【12:30, Sheridan Ⅱ Forest(12時30分、シェリダンⅡの森)】
俺は裏側から反時計回りに、回り込むように走った。
幸い、回り込んだ側に居た敵兵は、輸送機の裏側の重機関銃により、ほぼ一掃されていた。
最短距離を直進しなかったのは、この重機関銃の援護を受けられるほかに、もう一つ理由があった。
それは、この高原の地形。
ほとんどの敵兵は、背の低い草に隠れるように伏せて射撃をしている。
草むらに伏せていると、左右は見えにくい。
そして伏せた姿勢は、横の目標に対しての対応が鈍くなる。
右撃ちの場合は特に、右側から来る目標が狙いにくくなり、伏せた態勢を起こして対応するのが殆ど。
そして、俺はその起き上がったヤツに銃弾を撃ち込めばいい。
不意に横から現れた俺たちに面食らった敵兵は、慎重さを失い面白いように起き上がるので、簡単に打つことが出来た。
もちろん装備にも大きな違いがある。
狙ってもナカナカ当たらないAK-47と、狙いの確かなHK-461。
もしも敵兵が、この高価なHK-461を装備していたとしたら、こうも簡単に高原を突っ切る事は出来ないだろう。
森が近くなると、俺たちに気が付いて森の中から撃って来る敵も何人かいたけれど、思ったよりも簡単に森まで進むことが出来た。
直ぐに後を追っていたフジワラも無事に追いついて来た。
暗く視界の遮られる森の中では、何時、どの方向から襲われるかも分からない。
木の幹を遮蔽物とする敵も居るし、根を遮蔽物とする敵もいる。
そして、木の上に昇っている敵もいる。
トリガーを引く指が一瞬でも遅れると、敵は木に隠れてしまう。
だからここからは、さっき迄の大胆さとは打って変わり、お互いの背中を合わせるようにして死界をカバーしながら慎重に進む。
慎重さと俊敏さが要求されるのが森の中。
俺とフジワラは、丁寧に1人ずつ敵兵を片付けながら進んで行った。
ようやく、戦車が見える位置まで辿り着く。
双眼鏡で確認するとコクピットからチラッと見た時に感じたように、戦車は遮蔽物として有効利用され戦車の下や開いた車内にも何人かの敵兵が入っていた。
そして、戦車の向こう側の森の中にも、何人もの敵兵が居るだろう。
2人で装備を確認する。
弾倉の残り数、手榴弾の数。
残りの弾倉はフジワラの方が少なかったので、俺の分を多めに渡すと驚いた顔をされた。
「援護してもらわなければならないから、多く持って、1人でも多く倒してくれ」
そう言うと、納得して笑ってくれた。
「これから俺は戦車に乗り爆破する。フジワラは援護しながら10秒遅れて付いて来て、戦車の影から森を狙って援護しろ。爆破作業が終了次第来た道を戻る。そして、もし……」
「?」
「もし、途中で俺が撃たれたり、戦車の中に入って2分経っても出てこなかった場合、そのまま戻れ」
「しかし!」
「駄目だ、命令は絶対だ。今は1人でも多くの戦力が必要だから」
フジワラは渋々、納得してくれた。
「手榴弾の爆発が突撃の合図だ」
俺の手榴弾は戦車の近くに、フジワラへは俺より少し遅れてから森の出口付近に投てきするように指示し、それぞれ2個ずつピンを外して投げて身を伏せる。
爆発音が2つ鳴り、そのあと敵兵の叫ぶ越えを聞きながら姿勢を低くして突進する。
森に居た敵兵たちが、直ぐに俺を発見し銃を向ける。
フジワラの投げた手榴弾がその近くで爆発し、俺を撃つために身を起こしていた奴らをなぎ倒し、戦車の下に3個目の手榴弾を放り込み車体に飛び乗る。
乗った途端直ぐに、拳銃を取り屋根のないタレットリング内に居り1人目を撃つと同時に、車体の下から爆発の振動が響く。
そして2人目の敵を撃ち中に飛び込む。
飛び込んだ瞬間、操縦席にいた敵が銃を向けようとしたが、狭い車体の中でそのAK-47は思うように素早くは動かない。
手で銃口を持ち上げて額に1発お見舞いすると、直ぐにAK-47の重さが手にのしかかってきた。
背後に人の気配を感じて振り向こうとした瞬間、銀色に光るナイフが俺を襲う。
拳銃で対応するだけの猶予がなく、俺は拳銃を離しナイフを持った手を逆手に捻り上げ払い落す。
しかし今度はナイフを持っていないほうの手が、俺の首に巻きついて締め上げてきた。
投げでかわそうとした瞬間、床に散乱した空薬莢に足を取られて、滑った足が落ちていたナイフと拳銃を操縦席の方に転がし、敵の胸に潜り込むように仰向けにさせられた。
絞め上げはきつい。
くの字に折りたたんだ腕で、頸動脈を絞められる
呼吸を止めるよりも、血流を止められる方がキツイ。
“こいつ、柔道を心得ていやがる!”
