【Warmth of the back and warmth of the chest①背中の温もりと胸の温かさ】
「ヤザ!やめろ!!」
直ぐ腰の辺りでアサム様の声がした。
慌てて振り返ると、そこにアサム様の姿はない。
“なぜ!?夢なのか……”
「阿呆、我が子を殺そうとするとは何事じゃ!」
誰かが俺の腰を掴む。
下を見ると、崖の直ぐ傍に這いつくばって苦しそうな顔をしているアサム様が、俺の腰を掴んでいた。
「驚いている場合じゃなかろう。直ぐに助けよ。出ないと妖精ごと谷に転落してしまう……」
“妖精ごと?”
とにかくアサム様の体を引っ張ろうとしたが、なかなか動かない。
それもそのはず。
アサム様の右腕は、助けを拒むように、崖の下に降ろされているのだから。
崖に降ろされたその腕を見て驚いた。
アサム様の年老いた手が掴んでいるのが、なんとナトーだったから。
しかも、そのナトーは気を失っているのか、軍服のサスペンダーを捕まれたままダラーンと俯いたままぶら下がっている。
「こらっヤザ、何を見とれている。早く引き上げなければワシの手がもう持たん」
慌てて手を伸ばし、ナトーを引き上げた。
「でも、いったい何故?」
それは2つの、疑問。
何故、アサム様がナトーを救ってくれたのか。
何故、ナトーが気絶しているのか。
オートバイの音と、そのはるか向こうから微かにヘリの音が聞こえてきた。
「ここはマズイ、早く移動するぞ。ヤザ、お前は娘を背負え」
「はい」
娘と言われて嬉しかった。
実の娘ではないから血も通っていなければ、顔や姿も似ていない。
そのうえ、身長なんて父親の俺とまるで変わらない。
亡くなった妻ハイファより、10センチ以上もデカい。
しかし俺にとって大切な娘。
グリムリーパーとして最後の狙撃となったあの日、隠れていた建物が砲撃の直撃を喰らったあの時、俺はようやく気が付いた。
大切なこの子に、もうこんな事をさせるべきではない事を。
瓦礫の中でまだ息のあるナトーを見つけたら、今しているようにこの背中におぶって、どこか戦争のない村でヒッソリと暮らそうと思った。
しかし、その思いは叶わなかった。
あのサオリという女と、その一味が先に見つけ出し連れ去ってしまったから。
でも、そんなことは今どうでもいい。
俺は今、こうしてナトーを負ぶっている。
「渓谷の向こう側に上手く辿り着いたかも」
「そうよ。ナトちゃんなら、そうに違いないわ、探しに行ってみましょう!」
「駄目だ。もう帰れ!」
ハンスの言葉に3人は驚いた。
「ナッ、ナトーを見捨てるんですか!?」
「いや、見捨てはしない」
「だったら……」
「もしも、ナトーがこの渓谷に落ちたとしたなら、探し出すのは困難だ。そしてもし探し出せたとしても、それはもうナトーではないだろう」
「ナトーではない?!」
「そう。見つけ出せるのはナトーだったものに過ぎない」
「それでも……」
「気持ちはわかる。だがこの渓谷の高さと、下に流れる川の深さから考えれば答えは分かり切っている。橋から落下したとすれば、その高さは約20m。20m落下時のスピードは時速約70kmそしてその衝撃は約30t近くになる。生身の人間が耐えられる衝撃ではない」
「でも……」
「そう。でも、生きている可能性はある。それはナトーがここを渡り切った可能性だ」
「だったら皆で探しましょう」
「だから、帰れと言っただろう」
「じゃあ……」
ハンスの言っている意味が分からない。
帰れと命令しながら、見捨てないと言うのは一体どういう事?
「ここから先は森が続く、そしてその先には村がある。おそらくザリバン縁の村。森の上をヘリで飛ぶのも、ザリバン縁の村に集団で潜入する事も危険すぎる。敵の首領アサムが、まんまと逃げ遂せたとしたら、この先に居る事は確実だ。だから俺は、その確認のために村に入る」
「無茶です」
「無茶は承知だ。だが、ここまで来てみすみすアサムを逃す訳にはいかん」
「しかしどうやって向こうにわたるのですか?ロープで降ろしますか?」
「だから、ヘリは危険だと言っただろ。少し手伝ってもらえるか?」
ハンスは崖の傍に、こんもりと土を盛る作業に取り掛かる。
何をする気かわからないが、ユリアたちも石を運んだり、その上に土をかぶせたりするのを手伝った。




