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グリムリーパー  作者: 湖灯
*****Hell Battlefield(地獄の戦場)*****
144/273

【Requiem(レクイエム)】

 あの事件から1週間。

 キディアバはウェイターとして晩餐会の潜り込んだ恋人と共に自殺した。

 エマに捕らえられたヌング氏は、獄中で服毒自殺。

 そしてアズガビ大佐を拘束して政府軍司令部を乗っ取ったンガビ少佐も、今朝森の中でジープに乗ったまま拳銃自殺しているところを発見された。

 事件の主要人物は全て死亡し、全容が分からないまま事件は終わった。

 骨折をしたトーニと、足を負傷したブラームはワリカレの病院に入院している。

 俺たちの前線基地は、もう最前線ではない。

 今は、もう一つ先の、ミヤンが撃たれたあの村にムポフィ―の政府軍部隊が入っている。

 ニョーラの部隊も、今はンガビ少佐によって監禁されていた司令官のアズガビ大佐の指揮権が回復し元の政府軍に戻った。

 隊員たちは、単にンガビ少佐によって間違った情報を与えられていたに過ぎなかったのだ。

 前線基地の上空、のどかに広がる青い空をウクライナ軍のMi-24が飛ぶ。

『こちらウクライナ軍第14独立ヘリコプター部隊ユリア・マリーチカ中尉。ゴーマに繋がる街道沿いに反乱軍らしき集団は見当たらず。繰り返す、ゴーマに向かう街道沿いに反乱軍らしき集団は見当たらず』

