【Farewell Grim Reaper④(さらばグリムリーパー)】
抜け穴の存在から考えると、ナトーはアサムが既に脱出したのを知って、それを追跡しようとしているのは明らかだ。
ただ、それだけならブラームたちも連れて行くはず。
ナトーが何を考えて1人で行動しているのか分からないが、兎に角今はナトーが危険な行動をとっている事だけは間違いない。
「ユリア!無線を貸してくれ!」
「はい!」
俺は無線を借りてニルスとマーベリックに、指揮を任せる事を告げ、俺も後を追うことにした。
「ヘリで捜索します。乗って下さい!」
「ヘリは駄目だ!」
「どうしてです?ナトー軍曹がバイクで行ったのなら、歩いては追い付きません。それにもし敵が待ち伏せしていても防御は完璧です」
「地形的に敵がRPGを持っていた場合、的になってしまう。時間は掛かるがミイラ取りがミイラになるのは避けなければならん!ここで万が一ヘリが落とされるようなことがあれば、また何が起こるか分からなくなる」
「……」
敵の司令部が落ちるのはもう時間の問題だろう。
そしてナトーが、脱出したアサムを追っている事も間違いない。
アサムを守る敵兵も、少人数。
――だが、侮っては行けない。
なぜなら、この地域は敵の本拠地。
俺たちの攻撃で戦場から逃げて散らばった敵兵も、その辺に沢山隠れているはず。
そこに実際は作戦に参加していないはずのウクライナ軍のヘリが墜落し兵士が捕虜として捕らえられでもすれば、ナトーがアサムを捕らえたとしても人質交換として無駄になるばかりか、急遽ヘリと特殊部隊を派遣してくれたウクライナ政府にも多大な打撃になる。
おそらくこの様な国民になんの説明もなく参加させたチェルノワ政権に対して、野党や世論は黙って見過ごしてはくれないだろう。
「私も連れて言って下さい!」
「駄目だ!足手まといになる」
体よく断る気は更々無かった。
これからバイクで行ったナトーを追うとなると、そうとう走らなければならない。
俺たちのLÉMAT特殊部隊だって長距離を速く走る事が出来るのは、ナトー以外ではブラームやキース、それにフランソワとハバロフくらいなもの。
どんな教育を受け、どの程度の体力があるのか分からないが、たかが航空兵ごときが出る幕ではない。
それに……ナトーを助けるのに女を連れて行くのが嫌だった。
おそらく、それが一番の理由。
「では、これを持って言って下さい」
ユリア中尉が小さなBOXを渡してくれた。
これは敵地で墜落した際に、味方に位置を知らせるための小型発信機。
「わかった。有難く借りておく」
そう言って俺はナトーの後を追うために走り出した。
崖の傍までバイクで来ると、崖の傍に道があるのを見つけた。
バイクを下りて道の状況を確認する。
踏みつぶされた雑草が幾つかあったが、いやにハッキリと痕跡が残っているのが気に入らない。
その道を用心深く200m程先に進み、もう一度草を確認すると、この辺りの草は踏みつぶされたような形跡が全くない。
“屹度、もう一つ道があるはず”
そう思って更にバイクを崖の方に進めると、岩場が出て来た。
大きな岩が沢山ある。
これでは人が通るのは困難だろう。
誰もが、そう思うはず。
しかしいざと言う時の逃げ道と考えるならば、無数に並ぶ大きな岩は兵を隠して置くのに好都合で、万が一追われている場合には兵を数人配置するだけでかなりの時間稼ぎが出来るはず。
ヤザたちは追われていない状況下でここまで逃げ遂せた訳だから、今は兵を置いては居ないだろう。おそらく俺が来るのがもう少し早ければ、追手を確認するために10~20分程度は見張りの兵を置いていたに違いない。
だが完全に兵が居ないと言う確証はないので、バイクを置いて慎重に前に進む。
岩場を10分程歩くと、思った通り切り立った崖を更に内側に削り取って作られた道があった。
そして岩だらけで歩きにくかった道も、戻りながらよく見ていると、一本だけかなり歩きやすいルートがあった。
つまりこの岩場の歩き方を知っている彼らと知らない俺たちでは、ただ単に歩いて進むだけでも差が開くように出来ている。
間違いなくヤザたちはアサムを連れてここを通ったに違いない。
引き返してバイクに跨って、止めた。
人が歩くには左程でもないが、バイクに不慣れな俺が跨ったままここを通ろうとするにはリスクが大きい。
大きな岩を乗り越えるときに転倒すれば、捻挫や酷ければ骨折と言う事も考えられる。
かと言って、ここでバイクを捨てる訳にはいかない。
少しくらい時間が掛かってもバイクの機動力を考えると直ぐに取り返しは着くはずだから、俺はエンジンを掛けたままバイクを押しながら岩場を進んだ。
歩くのと違ってこの岩場でバイクを押すのはかなり困難で何度も車体を岩に擦り、転びそうになりながら、ようやく崖の下の道にたどり着くことが出来た。
狭い道ではあったが、それでも50キロ程度のスピードは出して走る事が出来る。
徒歩に比べると10倍のスピード。
これなら直ぐに追いつけるはず。
ハンス大尉に“足手まといになる”と言われ返す言葉が無かった。
確かに部隊内ではマラソンは早い方だけど、ナトちゃんがウクライナに遊びに来てくれた時にキエフ駅から公園に向けて走ったときフライングして先に走り始めてもなを、信号に引っかかってしまったナトちゃんに完敗している。
だから、その上官であり、しかも男性のハンス大尉に走って追い付くことは出来ないだろう。
ハンスが走り去った後、機内に備え付けのAKMS自動小銃を持ち、私は慌てて敵の洞窟基地の中に駆け込んだ。
洞窟に入ってしばらくすると、突然ドーンと言う大きな音と振動、そしてそのあとにはライトさえも効かないほどの大量の砂埃に覆われた。
「退避―!総員退避!」
狭い洞窟内に叫び声と、非常事態を示すホイッスルの音が鳴り響いたと思う間もなく、沢山の足音が津波のように押し寄せて来る。
「ユリアさん危ない!」
訳も分からず、立ち尽くしていた私を誰かが抱えてくれた。
いや……誰かではない。
これは誰かたちだ。
私は真っ暗な中、両脇をガッチリ担がれて、脚が宙に浮いた状態で物凄い速さで洞窟の外に運ばれた。
両脇を抱えていたのはLÉMATのブラームとキース。
そして最初に“危ない”と声を掛けてくれたのがハバロフだった。
丁度私が探しに行った3人が、私を助けてくれた。
「一体何があったの?」
「敵の親玉が、弾薬庫に火を放ち自爆した!」




