【15:10, rescue helicopter arrives, ensign new(15時10分、救助ヘリの到着と、新米少尉)】
ヤクトシェリダンの弾は残り1発。
負傷していないのは俺を含めて3名だけ。
このまま夜が来れば、完全に負けると覚悟していた。
耳をすませば遠くの方から銃声が聞こえて来た。
かなり離れた所でヘリを降りた部隊と、ヤザたちの戦闘が始まった音。
しばらくすると近づいてくるヘリの音も。
みんなで空を見上げていると、ついに待ちに待ったヘリが2機やってくるのが見えた。
標高の高い地域独特の、どこまでも抜けるような青い空を駆け抜けてくるシルエットの違う2機。
1機はUH-60 ブラックホーク。
そしてもう1機は大型のCH-53Kキングスタリオン。
「さあ!最後のひと仕事だ。みんな締まって行こう!」
ヘリからの銃撃でパニックになった敵兵が、輸送機のほうに走って来るとも限らないので、闘えるもの全員に呼び掛けた。
ヘリのローター音に混じって、頼もしいミニガンの音が響き、草原に築いた即席の遮蔽物に隠れていた敵兵が逃げ惑う。
逃げる者もいれば、向かって来る者もいる。
とにかく見える敵は1人残らず撃った。
警戒と制圧のため2機のヘリは交互に何度も周囲を行き来し、そしてついに降りて来た。
輸送機から歓声が上がる。
先ず降りて来たのはUH-60 ブラックホーク。
着陸するや否や直ぐに11名のアメリカ海兵隊員がヘリの周囲を固め、そのうち1人の伍長が俺の所に来て負傷兵の収容と、この後の任務のために協力できる兵士を募るように要請してきた。
できれば全員返してやりたいと思ったが、一応ゴードンとジムにその事を伝えると、残ると言ってくれた。
ブラックホークのキャビンは、そう広くないので重傷者と下半身の負傷者はスペースをとってしまうから、上半身を負傷している者を乗せた。
そして彼らを乗せるとUH-60ブラックホークは直ぐに飛び立ち、入れ替わりにCH-53Kキングスタリオンが降りて来た。
こっちはキャビンが広いから、残りの負傷者を全員載せる事が出来る。
貨物室の構造は通常の輸送機とほぼ同じで、座席を倒せばベッドにもなる。
既に意識不明に陥っているキムには“急性硬膜外血腫の疑いがあり”と書いたメモをぶら下げておいた。
そして同じ外人部隊の所属で、重症のフジワラも別れを惜しんでくれていたが、確り治療してまたフランスで会おうと言って励まして送り出した。
ゴンザレスは元気だから残ると言っていたが、銃弾が貫通した位置が動脈に近い場所だったのでヘリに乗って治療してもらう様に言った。
また、英語の話せない捕虜の首にも、戦闘を終わらせる為の情報をくれたことと、その情報を漏らして裏切り者扱いせないこと、国際法にのっとった処遇をすることを書いたメモをぶら下げて送り出した。
最後にレイと握手した。
「君が通信機を直してくれたおかげで、助かることが出来た。ありがとう。そして負傷させてすまなかった」
「負傷は俺のミスだから気にしないでください。軍曹みたいにプロじゃない。どうしても通信兵だから銃撃戦の感が鈍くて迷惑を掛けました」
そう言ってから「フランスに行ったときは、寄らせてもらいます」と言ってヘリに乗り込んだ。
これで残ったのは、志願したゴードンとジムの2人だけ。
「ジム、本当にいいのか、君は戦車兵だろう?」
「軍曹が嫌じゃなけりゃあ、俺は残ります。……嫌ですか?」
「嫌じゃない。むしろその怪力は頼もしいと思っている」
「じゃあ問題ない」
「ゴードンは?今ならまだ間に合うぞ」
「なに言っているんですか、山岳歩兵の俺がここで帰ってどうするんです?それに軍曹からまだ狙撃の極意を盗んじゃいませんから、帰ろうにも帰れません」
そう言って2人は快く、残ってくれた。
ローターが早く回りだし、いよいよ共に戦って負傷した仲間たちともお別れ。
窓のないCH-53Kだけど、お互いの気持ちは通じるはず。
そう思って俺たちは、高く舞い上がって行くヘリに手を振っていた。
37人残った仲間のうち34人を死なせずに基地に返すことが出来てホッとした。
あとは残った俺たち3人が、任務を全うして、無事に基地に帰るだけだ。
