【Enlistment test Martial arts ③(入隊テスト、格闘技③)】
トーニの合図で俺は動いた。
先ずパンチ。
案の定、ハンスは俺の繰り出したパンチに誘われるように上体を前に出してきた。
次は、この腕を素早く折りたたんでエルボーを撃ち、懐に飛び込む。
胸に当たる寸前で、ハンスが俺の肘を受け止めた。
出したエルボーを仕舞う前に掴まれてしまったが、目的であるハンスの懐には、まんまと飛び込むことが出来た。
ここで思いっきり背筋を伸ばせば、頭頂部がハンスの細い顎を捉える。
“勝った!!”
背筋を伸ばし、勢いよくジャンプする。
ハンスのダメージはモヒカンや、黒い男よりもはるかに大きいだろう。
だけど、それは仕方がない。
相手が強ければ強い程、俺のパワーはそれを上回る。
伸ばされた体が心地よく宙を舞う。
だけど、ハンスの顎には未だ届いてはいない。
“いったい何故?!”
宙に浮いた体が反転して下を向くと、そこに居るハンスが俺を見上げている。
トーニや、ギャラリーさえも。
ヤツは俺のエルボーを受け止めるタイミングで、逆に俺の懐に潜ったのだ。
それに気が付かずに、俺はヤツの顎を捉えるために思いっきりジャンプしたから、俺自身の上へ突き上がる力とそれを補助するハンスの力によって高く宙に舞いあげられたのだ。
入り口付近で手当てを受けていたモヒカンと黒い男が口を開け、驚いたように俺を見つめている。
やがて空中で弧を描く体は上向きになり、俺は畳に打ち付けられるのを恐れて、天井に貼られたワイヤーに手を伸ばす。
到底掴める距離でもないのに。
最後は、そのまま仰向けに畳に打ち付けられていた。
“動けない”
ハンスの手がスーと伸びてくる。
俺はその手を、胸の前に手繰り寄せるように受け止めて聞いた。
「なぜ分かった?」
ハンスは何も言わず、はにかむように笑った。
ハンスの手を取り、起き上がる。
「結果は? 落第か?」
「まだだ」
広い道場を後にして、次に連れて行かれたのは薄暗い倉庫の前。
ギャラリーは居ない。
ハンスと俺の二人だけ。
失うものは何もない。
そう思っては居たものの、いざこういう所に連れて来られると操の危険を考えてしまう。
「入れ」
一瞬躊躇して立ち止まった俺に、冷く言った。
ここに来て今更自分を女性だと思い出しても仕方がない。
これも試験ならと腹を括り、覚悟を決めて倉庫の中に入る。
中に入ると、ハンスが後ろのドアをゆっくりと閉め、そして鍵が掛かる。
“カチャリ”と言う金属音が、まるで氷で作られた鋭利なナイフのように胸に突き刺さり、ハンスが道着を脱ぐ。
そして俺にも「脱げ」と言う。
言われるまま、俺は着ていた武道着の帯を解く。
ハンスは道着を脱ぐ俺の様子をジッと見つめている。
密室になるとグラウンドで背を向けた、あの紳士的な行動はとらないのか?
サオリたちとの生活を経験してしまった俺にとって、その視線は耐え難いもの。
俺はハンスの目から逃れるように、瞼を伏せて武道義を脱ぎ始めた。。
武道着を脱ぎ終えた俺が、来ていたTシャツの裾に手を掛けたとき、ハンスの手が胸に近付いて来る。
そして、胸にあたる。
驚いて胸元を見ると、あたったのはブルーの作業着。
「これを着ろ」
渡された服に着替え始めると、ハンスも同じ服を着だす。
服を着替え終わると、ハンスはドアの鍵を解き、ゆっくりと開き始める。
ガヤガヤと人の声がする。
「お前たち、いい加減にしろ。モンタナ、こいつらを連れて特別メニューだ」
「了解!」
ハンスの声に応えたのは、あのモヒカンの声。
「確り楽しんだあとだ。ブラーム、こいつらに戦場の夢でも見させてやれ」
「了解、ボス!」
今度の声は、あの黒い男。
「持ってきました」
次の声は聞き覚えがない。
「ご苦労、下がってよし」
台車の音とカタカタと鉄同士のぶつかる音。
ハンスが持って来た台車の上には何丁かの銃があった。
「動作確認とクリーニングをしろ」
ハンスが手に取ったのは、その中の2丁。
置かれたのはアサルトライフルのHK-416と、拳銃のP320。
「この2丁の動作確認とクリーニングを10分以内で終わらせろ」
無茶だと思った。
AK-47やM-4、M-16ならお手の物だが、HK-416とP320なんて撃った事すらない。
とりあえず、やるしかない。
先ず一通り動作確認をする。
HK-416は何かが詰まっている。
P320は酷いカーボン付着だ。
「クリーニング材は?」
「そこにあるグリスとウエスだけでやれ」
先ずは基本的な症状のP320を片付ける。
クリーニング材が無い以上、時間内にと言うことになると使えるものは限られる。
爪では柔らかくて時間が掛かる。
歯だ。
温かいお湯も無いところでは、暖かい唾液が使える口が手っ取り早い。
直ぐにP320のクリーニングを済ませ、それからHK-416に取り掛かった。
ばらしてみると、普通ではありえない症状。
細かい砂に、泥。そしてカーボンに粘着性の物質。
明らかに、わざと汚すために工夫されている。
しかし、人工的な汚れは意外に簡単に復旧させることが出来る。
それは、傷が入っていないから。
動作中に砂が入って動かなくなる場合にはどこかに傷が入り、その傷の箇所によっては、部品交換が必要となる場合もある。
「出来たぞ」
「OK、ではその銃を持って射撃場に行く」