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グリムリーパー  作者: 湖灯
*****Hell Battlefield(地獄の戦場)*****
166/273

【House with Chimeras③(怪物屋敷)】

 通路に出ると内装も怪物屋敷の呼び名に相応しく、変な魚の顔やブラックバックやヘラジカなどの角を持つ草食動物の頭蓋骨の彫刻に、階段の壁にはアイベックスのオス同士が戦う絵。それに天使の彫刻。

 いったいこれを作った人は何を考えていたのだろう。

 レーシ中佐がドアをノックすると、中から「どうぞ」と女性の声がした。

 そう。

 ここウクライナの大統領は世界的に美人で有名なナタリア・チェルノワ。

 ニュースでは知っているが、年齢が40代という以外、一体どんな人なのかまでは知らない。

 呼んでくれたうえに、衣装も揃えてくれたからには凄く優しい人か、逆に凄く厳しい人のどちらかに違いない。

「大統領閣下、ユリア・マリーチカ中尉と、フランス外人部隊ナトー・E・ブラッドショー1等軍曹をお連れ致しました」

「そう。ご苦労様」

 そう言って振り向いた女性を見ると、可愛い笑顔が印象的な美人が居た。

 ユリアもそうだけど、ウクライナの女性って可愛いタイプの美人が多いような気がする。

「ようこそユリア中尉、ようこそブラッドショー軍曹。今日の活躍は聞いています。我が国民を、そして我が国を訪れる人たちをテロの脅威から救ってくれてありがとう」

「大統領閣下、それについてですが私は何もお役に手ていません。不覚にも私は――」

 申告するユリアの言葉をチェルノワ大統領が止めた。

「いいえ、貴女が塀の向こうから聞こえる子供たちが怒られている声を聞いて駆け付けたからこそ、子供たちの猫を探すために地下に飛び込んだ貴女の正義を愛する心が有ったからこそ、ブラッドショーさんも後を追ってくれたのです」

 たしかにその通りだ。

 あの時子供が怒られている声を俺も聞いたが、それについて“嫌な怒り方をする”程度にしか思っていなかったし、ユリアが地下に飛び込んでいたから俺も慌てて後を追った。

 俺をあの場所に導いたのは間違いなくユリアだ。

「そして、ブラッドショーさん。完璧な爆弾処理をしてくれて本当にありがとう。先程フランスの大統領にも、私から感謝の言葉を伝えさせて頂きました」

 何故かそこまで言うと、チェルノワ大統領はフフフと笑った。

「貴女、ラストネームは殆ど使っていらっしゃらないのね」

「はあ」

 確かに自分でもラストネームを言うことは無いし、人からラストネームで呼ばれる事も無い。

 もっとも、この”ブラッドショー”と言うラストネーム自体、俺が外人部隊に入るために思い付きで考えただけの名前だから、俺自身どうでもいいという感じなのだ。

「フランスの大統領に話しても、最初ピントこなかった様でしたわ。たしかに自国の軍人と言っても下士官の名前まで知っている大統領なんて居ないから私も何も思わなかったの。だけどフルネームをお伝えしたところ、直ぐに大統領は貴女の事に気が付いてパリのテロ活動を阻止した功績を話してくれたわ」

「凄い、ナトちゃんって対テロ要員としても活動するのね」

「あー……それは、まあ……」

「ユリア中尉、これは内緒だけど、ナトーさんはリビアでもザリバンの侵略を阻止している英雄なの。ただエージェントとしての活動も期待されているので、パリもリビアの事も公にはされていないの。だから分かるわね」

「機密事項ですね」

「はい」

 話をしているうちに、お料理のいい香りがしてきた。

「今日は国賓としてナトーさんを、そして国の誇りとしてユリアさんをお招きしました。ささやかですが楽しんで行ってください。それと、勝手に服を取り換えさせた御無礼をお許しください」

「いえ、それは……」

 周りを見れば分かる。

 大統領もユリアも、その他の人たちも皆礼装。

 もちろん大統領自体が、私服で応対してくれれば俺たちの服装は何の問題もない。

 しかしユリアが居る。

 ユリアは軍人。

 軍人は国のために働く。

 そして、この国の長は、チェルノワ大統領。

 軍人は大統領の前で私服で居る事は許されない。

 ユリアが礼服で居る以上、大統領自身も私服では居られないし、そうなれば他の者たちも礼服に揃える。

 その中で俺だけが、シャツをワンピース代わりにした服装をしていたのでは、恥ずかしい思いをしてしまうから気を遣ってくれたのだろう。

 

 食事を楽しんでいた時に、チェルノワ大統領に聞かれた。

 ベラルーシを訪問したこと。

「ウクライナに来る前に、ベラルーシに寄ったと伺いましたが、それは?」

「戦死した隊員の家族に会いに行きました」

「そう。亡くなられたベラルーシの隊員も、乱戦の中で?」

「いや……」

「ねえ、差し障りがなかったら教えてもらえないかしら、貴女の亡くなった部下の経緯」

「敵の前線に偵察に行き敵を捕まえて入手した情報でナイジェリア兵が拘束されているはずの小屋に入り、彼等を解放するはずだったのですが、4軒の小屋に拘束されているはずだったのにその1軒だけには敵がいました」

「それは敵が潜んでいて、戦闘になったと言う事ね」

「いいえ、戦闘と言う規模ではありません、彼はただ撃たれたのです」

「ただ撃たれた?」

「はい。彼は敵を前にして一瞬撃つのを躊躇のです」

「どうして?」

「その小屋に閉じ込められていたのが、子供兵たちだったからです」

「子供?」

 チェルノワ大統領は持っていたフォークを置いた。

「子供兵です。でもそれはコンゴだけじゃありません。アフリカをはじめ中東など貧しい国では良くあることです。いくら訓練された特殊部隊の兵士だと言っても、一瞬躊躇ってしまうのは人間として当然です。ですが、躊躇している間に銃を持った子供に撃たれました」

「そう……」

「武器があれば、子供だって使えます。それはアメリカでの子供による銃犯罪と同じです。だから決して、戦争など……」

「そうね。私も一国の大統領として、肝に銘じておかなければなりませんね」

 国土の一部であったはずのクリミア半島がロシアの介入により独立してしまった事や、経済的にEU(欧州連合)と軍事的にNATO(北大西洋条約機構)の加入を目指しているウクライナにとって、東部には旧ソビエト時代に入って来たロシア人が多く住み新ロシア派が断固反対の立場をとっている事など、この国も統治が難しい国と言える。

 俺が今この場に居ることも、その一つである新ロシア派のテロ工作を解決したことによるもので、暴力は許せないとは言え一介の外国人の立場を越えてしまった行為は東部に住む新ロシア派からは疎まれる行為だったのかも知れない。

 かつてイラクのフセインが行ったような厳しい弾圧による支配はいけないとは思うが、その後のイラク情勢を考えると、本当にそれがいけなかったのかさえ疑問に思う事もある。

 国を治めること、住民の安全を守る事の難しさを、今夜チェルノワ大統領と会い改めて思い知らされた気がした。

挿絵(By みてみん)

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