【Emma's return(エマたちの帰国)】
サクから2号線に入り30分もすると、ルワンダとの国境の街ゴーマに入る。
「腹減ったぁ~。飛行機迄まだ時間があるんなら、何か食べて行きてぇ!」
「子供か、お前は。まだ11時だぞ」
「チャンと病院で朝ご飯貰ったんでしょ」
「そりゃぁ、食べたけど、毎日フフとゾンべだけじゃあな」
(※フフ:マニオクの芋の部分を切って乾燥させ粉にした物を茹でたあと練り上げたもの。 ゾンベ:マニオクの葉の部分と他の野菜を磨り潰した後に油や塩を加えて水で煮込んだもの。一般的な家庭では、このフフとゾンべが食事の定番となる)
「フフとゾンベだけでも毎日食べられれば、いいじゃない?」
威勢よく駄々をこねてみた物の、ハンスとエマにそう言われたトーニは意気消沈。
「二人にとってはコンゴでの最後の思い出になるんだから、少しは我儘を聞いてやってもいいんじゃないか?それに怪我人は俺たちより栄養を取らなくっちゃいけないだろ?」
「そうそう!ナトーの言う通り、栄養取らなくっちゃ! なあブラーム」
「まあな」
「あら、トーニちゃんは看護師の彼女から、精の付く差し入れ貰っていたって聞いたけど?」
「ぁあ、まあな……」
「何もっらったのよ?」
「食事前に、それ聞きたいか?」
「聞きたい、聞きたい」
調子に乗っているエマは止まらない。
だからトーニも仕方なく言った。
「芋虫を揚げたヤツ」
「ゲーッ!なんで食事前に、そんなゲテモノ言うのよ!」
「だって、エマが言えと言ったんじゃないか」
「言えと言われても、そう言うのは言わないモノなの!」
「チェッ、コンゴの人たちも、カタツムリを食う奴らにゲテモノ呼ばわりされたかぁねえだろうよ」
「なによ!ウジ虫入りのチーズを食う奴らに言われたくないわ!」
(※かたつむりを食べる:フランスのエスカルゴの料理。ウジ虫入りのチーズ:イタリアのサルデーニャ地方で食べられる”カール・マルツゥ”と言うチーズ)
お腹が減ったと言う話しから、コンゴのゲテモノ料理になったかと思った矢先、いきなりのゲテモノ料理のお国自慢……おっと逆か。
エマとトーニ以外は、みんなその話を聞いて食欲が無くなったと言うのに、2人はご機嫌にレストランを探していた。
見つけて入ったのはイタリア料理のお店。
「夕方にはフランスに着くんだから、なにも帰って直ぐに食べられるようなお店にしないで地元の料理が食べられるお店にすればいいのに。パスタにピッツァにニョッキ、小麦粉料理のオンパレードじゃないの。ダイエットの敵よ!」
「言ったな!じゃあブルギニョンにタルタル、ジビエ、パテ、コンフィおまけにフォアグラの高カロリー肉料理を食う奴らにダイエット云々言われたくないね。それに俺たちはもう何週間もレーションと地元の料理しか食べてないんだから、一刻も早く慣れ親しんだ物を腹の中に入れたいんだよ。なあブラームもそうだろう?」
「まあ……そうだな」
お店に入るとあれほどイタリア料理に反対していたエマがご機嫌よく、パスタとピッツァ、それに生ハムを注文して美味しそうに食べていた。
おまけに「フリッティも美味しそうね」と言って、俺の頼んだ料理のつまみ食い迄してしまう始末。
そう言う俺も、普通にエマの頼んだピッツァに手を伸ばしているから、人の事は悪く言えない。
このお店の料理は、どれも本場に引けを取らない味。
ゴーマには様々な政府組織や非政府組織と協力している大規模な国際駐在員コミュニティがある。そのため、ゴーマ市内には質の高いレストランがこれらに従事する外国人の高い要求に応えるために生まれた。
この店も、その一つなのだろう。
数々の勢力が暗躍する街ではあるが、ニーラゴンゴ山やキブ湖などを訪れる観光客も多く、中心部のセキュリティーレベルは高く、意外に快適だ。
腹ごしらえを終えてゴーマ空港に向かう。