「了解。ウクライナ軍、並びにマリーチカ中尉、協力感謝する」

『あっ、ナトちゃん?』

「うん」

『私、今週で帰国だから、ナトちゃんも帰ったら遊びに来てね』

「ユリア、了解した。俺たちはあと数週間滞在することになるけど、それでも良いか?」

『いいよ。美味しいボルシチを御馳走するから、絶対来てね。約束よ』

「ああ、楽しみにしている。有り難う」

 通信を終えたユリアのMi-24、202号機が、北西に向かって悠々と基地に帰る。

 俺はMi-24が去ったあとも、丘の上でこの果てしなく青い空を眺めていた。

「まったく無茶しやがって」

 報告のためにキンシャサの大使館に行っていたハンスが丘を登って来た。

「無茶?」

「無茶だろうが、ブラームと二人だけでトーニの救出なんかしやがって」

「二人だけじゃないだろ。チャンとハンスや救助した司令部のメンバーも来たじゃないか」

「それは、殆ど終わったあとだろうが」

「そうでもないぞ、おかげで俺たちは無事ニョーラから脱出出来たんだから、一番おいしい所じゃないか」

「だとしても、何故戻って来るまで待たなかった」

「待てとは命令されていない」

「じゃあ、どうして救出を決行した。足を骨折したトーニと、足を撃たれたブラームを連れてでは、どこまでも逃げる事は出来なかっただろう?」

「だから救出に来たんだろ?」

「……もし、来なかった、どうするつもりだった」

「来ないはずはない。ハンスは部下を見捨てない」

「……」

 ハンスは、アホらしいと言わんばかりに、話すのを止めて草の上に大の字に寝転んだ。

 確かにハンスの言う通り無茶だったかも知れない。

 しかし、必ずハンスはまた戻って来ると信じていた。

 特にこのコンゴの静かな夜に銃声を聞けば、彼は我武者羅に車を飛ばして、ひょっとするとトラックのまま敵の司令部のど真ん中に突っ込んで来たかも知れない。

 そう思うと、何だか可笑しい。

 トーニをボツリ大尉のテントから救出するときに、発電機を持って帰って来た兵士と鉢合わせした時は、拳銃に手を掛けた。

 撃てば、その場はしのげるが、撃つことによって俺が捕虜を迎えに来たと言う事を敵に教えてしまう事になり、救出は難しかっただろう。

 しかし、俺はラッキーだった。

 なぜなら、俺はその男が誰だか知っていたから。

 そう。その男は草原に身を潜めていた俺に、小便を掛けて行きやがった奴。

 仲間が小便をしていた男を呼び戻すときに、その名前を呼んだことも確り覚えていた。

 だから鉢合わせした時に、俺は迷うことなく男に声を掛けた。

「モトリ、爆弾が仕掛けられている。直ぐに皆を森に避難させろ!」と。

 まさか敵に自分の名前を呼ばれるなんて誰も思わない。

 しかも灯りが消えた暗闇で、俺の顔はフェイスペイントで真っ黒。

 モトリは慌てて発電機を投げ捨て「Bomu!Kukimbilia msituni!(爆弾だ!みんな森へ逃げろ!)」と大声を上げながら森の方向に走って行き、他の者たちもそれに付いて行った。

 そして、そのあと直ぐにハンスと司令部の奴らがやって来て、俺たちは無事前線基地に逃げられたのだ。

 俺たちが道の脇に隠すように止めてあったトラックに乗り込もうとしていた時に、一台のジープが猛スピードで出てきてキサンガニの方に向けて走り去っていくのが見えた。

 乗っていたのは、ひとり。

 おそらく気絶していたンガビ少佐だろう。

 遅くなってしまったが、エマの携帯に作戦終了の一報を入れた。

 しかしエマは出なかった。

 少し時間をおいて、もう1度連絡をしたが、それでも出ない。

 不吉な予感がしたが、2度目の連絡を入れて5分ほど経つとエマから知らせが入った。

『こっちも終了よ』と、それから近々そっちに行くと言って、電話が切れた。


「キンシャサに行ったとき、昇進と普通科部隊の中隊長に配属するように言われた」

 隣で寝転んでいたハンスが口を開く。

「……それは良かったな。おめでとう」

「……お前、本気で言っているのか?」

 ハンスの言葉にドキリとした。

 本気じゃない。

 ハンスと別れるのは嫌だ。

 けれども、俺には、それを止める権利も権限も無い。

「俺がLéMATを離れても、いいと本気で思っているのか?」

「……いや……でも、俺にはハンスを止める力はない」

「そうか……」

 何だか急に、鼻がツンとして、目が潤んできてしまった。

 “俺は泣くのか?……でも何故?”

 涙を零したくはなかったし、ハンスに見られたくはなかった。

 だから空を見上げて言った「寂しくなるな」と。

 青い空の上を悠々と飛ぶ鳥の輪郭が、ぼやけて見える。

 LéMAT第4分隊は、まだマーベリック少尉とは組んだことがない。

 ハンスの抜けたポストに、誰かが入って来るかも知れない。

 だけど、どんなに優秀な小隊長が来たとしても、ハンスほど信頼は出来っこない。

「安心しろ、断ったよ」

「断った?!」

 驚いて振り向くと、ハンスが「冷て!」と言った。

「御免、唾が飛んだ」

 唾ではない。

 急に振り向いたせいで、瞳に溜まった涙が飛んだのだ。

「どうして断った。特殊部隊は過酷な任務だし、昇進すれは給料も上がる。なによりも中隊長になれば過酷な最前線に出る事も少なくなるだろう」

 寝転んでいたハンスが起き上がり、俺の顔を覗き込み、優しく微笑む。

「無理だ。お前が居る限りこのLéMAT第4分隊の指揮は誰にも務まらん」

「そんなことはない。だってハンスがニョーラの司令部に行った後だってチャンと――」

「ああ、チャンと小隊長代行のソト少尉をコケにして優秀な戦果を上げたよな」

「それは……」

「この分隊、いやお前の隊長を務められるのはフランス国内では俺しか居ない。だから俺は断った。悪いか?」

「ふんっ、好きにしろ!」

 俺は立ち上がり、一人で丘を歩いた。

 本当は何か有名なミュージカル映画のように、踊りながら歩きたい気持ちを抑えて。

 どこまでも続く青い空と緑の森を、爽やかで暖かい風が俺を包むように舞う。

 俺はここ(LéMAT第4分隊)に来て良かった。

 ハンスと出会えて、本当に良かった。

 天頂に居る太陽を見上げて、心の中でその感謝の言葉と、この事件で死んだ多くの人たちの冥福を祈った。

挿絵(By みてみん)

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