【Enemies set traps②敵が仕掛けた罠】
「借りて来ました」
ボッシュからテスターを受け取り、1本目のワイヤーに当ててビニールテープで留める。
テスターの先を2本目のワイヤーに当てるが、これは何も反応しなくて3本目のワイヤーに当てると通電したことを示すピーっという音がした。
テスターを外し、巻いていたビニールテープに、それぞれ①と記入して次のワイヤーにも同じようにテスターを当てていった。
ワイヤーは結局7本あり、そのワイヤーのない隙間から、ソーっと頭を突っ込み、中を確認する。
嫌な予感は的中した。
1本のワイヤーはそれぞれ違う木に先端を結ばれていて、その真ん中に爆弾がブラ下っている。
嫌らしいところは、そのワイヤーのそれぞれ1/3の所に短い木の枝が結ばれているところ。
つまりワイヤーの結んである片方の木を持ち上げれば、爆弾は真ん中からズレて1/3の所にある短い木が結んである所で止まり、止まった拍子に信管のピンが抜けて爆発する。
ワイヤーの片方を切ったときもそれは同じで、仮に1本のワイヤーを左右同時に切ったとしてもストッパーの役目をする短い木の枝が他のワイヤーに引っ掛かり、ピンが抜ける仕組み。
中に潜り込んでリンゴの果実を摘むように爆弾を外せれば良いのだが、木の枝は複雑に絡み合っているから万が一バランスが崩れてしまったり、結んである枝が折れればそこで爆発してしまう。
中から造作されたものだから、どこかに抜け道があるかも知れないが、この様な手の込んだ仕掛けを作った奴のことだから最後の1本は誰かに手で吊るしてもらった後、外に出てから結び、逃げ道も潰しているに違いない。
安全に除去するには、順番を間違えないように1本ずつ、ゆっくりと降ろしていくしかない。
順番を間違えただけで俺たちは永遠に動くことが許されなくなる。
「ボッシュ、崖の上に居るブラームと交代しろ。そして認識票のチェーンと、通信機の配線修理用のワイヤーとニッパーを持って来させろ」
「了解ですが、俺だって逃げるわけにはいかねぇから戻って来て手伝うぜ」
「駄目だ。上で敵が来ないように確り見張れ。気持ちは有難いが、この作業はリーチの長い者じゃなきゃ駄目だからフランソワとブラームでやる」
「分かりました。幸運を祈ります」
「爆弾処理者に幸運を祈るだなんて、トーニが聞いたら大笑いするぞ」
「そりゃそうだ」
フランソワが、そう言って笑う。
「背の高い者が重宝される場合も有るし、その逆の場合も有る。だから人間はみんな背丈や体格が違う。今回は俺やブラームが重宝される番だ。オメーが重宝される番が来たときには、オメーがどんだけ嫌だと駄々をこねても軍曹は許しちゃくれねーから、そん時までその気持ちは締まっておけ」
「分かったよアニキ。でも軍曹の命令なら、どんな命令でも俺は駄々なんてこねねぇぜ」
「いいぞ、ボッシュ。それでこそ俺の弟分だ」
穴の中に頭を突っ込んだまま、2人の会話を聞いていた。
なんて好いヤツたちなのだろう。
だが、俺は決してお前らを死なせはしない。
先ずワイヤーに貼り付けたビニールテープに書かれた枝番と同じ番号を書いた札を取り付けたチェーンをワイヤーに巻いて通し、壕の中に首を突っ込んでいる俺と外にいるブラームとフランソワの手元にある番号とが合うようにした。
チェーンは途中にあるストッパーの位置で止まるから、ワイヤーの先に取り付けられてあるビニールテープごと、1本のワイヤーに対して2本の札を掛ければ、どの番号のワイヤーが何処から出て何処に行っているのか分かりやすい。
ビニールと札には番号の他にAとBの文字を記入させた。
あとは、順番通りワイヤーをゆっくりと降ろすだけ。
全ての札が通り、爆弾の除去作業を始めた。
「3番」
俺の指示に従ってブラームとフランソワがワイヤーの先端に、持って来たワイヤーを通して慎重に降ろし、3番の札のかかった爆弾が塹壕の地面に無事降りた。
「「ふう……」」
