【Play Yulia and Kiev trip①(ユリアと遊ぶキエフの旅)】
駅のロッカーにスーツケースを預け駅舎を出ると、いつの間にかユリアはシャツをリュックに仕舞ってタンクトップ姿になっていた。
駅舎を出るとユリアが「狭い寝台の長旅で運動不足でしょう」とニッコリ微笑むと、返事を返す間もなく「大通りを曲がった先にある公園の入り口まで競争よ!」とそのまま駅前のターミナルを走り出した。
呆気に取られてしばらく見ていたが、まるで振り向く様子が無い。
本当に走らないと、どんどん距離が開き、今度はまた何をおごらされるか分かったものじゃない。既に彼女は、これから行くカフェと、今夜のディナーをゲットしている。
公園の入り口までどのくらいの距離か分からないが、ここから真直ぐに伸びている大通りまでの道をみると1Km近くはありそうだし、しかもその道はずっと登っている。
油断しているうちにユリアは、もうターミナルの向こうを目指して走り出していた。
国は違うとはいえ、同じ陸軍。
しかも歩兵の俺がヘリのパイロットに負けたとあっては、世界屈指と言われるフランス外人部隊の沽券に関わる。
“身も軽くなったところで、一丁走るか!”
一昨日から飛行機に列車、それに車に寝台列車と狭い所ばかりに入って、ちっとも走っていない。
走るのはユリアの言う通り、運動不足の解消になる。
丁度寝台列車に乗るときに服を着替えたときに、靴もランニングシューズに履き替えているから、ここは思いっきり走れる。
歩道は空いていて走り良いが、問題は信号。
ひとつ目の信号はギリギリセーフだったけど、ユリアにもう直ぐ追いつきそうになった時に2つ目の信号に引っかかってしまった。
折角あと十数メートルまで迫っていた距離が、信号が変わるまでの間にどんどん開いて行く。
道は直線で、大通りまでは、あと400メートル程。
その先、公園の入り口までどのくらいの距離があるのか俺は知らない。
普通なら、どう転んでも届くはずもないが、駅を出てからずっとそこそこの勾配のある上り坂。
ここまで600メートル以上ずっと走り続けているユリアに対して、距離は離されているが俺は信号待ちで体を休めている。
信号が変わり、左右の確認をして猛ダッシュした。
待っている間に足を揉み解していた俺がユリアに追いつくためには、ここから短距離走のペースで行ける所まで行くしかない。
大通りまで駆け上がる。
まだその差は150ほどある。
ユリアが道から消えて行く。
“地下道か……”
大股でグングン走っていたペースを落とし、スライド走法から階段に備え歩幅の小さいピッチ走法に変えた。
ここで階段はかなりきつい。
しかし、ユリアは俺よりもっときついはず。
小走りに地下通路の階段を降り、上るときも焦らずに階段を一段ずつ確実に上った。
階段を出てからも依然登り坂が続く。
前を走るユリアとの差はこの階段の上り下りで急激に縮まって、もう50メートルを切るくらい。
長い上り坂で足に来ているのは勿論だが、おそらくさっきの階段を二段飛ばしで上がったために急激に乳酸が溜まり、太ももが上がらなくなったのだろう。
直線の向こうに少し人の多い場所を見つけた。
あれがゴールだとしたら、あと300メートル程か?
兎に角ペースが緩まないように手を振り続けるしかない。
実を言うと俺も前半のハイペースが災いして、脚に来ている。
だけど、脚が駄目な時は手で走る。
手を大きく振り続ける事で、脚は自然に前に出るのだ。
結局ゴールの公園入口に着く50メートル手前でユリアを抜いて、そのまま公園になだれ込み、開いていたベンチに体をあずけた。
遅れてユリアもベンチに腰掛けた。
2人で、はあはあ息を切らせながら、ベンチから足を投げ出して大の字に浅く座る。
「芝生があれば良いのに」
「ああ、横になりたいな」
お互いに、それだけ言葉を出すのが精一杯。
そのあとはしばらく、ベンチに座り、はあはあ息をしているだけたった。
吹く風が、体から噴き出してくる汗を、まるで柔らかな綿で拭うようにさらって行ってくれて気持ちいい。
「ウクライナでは、いつもこうして走るのか?」
「う~ん、その日のお天気次第かな」
「では、今日は走る日だった訳だ」
「そうかも」
駅で見た瞬間、走りそうな雰囲気はした。
おそらく、最初から走るつもりだったに違いない。
「さすがに早いわね」
「歩兵だからな、でもユリアのように空は飛べない。俺たち歩兵は空に上がったらパラシュートかロープを使って落ちるだけだ」
「フフ、面白い事言うのね」
「そうか……」