【With a wolf①(狼と)】
負傷したジェリー伍長を、俺とジムのどちらかが背負って降りる事も考えたが止めた。
肩を貸す程度なら、いざと言う時にでも直ぐに動く事も出来るが、背負うとなると動きが鈍くなる。
動きが鈍く鳴れば、その分的になりやすくなる。
あらかじめ拠点としていた所で担架を降ろして身を屈めた状態で暗視スコープを覗き、ゴードンが居ることと動いていることを確認してから立った。
「ジムはトムとここに居ろ。俺はゴードンと交代して来る」
森の向こう側の銃声が更に近くなっているのが気になるが、どうやらまだ無事のようだ。
低い姿勢で走り、ゴードンの所に辿り着く。
「状況は?」
「変わりありません」
「よし、では交代だ」
俺はゴードンにジェリーの状況を説明して、AN/PSQ-20(パッシブ式暗視装置)をヘルメットに装着するように言い、自らもM82に赤外線スコープを装着してゴードンを送り出した。
敵はこちらの救援ヘリの着陸地点である3方向に散らばっているはず。
今、銃声の大きくなっているのは輸送機の裏側だが、いずれこの森にも味方に押されて退却して来る敵が現れるだろう。
そいなる前に、なんとしてもジェリーたちを救助して安全な場所を確保しておきたい。
11人居た少尉たちの部隊では、もう5人の負傷者を出してしまっている。
5人のうち担架の必要な者が3人で、この3人を移動させるには6人必要になる。
負傷者の移動中に戦える人数は、3人。
あとひとりでも負傷者が増えれば、負傷者の搬送中に戦うには数が足りな過ぎて絶望的な状況になる。
そうなる前に、輸送機を放棄してもっと安全な場所に移動しておきたいところだが、あの少尉は俺の言うことなど聞かないだろう。
実力のある者が常にリーダーシップをとるテロ組織と違い、士官学校や大学を出ていないと、まず士官と言う小隊以上のリーダーには成れなくて、こういったところが軍隊の悪いところだ。
もちろん無能な士官ばかりではなく、むしろ有能な士官のほうが多く居ることは確かだが、悪いクジを引いたと諦めるには、あまりにも代償が大きすぎる。
M82に取り付けた暗視スコープを覗くと、ジムたちが丁度中間点の坂を上って行く所だった。
徐々に近づいて来る銃撃戦の音が、ここもまた戦場に戻る時間が近づいている事を知らせる。
再び戦場になる前に負傷兵を安全な場所に移しておきたいが、はたして戦場に於いて安全な場所と言うものは存在するのかと、今思った自分の考えに矛盾を感じてしまう。
たしかに俺たちは少人数で、もっと多くの敵兵に囲まれた中で輸送機を基地として守り抜いた。
しかし重機関銃も戦車も使えない状態では、もう守る事はできないだろう。
1人でも機内に入れてしまえば、パニックになり、それで“死”が約束されてしまう。
そうならないように輸送機にビックリ箱を仕掛けておいた。
それを説明してあるのだから少尉もそこまでは粘らないだろう。
ガサガサっと森の枯葉を踏む音が聞こえた。
“敵か!?”
音は、かなり近い。
考え事をしていて、気が付くのが遅れたのか……?
いや、違う。
相当用心深い奴だ。
とにかく今は銃を撃って気付かれるわけにはいかないし、いま逃げるために動くと確実に足音の主に気付かれる。
手にナイフを隠して、そのままの姿勢で伏せた。
“ガサッ”
枯葉を踏む音が1メートルくらいの距離まで近づいた。
そして土を踏む音。
“んっ?何かおかしい。人間にしては土を踏む音が柔らか過ぎる”
そっと目を開けると、そこに居たのは若いのオオカミ。
若いと言っても体重は40キロくらいあり、大型のシェパードより一回り以上も大きい。
オオカミは俺の背中に前足を掛けて、クンクンと襟足の臭いを嗅ぐために、その鼻を徐々に首筋に移動させる。
ここで、かみ殺されるわけにはいかない。
しかし、オオカミと戦ったことは無いから、どうすれば良いのかさえ分からない。
いくら素早く動いたとしても、オオカミの俊敏性には敵わないからナイフを持った腕は噛まれるだろう。
そして、耳の良いオオカミに死んだふりは通用しない。
彼には既に俺の呼吸する音や、心臓の鼓動さえも聞こえているはず。
今まで武器を持った敵を何人も相手にしてきたというのに、自分の体重より軽い動物に歯が立たないことが情けない。
喰い殺されるわけにもいかないが、もし食い殺されることになったとしても、声だけは出さないでおこう。
声を出すと敵に気付かれてジェリーを救出に向かったゴードンとジムに危険が及ぶ。
オオカミは俺の肩に乗せた前足を降ろし、隣に伏せた。
薄目を開けて横を見ると、オオカミと目が合い、腕の隙間に鼻先を押し込んで顔に近付けてきた。
いよいよ最後か……。
怯えもしなければ怒りも悲しみもない。
ただ最後にもう一度だけハンスに会いたかった。
会って、お兄さんを殺したことを謝って死にたいと思った。
文明と科学の力によって、世界中の頂点に立っているように錯覚しているが、もともと人間は野生環境においては非常に弱い動物なのだ。
弱い動物が、強い動物の餌になるのは自然の成り行き。
目の前でオオカミの口が僅かに開くのが見えた。
しかし彼の目から、さっき迄の警戒心が感じられない。
今ならナイフで刺せるかもしれない。
だが俺は、心とは裏腹にナイフを手から離した。
そもそもオオカミは敵ではないし、オオカミにとっても俺は敵ではないはず。
餌になる肉なら、その辺りに沢山死体が転がっているし、野生動物は人間と違って食べきれないほどの食料は確保しないはず。
そう願い、成り行きに任せることにした。




