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グリムリーパー  作者: 湖灯
*****Hell Battlefield(地獄の戦場)*****
155/273

【From Belarus to Ukraine① (Minsk to Kyiv International Sleeper Train)ベラルーシからウクライナへ】

 次の日の朝出発前に、ミヤンが子供の頃によく遊んだと言う川辺などを歩いた。

 観光地でもない、どこにでもある川辺。

 でもここはミヤンがかつて散歩をし、釣りをしただろうという、特別な川辺。

 河原には空き缶やゴミもなく、澄んだ冷たい水は青い空と緑の森を少しだけ暗くして映し、それはまるでこの地方ではよく見かけるありふれた景色をより印象的に見せるためにミヤンが光や色の濃さをカメラで上手く調整して俺にみせているように思えた。

“ミヤン。君の生まれたレオンポリは、君の言う通り素晴らしかった。お父さんもお母さんも。ここに俺を連れ来てくれてありがとう。そして、また会おう”

 来た時と同じようにミヤンのお父さんの車でヴェルフネドヴィンスク駅まで送ってもらった。

 家を出る時に、お母さんから沢山のピロシキをいただいた。

 ミヤンのご両親から、またいつでも来てくださいと言われ、お母さんはまたハグして泣いてくれた。

 駅でお父さんと別れ列車に乗った。

 列車が動き始めて最後にもう一度、この景色を記憶にとどめておこうと車窓から外を眺めると、駅舎の横で手を振ってくれているお父さんがいた。

 俺が外を覗くことや、どの車両のどちら側の席に座るのかも分からないのに、俺が気付く前から手を振っていた。

 こういう行為はイケナイ事と知りながら、俺は窓を開け、身を乗り出して俺も手を振った。

「Спасибо!Я приду к Давиду снова.Спасибо!(ありがとう!またダヴィドに会いに来ます)」

 無意識に、ロシア語で叫んでいた。

 お父さんも、それに応えて「О, я сделаю дом моего сына, так что вернись(ああ、息子の家を作るから、また見に来てくれ)」

 お父さんは電車が丘を越えて消えるまで、いつまでもいつまでも手を振って見送ってくれた。

 来た時と同じようにベラルーシの首都ミンスクに着いた時には、もう夕方近くになっていた。

 今回、長い休暇を取った目的はミヤンのご両親のお見舞いがメインだけど、目的はもう一つあり、それはコンゴで世話になったウクライナ軍のユリア・マリーチカ中尉に会うこと。

 ミヤンのベラルーシの、すぐ南に位置するのがユリアの国、ウクライナ。

 ウクライナ軍が偵察に協力してくれたことは本当に有難いが、その時の隊長がユリアでなかったら本部に発砲許可まで取って橋を壊し反政府軍部隊を足止めにすることも、ニョーラの司令部付近まで我々を送ってくれる事も無かっただろう。

 この二つが無かったら、俺たちもナイジェリア兵と同じように逃げながらジャングルを彷徨う様になっただろうし、俺自身も今この世には居ないかも知れない。

 ユリアにもらったメモを取り出す。

 黄色いシミの付いたクシャクシャになったメモ。

 何か違う紙に書きかえれば良かったのだが、ユリアの書いた数字が可愛らしくて取っておいた。

 勿論このクシャクシャはブラームがポケットにメモがある事を知らずに洗ったもので、黄色いシミに関しては思い出したくもない。

 予め、ユリアに行くと伝えてあるが、それは俺の休暇予定と、1日目にパリを発ってベラルーシに行くと言う事だけ。

 電話を掛けると、直ぐにユリアの明るい声が聞こえてきた。

「ねえねえ、ナトちゃん、今どこ? あっ待って、言わないでね当てるから――ミンスクでしょう」

「ああ」

「キャー!当たった。これで、こっちに来たらナトちゃんは私に美味しいパンケーキをおごる事が決定しましたぁ~パチパチパチ♪」

「なんで?」

「だって、クイズに勝ったもん♪ところでいつ来るの??これから??ミンスクなんてKGBがうようよ居るから直ぐ来ちゃいなさいよ」

「これからと言っても、もう直通の列車も無いだろうし、ホテルに泊まって明日の朝出たとしても着くのは夜になると思うよ」

「あらっ、大丈夫だよ。今日の夜行に乗れば明日の朝には、こっちに着くよ」

「夜行バス?」

「何言ってるのよ。夜行、寝台特急よ。ちょっと待って――えっと、ミンスクを22時40分に発車する列車、丁度2等の席が空いているわ。直ぐに駅に戻って切符を買いなさい。寝台だからホテル代が浮くよ。その分は私にディナーを御馳走する約束ね!」

