【House with Chimeras②(怪物屋敷)】
通りを少し走ると、道の脇に黒塗りのベンツが止まっていて、そこには見た事のある男性が車から出てこっちを向いて手を振っていた。
傍まで行くとユリアが「お待たせしました」と敬礼した。
男の正体はレーシ中佐。
さっき現場の公園で会った時は迷彩服を着ていたのに、今は勲章をジャラジャラ付けた正装に着替えている。
「さあ、行くぞ!」
「どこへ?」
「怪物屋敷の妖怪が、君たちと食事をしたいとお待ちかねだ」
俺たちが乗ると、車は直ぐに出た。
怪物屋敷と言うのは大統領の公邸。
そこに住む妖怪と食事をすると言う事は、もしかして大統領との会食?
でも俺たちの今の格好は、お世辞にも大統領と会うのに相応しい服装とは言えない。
困っている間に直ぐに怪物屋敷に着いてしまった。
「あのっ」
前を行くレーシ中佐に声を掛け、ホテルにスーツがある事を伝えるが何故かスルーされた。
“本当に、この格好で良いのか?”
怪物屋敷……いや、公邸に着くとユリアは別の部屋に連れて行かれ、俺が放り込まれた部屋には歳をとった妖怪の手下……いや、執事らしいお年寄りが居た。
手に細いロープを持ったその男が、近づいて来るなり服を脱げと言う。
“何者!?”
ひょっとして俺たちは罠にはめられたのか?
ロープを持った男は、隙のない目で俺の体全体を睨みながら、キックの射程距離の内側に入って来た。
手にしている紐の握り方も、一分の隙も無い。
相手の技が何なのか分からない状態で、しかもこの間合いも既に相手の間合い。
この状況で、攻撃を仕掛けるのは無謀。
年寄りだと思って、油断し過ぎた。
紐を持つ手が、スーッと首に延びる。
“いきなり急所からか!”
と、その時ドアが開いた。
“ユリア!”
しかし入って来たのはユリアではなく、中年の女性。
「オズワルト、私が計るから、サイズを記入して頂戴」
「ああマーサ、遅かったな、じゃあそうしておくれ。ワシもこの様に背の高い女性では50肩に堪えるのでな」
オズワルトと呼ばれた老人は、マーサからノートを受け取ると席に着いた。
そしてマーサが紐を持って手際よく俺の服を脱がすと、首周りや肩、腕回りなどを図り始める。
「あなたモデルさんみたいに背が高いのね。左右の目の色が違うのも魅力的よ」
「これは、いったい、なんなんだ?」
「あら、まさか貴女、あの格好で大統領に会うつもりだったのかしら?」
「そんな事はない。ホテルに帰ったらスーツくらい持っていた」
「あらそう。どこのブランド?」
「……ノーブランドだ」
「でしょうね。言っちゃあ悪いけれど、軍人の下士官クラスで大統領に会えるような私服を持っている人なんていないわ」
「じゃあ、あなたたちは」
「服職人つまりTailor(仕立て屋)よ。彼はこの国一番のパタンナー。目つきは悪いかもしれないけれど、私が計る貴女のサイズを正確に立体裁断される型紙に仕上げるのが彼の仕事。勿論サイズだけでは分からない、この豊かなバストの形状さえもオズワルトは見逃さないわ」
言われてオズワルトの方を見ると、下着だけになった俺の体を食い入るように睨みながらマーサの言うサイズをメモしていた。
その食い入るように睨む眼差しは、まるで獲物を見つめる狼の様な気迫さえ感じられる。。
全てのサイズが計り終わるとオズワルトとマーサの2人は部屋を出て行った。
しばらく下着のままボーっとしていると、ドアがノックされたので慌てて服を着た。
次に入って来たのは靴屋。
とは言っても、こっちはオーダーメードではない。
たくさん用意した中から、好みとサイズに合った靴を選ぶと、より足になじむように成型しなおしてくれた。
靴屋の用事が済むと、次に入って来たのはメイクアップアーティストで、それが終わるとヘアースタイリスト。
あまり動かないように言われ、緊張していると再びオズワルトとマーサが入って来た。
今度は手に出来上がった服とブラウスを持っている。
「もう出来たの?」
「早いでしょ、別室にプロの縫製職人が控えているから、こんなものよ」
「さあ、早く着なさい」
オズワルトは優しい目を向けて、背中を向けた。
出来上がったのは濃紺の3ピースドレススーツ。
圧倒的に生地が上等だと言う事は、そのきめ細やかさと艶で分かる。
服を着替え終わると、また誰かが部屋ノックした。
“今度は何?”
少しドキドキしていたら、入って来たのはユリア。
正直、慣れない事の連続だったので心細くて思わず抱きついてしまい、ユリアを脅かしてしまった。
「わー! ナトちゃん綺麗!」
「そう言うユリアも!」
ユリアは軍服姿だったけれど、シャキッとした礼装用の軍服に勲章が綺麗だった。
「さあ、大統領がお待ちかねだよ」
後から入って来たレーシ中佐が、通路に出ることを促した。




