【Nobody abandon(誰も見捨てない)】
ジムに射撃の中止を合図して、ゴードンとアイコンタクトを取り、銃声の納まった森に向かって2人で突撃した。
戦意を失いかけている敵に追い打ちをかけることで、戦意を更に削ぐのが目的。
追いながら何度も威嚇射撃をして、蹴散らした。
これで当分、戻っては来ないはずだ。
森を出て、3人の負傷兵をゴードンと他の者で急いで輸送機に運ばせて、俺だけはその搬送が終わるまでさっきまで応戦していた位置に残って警戒にあたっていた。
敵が戻ってこないようにゴードンと追い打ちをかけたが、確実に戻らないという保証はない。
もしかしたら森の中から狙撃しようと、息を潜めて狙っているかも知れない。
だから赤外線感知機能のあるAN/PVS-22暗視スコープ(AN/PVS-14の後継機で架空のスコープ)で森の中を探る。
鳥は発見したが敵らしきものは見当たらなかったので、伏せたまま安全な距離まで下がり、そこからは森に背中を向けないように用心しながら後ろ向きに輸送機まで戻った。
「お疲れ様」
前部の扉から登ろうとしたときにジムが手を差し伸べてくれ、その行為に甘えて手を取ると軽々と引き上げられた。
陽が傾き始めたとはいえ、夏の日差しはまだまだ強い。
それでも、あまり日の差し込まない機内は薄明るい程度だが、この部隊の暗さはただ事ではない。
負傷兵は横たわったまま。
他の者も規律なく、ただ床に腰掛けている。
負傷した兵士の持っている応急処置キットを使って、直ぐに傷の手当てを始めた。
1人は銃弾で骨をやられていたので木で固定した。
11人いたはずの部隊だが、輸送機にたどり着いたのは9人。
そのうち3人が負傷している。
「残りの2人は、どうした?」
「やられた」
少尉がそう答えたあと、負傷しながらも仲間を援護するために戦い、さっき2発目を喰らった男が「やられてはいない!」と叫んだ。
肩の階級章から、この男は3等軍曹。
「どういうことだ?」
軍曹に聞くが彼は悔しそうに歯を食いしばるだけで、その後のことは話さない。
いや、悔しさで話せないのだ。
みんなに向かって同じことを聞いた。
静まりかえった機内で、若い1等兵が喋り出した。
「俺たちが森を抜けて崖沿いを歩いていたとき、いきなり敵と出くわして、まず通信兵のトムが撃たれて崖から落ちた。ジェリー伍長がトムを助けるためロープで崖の下に降りて俺たちは応戦していたけれど、なんの遮蔽物もない所で撃ち合う事になり直にマイクが足を撃たれ、それを助けた軍曹が負傷すると、そのあとは……」
「もういい。済んだことだ。我々は味方が到着するまで、ここを死守する」
1等兵の言葉を遮るように少尉が言った。
軍曹が俺の腕を掴んで「ジェリーとトムを助けて欲しい」と小声で言ったので「分かった」と答えた。
「やめろ!俺たちはここを死守すると言ったはずだ。これは命令だ!」
「却下する」
「たかが軍曹の分際で、少尉の俺の命令に背いていいのか!」
少尉が激しい口調で怒鳴った。
「君が来たとき最初に言った通り、組織が違う。だから君の命令は正式には君の国の上層部を通してもらう必要がある」
「非常事態だ」
「俺を含めた3人は多国籍軍第3特別混成部隊第2中隊の所属。君たちに帰属するかしないかは、この非常事態で中隊長代理を務める俺の判断により決定でき、そして残念ながら俺は少尉の要望を却下する」
俺がそう答えると、少尉は拳銃を抜いて、それを俺に向け機内に緊張が高まる。
「君たちが逃げたおかげで敵は追うことに夢中になり、崖から落ちた2人はそのままになっている。今もその方向からは銃声が聞こえないということは、まだ生きている可能性は大きい。だがそれも時間の問題だ。敵も直ぐに崖を降りて2人を見つけるだろう」
「そんなこと分かるものか。そう言って貴様たち、逃げるつもりだろう!」
「どこへ?」
少尉は俺の問いに黙った。
周囲を敵に囲まれて孤立している状況、基地は遥か彼方。
救援部隊はこっちに向かってはいるが、そこを目指したとしても、その間には敵の部隊が居る。
逃げ場などない。
「ここを死守する!」
威嚇なのか、焦って指が動いてしまったのか、少尉の拳銃がパンと乾いた音を立てた。
久し振りに機内に広がる火薬の匂い。
「戦場で最も大切な事、それは誰も見捨てないと言うことだ。その信頼無くして、作戦の遂行は不可能。だから俺は君たちに代わってトムとジェリーを助けに行く」
ゴードンがククッと笑いそうになるのを堪えた。