま指示を出していたし、時間を掛けて戦えば落とせることなど分かっていたのに救援ヘリが来ることが分かると俺は部隊の半分以上の兵を連れてそっちに向かった。
ナトーが占拠したトーチカの件にしても、黒覆面の男に任せっきり。
俺が部隊を率いて偵察に行けば、すぐ分かったかも知れないのに俺はそれをせずに、全ての判断を黒覆面の男に委ねた。
そしてアサム様を逃がすために渓谷に向かっているときも、一番狙いやすい有利な場所に狙撃手を配置した。
追手がもしもナトーなら、先ず見逃さないことを知りながら……。
攻撃しながらも、心のどこかで常にナトーが助かるように仕組んでいたのかも知れない。
裏切り者は、俺自身なのではないだろうか。
「気にせんでいい」
不意にアサムが歩きながら言った。
「お互い様なのじゃ」
「お互い様?」
「そう。お前がこの娘を殺せないように、この娘もまたお前を殺せない。――まあ、なにか深い恨みがあるようじゃがな……」
コツコツと規則正しく杖が土を叩き、前に進む。
「墜落した輸送機での戦いでもそうじゃ。お前がグリムリーパーの代わりに育て上げた狙撃手が遣られた件にしても、指揮官であるお前を狙撃で殺してしまえば無用な長物となるのは分かり切っておると言うのに、お前の娘はそれをしなかった」
「それは、俺を撃つと居場所がバレてしまうから――」
「グリムリーパーほどの腕なら、弾丸が発射されたと同時に逃げることも可能じゃろ?我々の狙撃手は既に位置が知れているから、グリムリーパーは場所を変えても直ぐにまた狙えるし、こっちの狙撃手が場所を移動する所を狙うことも出来る。最も重要なのは、その部隊の指揮能力を奪う事……違うか?」
「……」
「それにあの吊り橋を走って渡りながら、我々の兵士を確実に射殺する腕がありながら、何故橋のたもとで今まさにロープを切ろうとするお前が無傷で居られたのだ? 何故、この娘は最後の最後で気を失った?」
“葛藤”
アサムは、それを葛藤と言ったが、俺は違うと思っていた。
飛行機が墜落した衝撃に耐えながら、圧倒的に不利な立場にありながら40時間もステータスを落とすことなくブッ続けで戦える奴なんて、そうそう居るものじゃない。
だから俺は、体力と気力の限界が来てしまったのだと思った。
「ヤザ、お前、この娘に何の恨みを買った?」
「はあ。噂によると、イラクで俺がナトーの面倒を見ていた赤十字難民キャンプの医師、サオリと言う女の命を奪った事を恨んでいるとか……」
アサムは突然、驚いた顔をしてヤザの顔を見上げた。
「お前、あのサオリを殺そうとしたのか!?」
「いえ。俺は何もしていません。むしろその逆で、いつまでもあのサオリと言う女がナトーの面倒を見てくれればいいと、そう思っていました」
「そうか……。今日は疲れた。ここで休んで行くことにしよう」
アサムは小さな浅い洞窟を見つけると、その中に入っていった。
戦いの中、ついにヤザを仕留めることが出来るというのに、心の中に侵入してきたハイファ義母さんが俺を止めようとした。
振り切ろうとしたとき、急に目の前が真っ暗になり気を失った。
気が付けば、殺すはずだったヤザの背中。
しかも隣には、ザリバンの首領アサム。
ヤザの腰にぶら下っているナイフを手に取れば、2つの首が同時に取れる。




