【Peace is back①(戻って来た平和)】
次の日のお昼前、エマとペイランド少佐たちが、トラックと白いSUVに乗ってやって来た。
首都キンシャサに報告に行ったハンスより時間が掛かったのは、大統領暗殺未遂事件の現場に関わった事による事情聴取や、その他の政治的背景がある。
エマを含めた司令部のメンバー全員が私服。
これはまだ反政府勢力の残党が隠れて居るかも知れないゴマ空港から来たためで、エマなんかはベージュのチノパンに白のブラウスそれに白のピスヘルメットと言ういで立ちで、まるで探検隊。
そのエマがキョロキョロして俺を探している様子だったので、丘を下りて行き、声を掛けた。
「エマ! すまない、とんだ騒動に巻き込んでしまって」
「いいのよ、スパイごっこは大好きだから。それにしても、よくハンスが居ない中で小隊長のケビン中尉が戦死した状況で敵を蹴散らしたわね。さすがナ――」
楽しそうに大声を張り上げるエマの口を塞ぎ、人の目に付かない木の陰に連れて行く。
「どうしたの?」
エマが不審そうに見る。
「エマ。いい?確かに小隊長のケビン中尉は戦死してしまったけど、そう言う時のために副官としてソト少尉が居る訳で、俺はソト少尉の下で作戦を遂行したに過ぎない」
「あら、あの作戦はナトちゃんが考えたのよ。ソト少尉なんて何の決断も出来なかったでしょ。それはDGSEの無線傍受記録を読んで、チャンと知っているわよ」
「それはそうだけど、それを大声で言われるのは困る。ソト少尉だって面子があるだろう?」
「あ~ら、その無能な上司の面子を潰した張本人は、誰だったかしら?」
「それは……」
俺が困って次の言葉を出せないでいると、エマは何故だか辺りをキョロキョロと見渡した。
「どうした?」
俺の問いかけにエマはニッと笑顔を見せて「さすがナトちゃんね」と答えた。
言われている意味が分からないで「なにが?」と聞き返すと「人に怪しまれることなく人の目に付かない所へ連れてくるところ」と言われたかと思うと、急に抱きつかれて口を塞がれた。
「ちょっ、ちょっと……ここは戦場――」
慌ててエマの口から逃げて、小さな声で抵抗したが、また直ぐに口を塞がれて長いキスをされた。
張り詰めていた気持ちが、溶けてボーっとしてくる。
「今回の借りは高いわよ」
一旦口を離したエマはそう言い終わると、さらに激しく唇を押し付け、舌を捻じ込んでくる。
俺はもうそれに抗えなくて、木の幹に押し付けられ、お互いの舌を絡め合っていた。
「軍曹、軍曹―!」
俺を探しているハバロフの声がして、一旦口を外したが直ぐにまたエマに塞がれた。
「ハバロフ、さっき俺を呼んでいなかったか?」
約束通りエマに借りを返した俺は、ハバロフの居る無線室に赴いた。
「軍曹、本国から連絡が入り、明日の午後ゴーマ空港に航空機をチャーターするので、それでエマさんと入院しているブラーム兵長とトーニ上等兵を帰国させるよう通達がありました」
「わかった」
「それで、空港へ向かう時は軍服NGと言うことなので、今日中に着替えを購入しておくようにとのことです」
「ブラームとトーニの分だけで、いいんだろ」
「あれ、エマさんに聞いていないですか? 送る係りは軍曹と隊長じゃないと帰らないと言っていましたが」
「誰が?」
「もちろんエマさんですが」
“エマのヤツ……”
午後から、ブラームとトーニのお見舞いと服を買いに街に出ることにした。
ハンスも誘ったが、忙しいので適当に買って来てくれと言われ、サイズと好みを教えてもらいエマと2人で白いSUVに乗って病院のあるワリカレに向かう。
ジャングルの道はSUV車にとっても、決して快適ではない。
「アフリカの未舗装道路は、SUVなんかよりトラックの方がましね」
「まあそうだな。でも買い物や友達に会いに行くのに、毎回トラックを出すのは邪魔だしCO2の排出量を無駄に増やしてしまうから良くないよな。オートバイならどうだ?」
「無理よ! 直ぐにアンダーカウルを打ってボコボコになってしまうし、前傾姿勢がきついからフロントタイヤを取られて転倒してしまうわよ」
「ロードタイプのじゃなくて、オフロードタイプのもの」
「あーっ、それなら楽しいかも。あれなら地面の凹凸に合わせてジャンプさせてみたり、カーブで車体を寝かせてクイックターンとかも出来るけど……」
「けどって?」
「すっごい体力必要よ、屹度」
「飛んだり跳ねたりしていると、胃下垂にもなりそうだな」
「ナトちゃん、オートバイに興味があるの?」
「少しな」
「だったら免許取って買いなよ。私Ninjya H2R持っているから一緒にツーリング行こ! あっ、検問」
ワリカレの手前、ロワ川の橋を渡った先のニョーラで、政府軍の検問があった。
あの事件が終わってマダ1週間ほどだから、武器を携帯した者の通行を取り締まっているのだろう。
「!」
「? どうしたの?」
「い、いや何でもない」
車を止めエマが窓を開けると、兵士が声を掛けてきて顔を突っ込むように俺たちを見た。
男の顔は知っている。
俺に小便を掛けたモトリだ。
顔を見ると、あの巨大ないち物を思い出してしまうので、顔を伏せていた。
「プレァス コペラテ ウィズ・ザ・チェキ」
外人向けに、検問への協力を英語で話しているみたいだけど、何だかおかしなことになっている。
「Jeshi la Ufaransa(フランス軍よ)」
エマがそう言って、バギ大統領が直々に発行してくれた通行許可証を渡すと、兵士は驚いた顔をして「イムソリ。OK、OK」と言って、自ら車を先導するようにして通してくれた。
再び車が走り出す。
「どうしたの? あの兵士と何かあったの?」
さすがエマ、勘付くのが速い。
「いや、別に何もない」
「それにしては、顔が赤いよ」
しばらくの間、俺はモトリのアレに悩まされそうだ……。




