【Farewell Grim Reaper⑥(さらばグリムリーパー)】
とうとう俺にもチャンスがやって来た。
ザリバンに入って以来他の者と一緒に、つまらない仕事ばかりさせられてきたが、元々俺は狩りをして生活していたから銃の腕には自信がある。
ヤザが恐れているグリムリーパーと言うヤツの噂は知っているが、所詮はただのスナイパーニ過ぎない。
だいたいスナイパーと言うものは“待ち伏せ”が専門のはず。
そいつがノコノコ俺たちの後を追っているとしたら、それはお笑い草だ。
良い的にしてやる。
幸いヤザ様が選んでくれた狙撃位置からは、草の生えた場所以外に隠れる場所のない一本道を充分見渡す事が出来る。
追跡してくる敵の姿が丸見えになるばかりか、敵がこの道に入って来た段階で直ぐに俺の存在に気が付いたとしても距離は十分にある。
有効射程距離300~500程度の小銃を相手にするには完全に有利だ。
それにヤザ様は俺に敵を殺せと言ったが、それが難しくなった場合には直ぐに退けとも言ってくれた。
一番重要なのは、俺の命と追跡者の有無を、離れたヤザ様たちに知らせる事。
こんなことを言って貰ったら、俄然やる気も勇気も湧いてくる。
ヤザ様に指示されたこの藪も、崖の中腹と有って上から狙撃する格好のポイントだし、たとえ敵が複数人居たとして機関銃を乱射されても岩が俺を守ってくれる。
だが敵を守るものは草以外に何もない。
仮に撃ち漏らして草の中に逃げられたとしても、上から見ることになるから見逃すことは無いし、草は銃弾を弾いてはくれない。
兎に角、あの伝説の狙撃手“グリムリーパー”を倒したとあっちゃあ俺も英雄の仲間入りは間違いない。
いつヤツが顔を出すのか楽しみにしながら、身を潜めて敵を待っていた。
“パァ――――ン”
戦場から離れた崖の傍にある草原の道に一発の銃声が響く。
“ナトー!!”
その音に一瞬立ち止まったハンスはナトーの名を呼ぶと、止まった時間をまるで力づくで逆戻りさせるように、その名前を大声で叫びながら物凄い勢いで再び走り出した。
“ナトー……”
渓谷の傍で、銃声を聞いたヤザは逃げる列の中で一人だけ歩を止め、思い出を振り返るように今来た道を眺めてから、祈るように空を仰いだ。
いかにナトーと言えど隠れる場所もない草原の道で、崖の中腹から狙われたのではひとたまりもないだろう。
しかも今の銃声は明らかに奴が輸送機からこちらの狙撃手を始末した時に使ったM82バレットの物ではない。
ナトーたち外人部隊が装備するのは有効射程距離が300mと、ドラクロワの半分しかない自動小銃。
銃声は一発きりしか鳴らなかった。
初弾で命中し、何も苦しむことなく天に召されたのなら……。
「どうしたヤザ」
「いえ、少し疲れが――」
「疲れたら休め、ワシの命なら心配は要らない。ワシが死んでも誰かが屹度代わりを務める。そしてこの世の命など、必ず尽きてしまう短いものだ。いずれワシもお前も死ぬ。そしてお前は天国でハイファやバラク……そして家族とまた会え、幸せなあの頃の暮らしに戻るのじゃ」
「ありがとうございます」
アサム様が、俺の気持ちを察して言ってくれたことは良く分かる。
養女とは言え、ナトーは俺とハイファの大切な娘だ。
あの戦争さえなかったら学校にも行かせ、お洒落もさせ、ちゃんと可愛い娘として大切に育てていたことだろう。
だが、ハイファを失った俺は復讐のため、手を血で染めた。
その世界で生きていくためには子供を養う事は出来ない。
義理の弟、バラクにナトーを預けようと考えたが、彼もまた姉の仇を討つためにザリバンに入ってしまい両親を早く亡くしていた俺には他に信頼できるものがいなかった。
遠い親戚に頼る事も考えたが俺の親戚はどれも貧しかったため、虐めや虐待に合う事が心配になり、どうしても預ける事が出来なかった。
だから2人でこの世界を生き抜くために、止むを得ず戦士として育てることになったが、決して本意ではない。
あの戦争さえなかったらハイファもバラクも生きていて、今時分は年頃になったナトーのボーイフレンドにハラハラさせられながら楽しく暮らしていた事だろう。
――それなのに……、それなのに俺は……。
“ガシッ”
自分の拳で、自分の頬を思いっきり殴った。
今は感傷に浸っている場合ではない。
あの戦争の決着が着くまでは、何としてもアサム様を守り抜かねばならないのだ。
「お前とお前とお前、斥候に出て吊り橋の傍に敵が隠れていないか調べてこい」
狂った時計は戻せない。
今は過去にとらわれず、前に進むことだけが肝心だ。
それで死が訪れた時アサム様の言う通りに、死後の世界でナトーたちと会おう。
積もる話は、お互いに沢山有りそうだが、時間だけは無限にある事だろう。
道の途中にナトーの乗って行ったオートバイが止められていた。
“どうして、こんな所に……”
兎に角今はナトーの安否だけが気がかりで、他に何も頭が回らない。
銃声はたったの1発。
敵の待ち伏せに有ったのなら銃撃戦になっているはず。
それが1発だと言う事は、待ち伏せしていたのは敵の狙撃兵だ。
ナトーが死ぬはずがない。
死んで堪るものか!
ナトーはグリムリーパーとして恐れられ、俺の尊敬する兄でさえ仕留める事の出来なかった女神“アテナ”だ。
ザリバンの狙撃兵ごときに倒されるわけはない!
屹度、反撃の機会を狙って、どこかに隠れているに違いないのだ。
俺は迷うことなくオートバイに跨りエンジンを掛けた。