「ご苦労」
俺の前に来たのは、海兵隊の少尉。
背は俺よりも低く170㎝あるかどうか。
しかし体つきは、それなりに良い。
士官学校を出たばかり位の若い将校と言う印象。
「指揮官は、さっきのヘリで帰ったのか?」
「いや」
「じゃあ、誰が指揮をとっていた?」
「俺だ」
「お前が?まさか」
そう言って、若い少尉が笑う。
「いや、間違いないです。このナトー軍曹の指揮のもと、俺たちは1人の死者も出すことなく戦い抜きました」
ゴードンとジムが、そう言ってくれた。
少尉は辺りに散らばる無数の敵兵の屍を眺めた後、言った「敵は素人集団だ」と。
「ふざけるな!軍曹のおかげで俺たちは無事に敵の攻撃を乗り切れたんだ!」
ジムが掴みかからんとする勢いで、そう言い、それをゴードンが止めた。
「将校に対して、不適切な発言は軍法会議ものだな。戻った後楽しみにするがいい」
そう言って少尉は、ゴードンに抑えられているジムの首を掴み、認識票を確認した。
「なんで残ったウォルトン・ジム一等兵。ここからは戦車は必要ない。戦車のない戦車兵など足手まといになるだけだと言うことさえ分からなかったのか?こんなゴミみたいな敵を倒して英雄にでもなったと思ったか」
「ゴミだと?彼らだってよく戦って俺たちを苦しめたさ!」
ジムを抑えていたゴードンが、今度は少尉に食って掛った。
「やめろ」
俺が間に入り、それを止めた。
「この後の任務のために残って協力するよう要請してきたのは君たちの方だぞ、俺たちはまだ正式に少尉の指揮下に入ったわけではない。これ以上侮辱するのなら協力はしない」
「ふざけるな!貴様それでもアメリカ人か!」
「俺はアメリカ人ではないしアメリカ軍でもない。フランス外人部隊だ。そして墜落したこの機の部隊に所属している生き残り。つまり多国籍軍第3特別混成部隊第2中隊の所属だから、この2人も海兵隊とは無関係ってことになる。ついでに言っておくが生き残った中で一番階級の高い俺は、1等軍曹の肩書の他に中隊長代理という看板が付いていることも忘れるな」
「ちっ。助けてやった恩も忘れやがって」
「君に助けて欲しいと願った覚えはない。それに戦場で仲間を助けるのに君の国ではイチイチ恩に着せるしきたりでもあるのか?」
「もういい。ついてきたくなければ、ここに居ろ!どうせ役には立たん。俺たちだけで、1号機の墜落現場に行く」
「ちょっと待て、ここはどうするつもりだ。いま他の部隊もここへ向かっているはずだろう?」
「他の部隊など待ってはいられない」
「なぜ?」
「それは、貴様に言う必要は、ない」
「いま戦っている敵が、ここに先に取り付いてしまったら、このC237輸送機の残骸は俺たちがそうしていたように堅牢な基地となってしまうんだぞ」
「なら、燃やしてしまえばいいだろう」
「戻るところがなくなってしまうけど、いいんだな、それで」
少尉は、少し黙った後「知ったことか」と言って立ち去ろうとした。
俺は、その少尉の肩を掴んで聞いた。
「お前の受けた命令は、到着後直ぐに1号機の墜落地点に向かうことではないはずだ。本当は他の部隊の到着を待ち、それと合流して行く手筈ではないのか?」
「黙れ! 敵がいない以上、待つ意味がない。それにお前とこうして議論して充分俺たちは待った」
そう言って、少尉は部隊をまとめて歩き出した。
俺に協力を要請しにきた伍長がペコリと、すまなそうに頭を下げて、列に加わった。
「まったく、なんなんだ?あの少尉」
「ふざけやがって。戦車兵が要らないのなら、先に言えって言うんだよ!」
ゴードンとジムが口々にぼやく。
戦場に残されたのは、俺たちたった3人。
遠くではヤザたちの必死の抵抗に合っているのだろう、さっきまでの銃声の音は、いまだに近づいてくる気配はない。
UH-60 ブラックホーク
全長: 19.76 m
全高: 5.13 m
ローター直径: 16.36 m
運用時重量: 9,980 kg
最大離陸重量: 10,660 kg
動力: ゼネラル・エレクトリック T700-GE-701C ターボシャフト、1,410 kW × 2
最大速度: 295 km/h
巡航速度: 278 km/h