【11:30, enemy sniper(11時30分、敵の狙撃兵)】
戦場が静まる。
ゴンザレスとフジワラが状況を確認し、ハンドマイクで報告に来た。
「新たな負傷者なし」
「具合の悪化した者も、いません」
先ずは第一波を防いだところか……。
「味方からの連絡は?」
「まだ何も」
無線交信を開始したレイに、モールス信号で送信してみるように言う。
「信号機が有りませんが……」
「マイクを叩いて送信してみろ」
彼は直ぐに納得して、ナイフを取り出してマイクを叩き出した。
次の攻撃が来ない。
砲塔を失い転がったシェリダンⅡ、高原の草原に転がった幾つも屍、そして壊れた輸送機と残骸。
それらが無ければ、心地よい風の吹く眺めの良いティータイムに最適な清々しい高原。
こんな所で……いや、どんな所でも、なぜ人々は争わなければ生きてゆけないのだろう。
ひと時の静寂を打ち破ったのはRPGの発射音。
「RPG!」
キムが叫んで知らせ、身を屈める。
続いて迫撃砲の音。
RPGも迫撃砲弾も初弾から当たってはこないが、いくら頑丈にできた輸送機とはいえ、所詮岩やタコツボほどの防御力はないので放ってはおけない。
ゴードンとキムに軽機関銃でRPGの発射点周辺を狙うように指示する。
持ち運びの容易なRPGの欠点はバックドラフト(発射煙)が大きいこと。
通常この様な兵器を使用する場合は、発射後速やかに移動する必要があるが、テロ兵士の多くは自分の戦果を確認するまでこれをしない。
だから、比較的簡単に掃討し易い。
そして迫撃砲。
訓練された正規軍なら迫撃砲は森の奥。相手から見えないところに隠し、着弾観測員からの情報をもとに仰角などを修正するが、一般的なテロ兵士はこれをしない。
迫撃砲を撃つ本人が着弾点を確認して修正するから、比較的こちらからでも迫撃砲を確認しやしやすい。
そして予め、迫撃砲の設置に適したところにはトラップを仕掛けておいたから、その仕掛けを解除するために双眼鏡を睨む。
1門見つけた。
中央付近のくぼ地。
そして、その奥にも2門。
迫撃砲の頭の部分しか見えないけれど、装填主が次弾を筒に入れる所。
その直ぐ後ろには、バナナのように木に吊るされた、俺の仕掛けたほうの迫撃砲弾。
床に自分の銃を置き、ハンスが俺のために送ってくれたM82に持ち替えた。
あの激しい衝撃の中でも、スコープに付けられたレンズのひび割れもなく、新品同様だった。
スコープを覗き、狙いを付けてトリッガーを引く。
戦車砲のような独特の発射音が、2丁の軽機関銃の音を掻き消す。
撃ち出された12.7mm弾がロープを切り裂き、吊るされていた砲弾が落ちる。
激しい土埃が上がり、遅れてドーンと言う爆発音が届く。
続いてその隣、そしてその隣も。
3門目の迫撃砲が陣地ごと爆破された時、キムが雄叫びを上げて身を乗り出し「ざまあ見やがれ!」と汚い言葉を履いた。
俺は直ぐ身を沈めるように言ったが、一瞬遅く、キムの体は後ろからロープで引かれるように激しく飛ばされた。
「パーン」という発射音が、後から追いかけて来た。
「スナイパー!」
ゴードンが大声を上げ、皆にそれを伝えた。
狙撃兵に撃たれたキムはヘルメットをかすっただけで助かった。
もっとも最新型のこのカーボンファイバー製のヘルメットなら、正面から当たったとしても貫通はしないが正面だと首への負担がだいぶ大きい。
かすったのは幸いだ。
500メートル先から一発でヘッドショットを決めてくるとなると、テロ側の兵士としては。そうとう手強い。
ゴードンと俺の2人で狙撃兵を探す。
フジワラは後部ハッチなので、敵が位置を変えた場合半身が見えてしまい危険なため、なるべく奥に入るように、他の物には顔を下げて相手から見えないように指示して、ゴンザレスには天井の窓から全体を監視するように命令した。
ゴードンは場所を変え千切れた機体の僅かな隙間から、そして俺は一旦外に出て機体の翼の上に登り、ミサイルの爆発で滅茶苦茶に壊されたエンジンの残骸に紛れ込み、そこから探した。
ヘルメットは上に出過ぎて発見されやすいので外す。
機首付近に敵の2発目が当たる音と、キムの驚く声が聞こえた。
挑発。
スコープを覗き狙撃兵を探す。
森の中には沢山の敵兵が隠れていた。
だが今は、ひとりひとり始末している余裕はない。
撃てば狙撃兵に見つかる。
木陰で休憩する者、弾薬を運ぶ者、慌ただしく駆け回る者、双眼鏡で監視する者。
その中に、意外な人物を発見して目が留まる。
ヤザだ。
たしか最後に会った時、ヤザは俺にこう言った。
“もう、ここはお終い”だと。
ヤザは双眼鏡を構え兵士たちに何か指示を与えていた。
まったく偉くなったものだ。
俺はスコープの照準をヤザの額に合わせる。
だけど、今は撃たない。
三発目の銃声が鳴り、ゴードンの罵声が聞こえた。
「Fuck!!」
「どうした?」
「発見された!」
「怪我は?」
「怪我はないが銃を遣られた」
「危なかったな、銃を替えて暫く待機しろ」
狙撃戦では興奮した方が負ける。
冷静な心と、深い注意力が必要。
その、どちらかが欠けても殺られる。
双眼鏡を覗いていたヤザが、それを外し誰かに話し掛けた。
だけどヤザの向いた方には誰も居ない。
“おかしい”
俺はヤザの向いた方を注意深く探る。
草むらと木に覆われた中、木の枝の先に微かに銃口らしきものが見えた。
それが狙撃兵の銃なのか、ただ単に置かれた物なのかは判断がつかない。
俺はゴンザレスに前部ハッチの前を駆け足で通り抜けるように指示した。
身を屈めて、なるべく早くと。
ゴンザレスが窓の下から床に降りる音が聞こえた。
そして走り出す音も。
スコープの中の銃が素早く動き、機体に鋭い金属音が響く。
普通の輸送機なら走り抜けたゴンザレスは、やられていただろう。
だが、これはC237。
側面の壁は防弾仕様だ。
敵は罠にかり、そして罠にかかった事にも気付く。
銃口が激しく左右に揺れ、そして上を向く。
“見えた!”
木の陰で見えなかった、その姿を捉えた。
若い、堀の深い男。
銃声が鳴り、どこかで鳥が鳴き声も上げずに羽ばたいて雲一つない空に昇る。
地面に置かれた銃に若い葉が落ちて、その葉の上を虫が歩いていた。