【End of rebels②(反逆者たちの終焉)】
「いやー、エマ少佐。お手柄お手柄」
会場の裏の通路を通り、正面玄関と反対側に止められていたリムジンに乗り込むと、向かい合った席の反対側に座ったヌング氏は緊張が解けたように饒舌にそう言った。
「ふぅ~まさか、ワシの暗殺を企てる奴があろうとは思いもよらなんだ。それにしてもヌング、よく裏に車を用意しておいてくれたのう」
「まあね。常に様々な事態に対応するのが高級官僚でしょ」
ヌング氏の言葉遣いが変わった事に気が付くと彼は車のサイドに取り付けられてあったボックスから拳銃を取り出す。
車が一旦止まり助手席に居た男が、ヌング氏の隣に座る。
この男も、手に拳銃を持っていた。
「さっきの坊主の黒幕は貴様だったのか。ここでワシを撃つのか? ワシを殺して何を成すつもりだ?」
「なにも」
「では、何のためにワシを殺す」
「いいですか大統領、小説や映画の中に出て来る悪党と言うのは捕らえただけで満足してペラペラと事の顛末を話すものですが、殆どの場合話し終わった時には“どんでん返し”を喰らってしまうんです。だから私は何も話さない。話すのは貴方の心臓が止まった後にしておきましょう」
「エマ少佐はどうするつもりだ。もうこれで貴様は楽にワシを殺せるわけだから、この女性は必要ないだろう」
「必要はありますよ、フランス陸軍の少佐と言うのは人質として価値が高い」
「ひょっとして、私が来ていなかったらペイランドを人質に取るつもりだったのね!」
「さすが、お目が高い。大使館の高官が人質だと敵も手加減はしない。だけど普通の将校なら価値は高いが、敵も諦めやすい。なにせ使い捨ての“軍人”ですからね」
「人質などいらんだろう。ワシを殺して、貴様が大統領になってしまえば、逃げる必要などなかろう」
「この国で大統領になるなんて御免被りたいものですな。いくらか賄賂が入るかも知れんが、あっちこっちで騒動は起きるし、犯罪も絶えない。それが上手く解決できなければ、またクーデターが起きて命が狙われる。私はアンタや他の閣僚たちと違って、政治に追いまくられるほど馬鹿じゃない」
「では何故このような事をした。大罪を犯しても、何の見返りも無いのに」
「見返りがない? そんな事はないですよ大統領。アナタがクーデターに会って死ねば国は混乱する。もしもその事が先に分かっていたとしたら、いくらでも儲ける事は出来る」
「それは、先物取引とか、株か?」
「……おっと。さすがに大統領に成るだけの人物ですな、話さないと言ったのについついアンタの話術に乗せられてしまった。しかしアナタに知る権利はない。そしてもうそろそろ知る能力も失われる」
その時、私の携帯が鳴った。
ヌングは取り出した携帯を窓から捨てようとしたので「待って」と言って止めた。
「エマさん、なにか重要なことでも?」
「貴方にとってもね。屹度、前線の部隊からニョーラで拘束された司令部要員の救出作戦が上手くいったかどうかの連絡よ」
「……ほう」
ヌングは携帯を操作しようとしたが、何も動かない。
「プロテクトを掛けているから、開けないわ。私に貸して頂戴」
手を伸ばそうとしたら、ヌングの隣の男が拳銃を突き出してきたので止めた。
「プロテクトの解除は私がする。君に渡して下手な事をされては困るのでね」
「……」
「どうせ司令部の解放は出来っこない。君たちの部隊は1個小隊だが既に反政府軍と戦って、そのうちの18名は既に帰国の途について残っているのは40名ほど。しかもまだ敵と対峙しているはずだから大した人数も出せないはず。司令部の周りにいるのは約1個中隊程の300名、どう転んでも救出は無理でしょうな」
「たしかに普通の兵隊では無理でしょうね。でも救出に向かったのは勇猛果敢で有名なフランス外人部隊の中でも、特に選り優れたものを集めた特殊部隊だから、どうだか?」
「さあプロテクトの解除方法を言いたまえ。さもないと大統領の頭が吹っ飛ぶぞ」
「どうせ殺すくせに、何を言っとるんだ……」
バギ大統領が呆れた顔を私に向けて笑った。
「分かったわ。『9』キーの長押しで、プロテクトは解除できる」
「ほう……」
ヌングは一旦拳銃を下げて、携帯電話の『9』キーを押したが、しばらくすると「うっ」っと微かな呻き声を漏らし、携帯を持っていた手を膝に置いた。
隣に座った男がそれに気が付き一瞬ヌングの方を向いたので、その顎に向けて蹴りを飛ばすと見事にヒットして男は床に倒れた。
直ぐに運転手との間に設けられた小窓から、催涙ガスの出る口紅を放り込むと、運転手は車を停めて逃げ出そうとしたので、車から降りてこれを殴り倒す。
再び車に戻り、ヌングの落とした携帯を拾い上げ、ペイランドに迎えに来るように連絡した。
「エマ。今どこに居る!?」
「ヌングは裏切り者だった。現在位置は北緯-4.506089、東経15.307298の地点よ。捕らえてあるから直ぐに着て頂戴。キャディアバは確保した?」
「それが……」
「逃げられたの?」
「いや、彼は死んだ」
「なんで?!」
「彼は外の警備員から銃を奪って自殺した」