【Premonition of sad love③(哀しい愛の予感)】
「やはり私は彼女……いや、彼を抜擢したいと思っている。今までの実績、そして今日のマラソン大会でブラームの異変に気付き、彼をかばって見事にゴールさせた実績。しかもチームのまとめ方など全て適任だと思うが、どうだろう?」
「しかし、それは……」
将軍のオフィスに呼ばれたハンスが、将軍の提案に難色を示していた。
俺たちが次に与えられた任務は、アフガニスタン東部の山岳地帯での“ザリバン掃討作戦”
この作戦はアメリカ軍主導で行われイギリス軍とカナダ軍も参加し、俺たちの外人部隊からは、LéMATの他に、普通科教育隊と普通科部隊からも合わせて50名が参加することになっている
各部隊は3機の最新鋭輸送機C237に、それぞれ6両の戦車と歩兵、工兵からなる300名程度の部隊を降下させザリバンの拠点近くに前線基地を構築し、その動きを封じ込める作戦。
そして特殊部隊、米軍のSEALs、デルタコマンド、イギリス軍のSAS(特殊空挺部隊)、カナダ軍のJTF-2(統合タスクフォース2)とLéMATは即応部隊として輸送機には乗らずに基地で待機する。
DGSE(対外治安総局=フランスの諜報機関)からの情報では、敵は東側から地対空ミサイルを仕入れたとの情報もあり、輸送機による空輸作戦は困難を極めるのではとの予想もある。
将軍は、その輸送機に乗る30名の中に、特殊任務指揮官としてナトーを送り込もうと言うものだった。
「……やはり危険過ぎます」
「KSK(ドイツ連邦陸軍特殊部隊)を辞めてまで、この危険な任務を請け負う外人部隊に入隊した君から“危険過ぎる”と言う言葉が出るとは思わなかったよ。そんなにあの部下が可愛いのか?」
将軍の言った“可愛いのか?”の問いに、心を見透かされているようで一瞬戸惑ったが、ここで引き下がるわけにはいかない。
ザリバン掃討作戦と名目を撃ちながらも、そのザリバンが逆に待ち受けているかも知れない敵の真っただ中に巨大輸送機を持って前線基地を構築しようと言うのが今回の作戦で、先に述べたように既に敵は本格的な歩兵携帯用の地対空ミサイルを仕入れていると言う情報も入っている。
「いえ。ただ彼は下士官です。士官が着くべき任務に何故ナトー軍曹が抜擢されなければいけないのかと――」
「それは、私の責任だ。すまない」
将軍は、そう言って謝ったが、元々の原因はテシューブが作った。
素性の分からなない女性隊員など、受け入れたく無かった彼が、士官用の将校上級課程試験の問題を持ち出したのが事のはじまり。
将軍はナトーの入隊試験の結果を見て士官候補生として迎え入れたい意向を持っていたが、テシューブをはじめとする事務方やフランス陸軍本部までが素性の分からないナトーの士官就任に激しく難色を示した為、現在の軍曹と言う階級に留まっている。
「しかし、1等軍曹の立てた作戦に対して決断できないような少尉や、危機管理能力もなく敵の捕虜になってしまう中尉に、敵の罠とも気が付かずに部隊から離れた場所で足止めを喰らう少佐を信用して使えると思うかね? 私はそのために君を大尉に昇進させた。君が危惧するように、敵の罠である可能性は拭えない。だが既にもう賽は投げられた。決まったからには、最適な人物を派遣したい」
「それなら私が行きます」
「それは出来ない。知っての通り私は以前中東の死神と恐れられていた敵の狙撃兵グリムリーパーを殺すために君のお兄さんであるローランドを私は死なせている。そして通信兵として参加した君にも怪我を負わせてしまった。私の命令でシュナイザー家の2人の男子を死なすわけにはいかんのだ。分かってくれ。それに君には部隊再編成という新たな任務があるはずだから、当分はパリで、その任務に就いてもらわなければならない。それに……」
「それに?」
「これは私の勝手な推測だが、もしもグリムリーパーが未だ生きていたとしたなら、必ず今回の作戦でその正体を現すのではないかと思っている」
「では……」
「そう。グリムリーパーと対峙した時に、奴を倒す事が出来るとすれば、それはナトー軍曹しかいない」
確かにナトーは、隊内での射撃成績は俺をも超えてダントツのトップ。
しかも元金メダリストのベルをも下してしまう実力と、どんな時も息を乱さない圧倒的な精神力を持ち合わせている。
もしもグリムリーパーが隠れる場所の少ない高原で待ち伏せしていたとしたら、奴の弾丸が切れるまで隊員は撃ち殺されてしまうだろう。
それを止められるとすれば、それはナトー以外にはいない。
悔しいが今の俺の腕では、確実に一発で仕留める事は出来ないだろう。
そして、奴に至近弾を喰らわせた俺の命はグリムリーパーによって確実に刈られる。
兄たちのような犠牲者を出さないためにわざわざ外人部隊に入ったと言うのに、俺は未だグリムリーパーに勝てるほど腕を上げてはいなかった事が悔しかった。
「将軍。ナトーを出すにあたって条件があります」
「なんだね」
たかが大尉になったばかりの俺が、将軍に条件を付きつけると言うのは甚だおこがましい。
しかし、ナトーの能力を最大限に引き出すためには、この条件を付ける以外はないと確信して、条件を提示した。
「――な、なんと……」
条件を聞いた将軍は驚いてしばらく言葉を失っていた。
「しかし、まさにハンス大尉の言う通りだと思う」
そう言って俺の提示した条件を、前向きに考えてくれることになった。




