【23:02, C237 Unit 3 down(23時2分C237三号機墜落)】
床を木が撫でる音が墜落の近さと、操縦士たちの必死の努力で水平飛行を保っている事を伝える。
もしかしたら、上手く胴体着陸が出来るかも知れない。
この最新鋭の輸送機はかなりの衝撃に耐えられる設計だと聞いている。
床下の音が、騒々しさを増す。
「さあっ、そろそろ来るぞ!頭を抱えて!」
俺の左側にいた兵士が大声を上げた。
「頭を抱える?」
「そう。飛行機が墜落するときの、お決まりのポーズさ。なにせ人間の首は頭を支えるには細すぎる。特に君の場合はなおさらだ」
そう言うと、男は頭を抱えるポーズをとってみせて悪戯っぽく笑った。
俺は、その男のマネをして両手で頭を抱えた。
直にバリバリと木を切り倒すような激しい音が伝わり、そのあとにドーンという衝撃と共に、首が激しく持って行かれそうになる。
機内には衝撃音に負けないくらいの悲鳴が轟く。
シェリダンⅡを固定していたワイヤーが過重に耐え切れず千切れ、ムチのように襲ってきた。
ワイヤーは、俺のヘルメットを霞めると、右横の男の顔を横に引き裂き、その横の男の首を飛ばし、そのまま何人もの体を引き裂きながら、まるで触手のように伸びて行った。
そして、ワイヤーの拘束を解かれたシェリダンⅡは、胴体着陸のGに逆らうことなく前の操縦席に向かって飛んで行く。
恐らく固定されていたシェリダンⅡの正面の席に座っていた兵士や、被弾した輸送機を必死に操り胴体着陸を試みたクルーたちは全滅だろう。
戦車が居なくなって、視界の開けた反対側が見えた。
機体の反対側に居た兵士たちも、こちらと同じように千切れたワイヤーにより引き裂かれていた。
Gが緩み、やがて機体の動きは止まった。
どうやら機は胴体着陸に成功したらしい。
激しかった振動もようやく収まり、安全ベルトを外す。
立ち上がる前に、左側の男を見ると、居なくて空のシートだけがあった。
好い奴だと思っていたが、着地の衝撃で体ごと持って行かれたのだろうか……。
腰を上げようと力を入れたとき、体が痛くて前のめりになったまま暫く動けずにいた。
やがて俯いた顔の前に、グローブをはめた手が差し出され、見上げると左側に座って居た男が笑うような優しい顔で俺を見つめたまま立っていた。
「大丈夫?」
差し出された手を掴み立ち上がると、兵士としては小柄で俺よりも背が低いことに驚いた。
月の光が差しこむ薄明りの中、あちこちで呻き声が聞こえる。
「僕はフジワラ。階級は伍長だから、軍曹の君の方が上官だね。あいにく僕の分隊長は死んだみたいだから、今から僕は君の分隊に入らせてもらうよ。いいかな?」
「俺には、部下はいない。分隊は持っていないんだ」
「ああ、特殊任務の人だね」
「さあ……」
特殊任務と言われても、俺はその任務自体を知らされていなかった。
ただこの機に乗れと命令された事と、前線基地に着いた時に開ける封筒だけを持っている。
「とりあえず、生存者を確認しよう」
フジワラが、非常灯のスイッチを操作して機内がオレンジ色に染まる。
「ラッキー。バッテリーは生きているみたいだ」
フジワラと一緒に先ず状況確認をするために、機内を歩く。
オレンジ色の非常灯が、血の色を消してはいるが、目も当てられないほどの惨状がそこにあった。
千切れたワイヤーに切り裂かれ、体の一部分を失ったまま椅子に固定され残された体。
疲れ果てたように項垂れる兵士を揺り起こそうとすると、力なく垂れ下がった首が揺れる。
首が痛い。
もしもあの時、このフジワラ伍長にアドバイスされていなかったら、俺もこの兵士のように首が折れて死んでいたのだろう。
一番酷かったのは、真ん中の列に居た兵士達だろう。
彼等は、ワイヤーが切れて突っ込んできたシェリダンⅡにより、木っ端微塵にひき殺されていて、内臓と骨が分離して、人間であった原型を留めていない。
シェリダンⅡはコックピットすら破壊して、その先の原っぱの向こうに砲塔が無い状態で止まっていた。
そして、その周りにも何人も機内から放り出された死体が転がっている。
「軍曹!」
フジワラ伍長の声に振り向くと、彼の他に五人の無傷の兵士が居た。
意外に未だ生存者が居るかも知れない。
俺たちは、機内から放り出されている兵士達、ひとりひとりを確認して回った。