「えっ!」

「情報提供料よ、ナトちゃんはフランスでお給料もらっているんでしょ。だったらウクライナのディナーなんてシャンゼリゼ通りでクレープを買うようなもんよ!えーっと22時40分のだと……キエフには8時59分に着くのね。わー早起きしなくっちゃ! えーっと、あとお土産にわら人形は良いからね。幸せをもたらすって言われているけれど、戦死者のお見舞いに行ったナトちゃんが買って来たら“永遠の幸せ”みたいになっちゃうでしょ!?あっそうだ、ナトちゃんお酒は飲めるの?私久し振りに白樺のウォッカが飲みたくなっちゃったからヨロシクです。それじゃあ待ってまーす」

「――;」

 嵐……まさに、嵐のような電話が切れた。

 それも一方的に。

 このユリアとの電話で俺はどれだけの言葉を話せただろう?

 でも、不快では無かった。

 ユリアはチャンと最も楽で速い交通手段も、それに乗れることも調べてくれたし、考えようによっては俺が手土産の購入に迷う時間も省略してくれたことになる。

 まあ、とりあえず駅に戻って言われた切符を買ってくることにしよう。

 駅で切符を買って、そのあとデパートに入り白樺のウォッカを買い建物の外に向かう。

 時計はもう午後8時30分だとゆうのに、外はまだ薄明るく夕焼けが出ていた。

 北緯53度54分の街、そう言えばニルスの故郷スウェーデンでも北部は白夜に入る季節。

 昨日はもっと北にあるミヤンの家で話をしていたので気付かなかったが、つい数週間前までほぼ同じ時刻に日が出て沈む赤道直下のコンゴに居たので、この時間の差には脅ろかされる。

 まだ列車の出発まで時間があったので、公園のベンチに座ってミヤンのお母さん手作りのピロシキを食べた。

 この公園にも大きなレーニン像が立っている。

 薄暮時、首都ミンスクの公園でレーニン像を見ながらピロシキ一人で食べているスーツ姿の旅行者が珍しいのか、何人かの人が俺を見ながら通り過ぎていく。

 これがお昼過ぎならビジネスに来て小腹が空いて休憩中のOLという風に見えるだろうが、今はどう考えてもディナーの時間。

 確かに、おかしい……そう思って、まだ4個残っていたピロシキを仕舞う。

 俺を気にしながら通り過ぎて行く人の中には、何度も場所を変えながらまるで見張っているような人もいた。

 もう暗くなってきたからその人の目つきまでは分からないが、ひょっとしたらKGB局員なのかも知れないと何故か思って見ていた。

 なぜならここベラルーシはソビエト連邦崩壊後もその時代の体制を頑なに維持し続けており、政治的なデモや集会は厳しく禁止されており見つかれば逮捕・拘束される。

 そして旧体制時より規模は縮小したもののKGBがその活動を取り締まる。

 ほぼ一党独裁の大統領制、ヨーロッパ最後の独裁国家と揶揄されることもあるくらい特異な政治体制は欧米には評判が悪く、特にアメリカからは経済制裁を受けている。

 しかし、これは全て欧米から見たときの考え方。

 コンゴもそうだったように、貧しい国を統治するのは非常に難しい。

 欧米から評判の悪い主導者が本当に“悪”なのかはイラクやリビアのその後を見れば分かるだろう。

 豊かな自然に囲まれた綺麗な国。

 だけど、この国は貧しい。

 だからミヤンは、この国を離れた。

 しかしその判断は間違っていたのかも知れない。

挿絵(By みてみん)

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