【The end of vacation②(休暇の終わり)】
エールフランスの1stクラスに、ゆったりと座る。
本来のチケットはエコノミーだったのが、搭乗手続きの時にファーストクラスに替えられた。
これもチェルノワ大統領の指示なのだろう。
断る理由も無いので、ありがたく座った。
やがてドアが閉じられ、ボーディング・ブリッジから離れて飛行機が動き出す。
窓から空港を眺めると、送迎デッキで一所懸命大きく両手を振るユリアが見えた。
俺も大きく手を振り返したいが、窓が小さ過ぎて、そんなことをしても見えやしない。
もっとも距離が離れているので、俺を確認できているのかさえ分からない。
でも気持ちにはキチンと答えたかったので、見えるように敬礼をすると、ユリアは直ぐに気が付いて敬礼を返してくれた。
滑走路に向かい、ユリアの姿も見えなくなる。
そして離陸。
お互いの距離がドンドン離れて行くが、俺はもう確認すらできないほど小さくなってしまった送迎デッキに向い、もう一度敬礼をした。
飛行機が地上を離れると、直ぐに小さくなったドニエプル川が見え、3日間過ごしたキエフの街もあっと言う間に飛び越してしまった。
北に見える緑の森のはるか向こうにはベラルーシのミヤンの家、そして南の黒海に面したオデッサにはユリアの家がある。
親ロシアの国と、親欧州の国。
政治的体制の違いがあっても、人の平和に暮らしたいと言う願いは同じだ。
3時間半のフライトを終えキエフから約2000㎞離れたパリのシャルル・ド・ゴール国際空港に着いた。
今頃、ユリアはどうしているのだろう。
俺と同じように、この青い空を見ているのだろうか?
1階に荷物を取りに行く。
旅に出る時は中がスカスカで軽かったのに、今はベラルーシとウクライナの思い出が満タンに詰まっていて重い。
エマには昨日連絡しておいたので、屹度迎えに来てくれているはず。
この服見たら、驚くのかな?
季節が夏じゃなかったら、ロシア帽にサングラスなんかで変装したら気付かないだろうな。なんて想像すると妙に可笑しくなってくる。
ロビーに出ると、直ぐにエマが駆けて来てくれた。
「お帰りーナトちゃん」
「直ぐ分かった?」
「そりゃあ、職業柄そういうのはね」
ニコニコと得意そうな笑み。
「それにしても、良い服だねぇ。アンタにしてみれば民間人に毛が生えた程度のテロリストの4人組なんて、テレビをリモコンで消すくらい簡単な事なのに奮発したわねー」
「そんな……」
確かに、民間人程度の人間と闘うのは容易かったけれど、爆弾は違う。
セットは出来ても、てきとうな知識では解除は出来ないから、結局犯人が解除したのを参考にして他の2つを解除した。
あの時もしも爆弾をセットした犯人に死ぬ気が有ったなら、爆発を止めることは出来なかっただろう。
これから先、こういったケースは増えて来るだろうから、もっと勉強をしなくては……。
「なに真面目に考えているのよ。冗談よ、冗談」
「それにしても、なんで俺がテロを防いだこと知っている?」
「そりゃあ国の情報局だからね。いくら情報制限を掛けても伝わるわよ」
「情報制限って?」
あの事件が、どのように扱われたのか俺は知らない。
情報制限っていったい何なのだろう?
「折角の英雄的行為だけど、ナトちゃんの顔写真はニュースに出ないばかりか、その名前も出ていないの。ごめんなさいね」
「いいけど、どういうこと?」
「リビアやパリでの作戦は一応軍事作戦的なものだったので個人の名前とかは出ないけれど、普通あのくらいの活躍だと英雄に仕立て上げられてもおかしくないのよ。だけどそうならなかったのは貴女を優秀なエージェントに育てるためかもね」
「俺は兵士だぞ。なんでエージェントになんか……」
「まあ、半分は私の想像なんだけど。とりあえずナトちゃんの顔写真や映像は非公開って事に国で決めているみたいよ」
「国で?!」
「そう。だから、どんなに美人でスタイルが良くても、ナトちゃんはモデルや歌手にはなれない……あー歌手はもともと無理、だったわね」
「酷いぞ!」
そう。
俺は酷い音痴なのだ。
エマの車に乗り少し早い夕食を食べた。
入ったのはステーキのお店。
「どう?ステーキの味。飢えていたでしょ?」
「なんで?」
「だってベラルーシとウクライナじゃあ、ボルシチばかり食べたんじゃないの?」
確かにミヤンの家でもウクライナでもボルシチは食べた。
でも“ボルシチばかり”と言う事でもないし、特にミヤンのお母さんの作ったボルシチは美味しかった。
食事の後、エマのマンションに行った。
「休暇は7日取っているんだよね。そして今日は6日目。泊っていってくれるでしょ?」
特に断る理由も無かったので「うん」と答えると、エマが大喜びしてくれ、その笑顔が嬉しかった。
マンションの部屋に入るとエマが「直ぐシャワーにするでしょ」と言ってきた。
「うん」と答えるのに少し間が開いてしまったのは、ユリアの事が頭に浮かんだから。
「じゃあ、お先にどうぞ」
いつもなら一緒に入ろうと言うはずなのに、今日は違った。
少し遅れて入って来るのかと思ったが結局エマは入ってこなくて、俺と入れ替わりにシャワーを浴びた。
“何だか様子がおかしい……”
いつもなら空港であろうが車内であろうが、久し振りに会う時は真っ先にキスしてくれるのに、どうしたのだろう。
エマがシャワーを浴びている間、ベランダに出て東の空を見ていた。
今頃ユリアはどうしているのだろう?
もう部隊の宿舎に着いて、のんびりしているのだろうか……。
ウクライナに滞在したのは3日間だったけれど、ユリアと過ごした時間は飛行機の時間もあってたったの48時間。
それでも、濃い内容の時間を過ごす事が出来た。
「東の空が綺麗ね」
「ああ」
ユリアの事を考えている間に、いつの間にかエマが出て来ていいた。
「戻りたい?」
「なんで?」
「なんでもない」
やはり何となく、いつものエマと違う。