ブラームとフランソワが同時に溜息を漏らす。
「5番」
単純な同じ作業を繰り返すだけだが、この作業には俺たち3人の――いや、ここに居る部隊全体の命が掛かっている。
もしも爆弾が爆発すれば、敵は俺たちが何の目的で、何をしているのかに気が付いて出てくる。
も2番の爆弾を降ろしたときブラームが、モンタナ達が到着した事を知らせてくれた。
「集中しろ……」
教えてくれたのは有難いし下士官代理としての立場上、報告するのが当然だと思ったのかも知れないが、今はそんなことに気を回す余裕なんてないから注意した。
俺が順番を間違えるだけでなく、ワイヤーの掛けそこないや降ろす速度やタイミングなど、どれひとつ間違っただけでも命は終わるのだ。
敵だって、いつ来るとも限らない。
ひとつひとつの作業を、休むことなく慎重に、しかもゆっくりとだが迅速に処理しなければならない。
「1番」
ところが1番の爆弾を降ろし始めると、①Bの札が4番のワイヤーに絡んでしまった。
「止めろ」
軽く絡んだだけだとは思うが、それを手で確かめることはできない。
無理に降ろせば、絡んだ札のせいで4番のワイヤーが外れる可能性もある。
「いま①Bは、どっちが持っている?」
「俺です」
フランソワが答えた。
「フランソワ、おまえ①Bのワイヤーを持ったまま、右手にある④Aのワイヤーをそのまま持てるか?」
「いえ、現在①Bを右手で持っているので、これを左手に持ち替えられれば出来ますが……」
「持ち替えられれば、とは何か?」
「左手は現在うつぶせの体重を支えているので、持ち替えるのは困難です」
「わかった。ブラームは手が届くか?」
「ちょっと俺の位置からは遠いですが、取ってみます。ただし手さぐりになります」
「注意しろ、④Aのワイヤーの傍には⑦Bのワイヤーがあるから直ぐに掴むな。一旦掴んでしまうと動けなくなる恐れがあるから、掴まずに軽く指で触れ。そのワイヤーが合っているかどうかは触れたときの揺れで俺が判断する。くれぐれも木には触れるな。木に触れると全部の札が揺れてしまう」
「分かりました。やってみます」
時間が掛かるのは承知。
そしてブラームとフランソワの体勢がキツイのも。
木に触れることなく、うつぶせのまま手だけを伸ばしての慎重な作業。
腹筋も背筋も手の筋肉も、並の人間ならもう既に限界を超えている。
「ありました。触ります」
「頼む」
微かに④Aの札が揺れた。
「よしブラーム、そのワイヤーを掴め」
「掴みました」
「フランソワ、①Bのワイヤーをゆっくり降ろせ」
顕微鏡を覗くくらい細部にわたって慎重に見ていると、急に4番のワイヤーが揺れた。
「フランソワ止めろ。ブラーム、堪えろ!」
ブラームの今の姿勢は、おそらく“伏が上体逸らし”の体勢だから無理もないことは分かっているが、ここを堪えなければ意味がない。
「すっ、すみません」
揺れは止まった。
「よし、フランソワ。ゆっくり降ろせ」
絡んだチェーンが、ほどけて行く。
「ブラーム、ゆっくり4番から手を離して良いが、手を元の位置に戻すまで気を抜かずに慎重にやれ。もとの体勢に戻ったら教えてくれ」
「りっ……りょうかい、しました」
しばらく待つと、フーっと息が漏れたあと、ブラームが元の体勢に戻った事を知らせた。
「よし、良くやった。ブラームの方もゆっくり降ろせ」
そうやりながら、俺たちは7個の爆弾を無事降ろすことに成功した。
久し振りに穴から上体を起こすと、汗だくのブラームとフランソワが仰向けに寝転がり、激しく肩で息をしていた。
別に長時間山を駆け回ったわけじゃない。
重い物を何度も持ち上げた訳でもない。
ただ、中途半端な同じ体勢を1時間弱維持しただけ。
だけど、誰にでも出来る事ではない。
日頃から鍛え上げた、こいつらだから出来たこと。
東の空を見ると、金星が一際明るく輝いていた。
オリンピック競技や華やかな観衆も居ないけれど、この金星の輝きが、この二人のためにあるものだと思った。