俺たちの部隊が降り立ったバンゴカ国際空港に比べて滑走路は短く、空港近くの空き地にはスクラップになった航空機が散乱していた。
三人をパリへと送り届けるのは長距離の双発ビジネスジェット『ダッソーファルコン2000LXS』その白く精悍な機体が待っているのを、空港のロビーから確認すると急に寂しい気持ちになる。
「あら、ナトちゃん。鼻、赤くない?」
「そんな訳ないだろ。もしも赤かったとしたら、それはさっきのピッツァに掛けたタバスコのせいだ」
「ふぅ~ん……」
実際の所、直ぐに会えると分かっていても、俺はこの別れと言うヤツが苦手だ。
子供の時から戦場で沢山戦って来て、人が死ぬのは嫌と言う程見てきた。
だけど、また出会うような別れは殆ど経験がない。
経験の少なさが不安にさせる。
そして大切な仲間との別れが、感情を揺さぶる。
「俺様が旅立つからって、そう泣くなナトー。あと1か月もすれば、また会えるだろ。その頃には俺様の足も治っているだろうから、好きな所に連れて行ってやるぜ」
「ありがとう。楽しみにしている」
「ああ、ま、任せとけって」
ナトーの意外に素直な反応にトーニは戸惑ってしまった。
「では、隊長・軍曹、スミマセンが後を頼みます」
ブラームがキチンと敬礼をして別れを告げる。
「じゃぁ~ね~♡」
エマが軽いノリで手を振ってゲートに向かう。
3人が出国ゲートに消えて行く。
「デッキに出て見送るか?」
「ああ」
ハンスに誘われてデッキに向かうと、目の前にニーラゴンゴ山がそびえ立っていた。
雄大な火山が直ぐに手が届きそうな位置にある。
2002年の噴火の際には、流れ出した溶岩がゴーマの街まで辿り着いた。
「ほら、動き出したぞ」
飛行機が、ゆっくりランウェイに向かう。
小さな窓から手を振る3人の姿が微かに見え、俺も手を振り返す。
優雅に、そして堂々とランウェイに向かうその姿は、まるでスポットライトを独り占めするトップモデルのように華やかで厳かに感じる。
そしてランウェイに着いてからは、急に精悍になり力強いエンジン音を響かせて、まるで短距離走の選手のように加速してゆく。
目の前を走り抜けて行く飛行機の車輪が浮く。
俺はまるでそれに合わせるように、デッキの手すりから身を乗り出し、足を浮かせて思いっきり大きく手を振る。
「トーニ!ブラーム!エマー!」
いつの間にか子供の様に3人の名前を叫びながら、柵を乗り越える様に身を乗り出して大きく手を振っていた。
飛び立った飛行機の中でトーニが泣いていた。
「どうしたトーニ」
「気圧差で傷が痛むの?」
「馬鹿野郎、そんなんじゃねぇ」
「じゃあなに?」
「なとーがよぉ。ナトーが、空に飛び上がるように背を伸ばして、羽ばたくように手を振ってくれたよ」
「好い子ね」
「ああ、あんな好い奴は見たこともねぇ。まるで子供のままじゃねぇか。そんな純真なナトーをあんな忌まわしい戦場に送るなんて、どうにかしている」
「でも、ナトちゃんは凄く良くやっているわよ。今回だってナトちゃんが居なかったら、こんなに少ない損害では済まなかったでしょうし、大統領が暗殺されて今頃は帰国どころの話じゃなかったかも知れないわ」
「ああ、その通りだ。あんなに純真なのにナトーは一旦戦場に出向けばグリムリーパーになる。そして敵の命を一人ずつ確実に毟り取るのさ」
「グリムリーパーって……」
「死神だよ」
「それは誰が言ったの?」
「ナトーだ。沢山の子供たちを爆弾で殺しちまってふさぎ込んでいた俺に、自分はグリムリーパーだと言っていた。どうせ俺を慰めるための御伽噺だろうがな」
「……」
飛行機は雲の上を飛んでいる。
もう地上の景色は、まるで精巧な地球儀の様。
さっきまで泣いていたトーニはすっかり眠り、ブラームも既に眠っていた。
照明の落とされた少し薄暗い客室の中で、エマだけが不安な目に怯えていた。
「グリムリーパー……」
微かに震える唇が、そう呟いていた。