脳への血流を止められたことで、頭が朦朧としてきた。
“ヤバイ、このままでは落されてしまう“
足をバタバタさせ、なにか引っかかるものを探し、ようやく砲弾ラックに脚が届いた。
ジャンプをするようにして思いっきりそれを蹴り、背伸びをするように体を伸ばしてから回転してロックされた腕を解く。
直ぐに向きを変え、後ろに下がる。
覆いかぶさるように襲ってきたら顎に向けてキックを入れられるが、敵は腹を目掛けてタックルしてきた。
片膝を立て、それを敵の顎にヒットさせたものの、当たりが浅く、そのまま胴を締め上げられる。
胴絞めは相手の内臓にダメージを与えてしまうため、柔道では危険な技として禁じられている。
だがここは戦場。
ルールなんてものはない。
胃液が上がって来る。
立てた膝に僅かな隙間が有ったので、そこに手を潜り込ませ逆に敵の首を絞める。
大きな胃液の塊が、食道を逆流して口からあふれ出る。
どちらが先に落ちるか、我慢比べ。
敵の締め上げる力と、自分自身の痛みに耐えようとする力を組み合わせて、思いっきり体を仰け反らせる。
敵が俺を絞め上げようとしている限り、その力を俺も利用できる。
やがて敵の力が弱くなり、その手が胴から離されて垂れ下がった。
覆いかぶさっていた敵を除け、落ちた拳銃を拾うため俯きになると、また胃液が上がって来て吐く。
かなり体力と時間を奪われた。
ようやく胃液を吐き終わったと思った矢先、さっき落ちたはずの敵がまた飛び掛かって来た。
何という体力だ。プロレスラーか?こいつ!
俺が四つ這いになっているものだから、今度は起き上がり、上から圧し掛かろうとする。
だけど残念。
もう遊びは終わり。
手に取った銃で、高く持ち上げられた脳天に一撃喰らわすと、血しぶきが赤い虹を作った。
死体を見て吐いたことは無いが、内臓を締め上げられてしまい、その場でまた吐いてしまう。
さすがに時間が掛かり過ぎたのでもうフジワラは居ないはず。
慌ててミサイルの信管カバーを外しそこに手榴弾をセットして、戦車から飛び降りると、まだフジワラが居た。
「なにしている!もう2分はとうに過ぎたはずだ!」
「行ってくれ、足を撃たれた」
このまま放って置けば、戦車の爆発に巻き込まれる。
足元の悪い森まで運んでも、お互いに身動きが取れなくなってしまい直ぐに囲まれてしまう。
まして、森に置いて助けを呼びに行く時間も人数の余裕もない。
そして、考えている猶予も――。
「掴まれ!」
「しかし、それでは……」
「時間が無い!銃と弾倉ベルトは置いて拳銃だけ持て」
いくらフジワラ伍長が小柄だとは言え、俺自体が男としてみると華奢で小柄になるので、背負った状態でマシンガンを発砲されてはバランスを崩してしまうし、今は格闘戦で思いがけず体力を消耗してしまったのでキツイ。
せめてジムやゴンザレスくらい、体が大きければ良かったのだが、こればかりは仕方がない。
下士官である以上、怪我をした部下を放置して帰ることは、いくら人数が足りないと言っても許されない。
それが軍隊の規律。
俺は来た道ではなく、そのまま戦車の死角に入って戦場を真直ぐに、輸送機を目指して走った。
幸い、今は前方の敵たちは、俺に背中を向けている。
しかし戦車が爆発した時には一斉に振り向いて、俺たちに気が付くとき挟み撃ちに合ってしまうのが厄介だ。