【End of rebels①(反逆者たちの終焉)】
キャディアバの背中を追いかけて、晩餐会の会場に入る。
白いユニフォームを着たボーイたちが銀のトレーに色とりどりのカクテルやワインを運び、真っ白なクロスを掛けられたテーブルには美味しい料理が並び、天井に吊り下げられたシャンデリアが人々の笑顔を浮きだたせる。
ナトちゃんが言うように、本当にここでクーデターが行われるとは信じられないほど、優雅で落ち着いた、そして明るい空間が広がっていた。
少し話しただけだけど、キャディアバと言う男も真面目で優秀な好青年。
出来る事なら、何事も無ければいいのだが。
「いよう、未来のお姫様。さっきから大統領がお探しですぞ」
呑気なペイランドが、白ワインのグラスを持ってやって来た。
足元がふら付いていて、ご機嫌すぎるほど満面の笑顔。
「ちょっと、貴方酔い過ぎよ。誰に呑まされたの?」
「どうした? 妬けるのか? 俺だって、まんざらじゃない。まだまだイケてる」
「そう。それは昔から知っているわよ。だから貴方に、言い寄って来たのは誰なの?」
ペイランドの人差し指がフラフラと揺れる。
指の指し示す先に居たのは女性の給仕係。
その給仕係が、今、キャディアバと何か話している。
自分が指差されたことに気が付いたのか、チラッと目をこっちに向けた。
酔っているから指さすと言うより、まるで指揮者の真似事をしているように見えなくもなかったので、私はその指に合わせてベートーベンの第九<喜びの歌>を陽気に口ずさんで踊った。
ペイランドは正直者で真面目で気が優しい。
サン・シール陸軍士官学校で始めて出会った時から今もそれは変わらない。
卒業して陸軍に配属された後、しばらくたって外人部隊から大隊長クラスの将校の募集が来た時も断り切れずに応じてしまった。
「エマ少佐、ここにいらしたのですか。大統領がお探ししていましたよ。それにしても美人な上に歌もお上手ですね」
ヌング氏が呼びに来た。
「ブラッディメアリーは無いかしら?」
ボーイを捕まえて催促すると直ぐに赤いカクテルが届けられ、私はそれを2つ貰い1つは一気に飲み干してボーイに返し、残りの一つを持って大統領の所に向かった。
ブラッディメアリーのカクテル言葉は“断固として勝つ”
私は臨戦態勢に入った。
「やあエマ、どこに行っていたんだ。ずいぶん化粧直しが長かったじゃないか」
大統領が、私の腰に手を回しスリスリして来る。
「だいぶ、お酔いになっているのかしら?」
そう言って、その手を軽く抓ると、大統領はイタタタとオーバーアクションをして、傍に居たヌング氏に「えらい、じゃじゃ馬娘を紹介してくれたものだ」と笑いながら性懲りもなくまたお尻を触った。
もう食事もデザートに変わり、終わりの時間が近い事をうかがわせる。
“何も起こらないのかしら?”その方が面倒じゃなくていい。
時計を見ると午後8時58分。
このまま順調に何事も無ければ、今日のうちにベッドに入る事が出来る。
今更ペイランドと寝るつもりもないし、ベルでも連れてくればよかった。
少し離れた通りで車のスリップする音と、そのあと何かがぶつかる音が聞こえたかと思うと、会場の明りが落ちた。
「何事だ!」
「乗用車とトラックが衝突して、トラックが電信柱にぶつかりました!」
外の警備兵が中に報告しに来た。
「直ぐに自家発電に切り替えさせろ!」
しかし、今度はただ騒めく声だけが聞こえるだけで、返事がない。
「皆、伏せて!」
ありったけの大声を絞り出し、同時に大統領の首を抑えて床に倒した。
“タタタタタ”
会場の入り口付近から青い自動小銃の光と共に発射音が響き、一段高くなっている大統領が背にしていた壁が銃弾に削られて剥がれ落ちてきた。
屋敷の外でも銃声がする。
「大統領、大丈夫ですか?」
傍に居たヌング氏が声を掛けるが、大統領は何も答えない。
ひょっとして撃たれたのかと思い、上向きに起こしてシャツの胸を探ると濡れていたので、触ったその手を舐めてみた。
直ぐに非常電源が入り、映し出された大統領の白いシャツの胸は真っ赤。
「放せー! 俺を捕らえるとニョーラに捕らえられているフランス軍司令部要員が一人ずつ死ぬぞ!」
どうやらキャディアバはペイランドたちによって捕らえられようとするところだったが、部下の身を案じたペイランドたちが躊躇った隙に、その拘束から逃げ出そうと駆け出した。
内股に隠していたナイフを投げると、太ももに突き刺さり彼は倒れそうになるのを堪えながらも足を引きずって逃げようとする。
「そいつは大統領を殺した反逆者だ、逃がすな撃て!」
穏やかだったヌング氏が立ち上がり、鬼のような形相で指示するとパーンと拳銃の発射音が響いた。
マズイ。
まだ司令部解放の連絡は届いていない……。
「だれが、死んだって? それにこれは何の騒ぎだ……」
「大統領!ご無事で……」
「なんじゃ、わしの胸が濡れているが、撃たれたのか?」
大統領が自分の胸を触り、その手が赤く染まったことに驚いた。
「すみません。どうやら銃弾から逃げる時に閣下の胸にブラッディメアリーを零したようですわ」
大統領は私の言葉を聞くと、その手を口に着けてペロッと舐めて、ニッコリ笑顔を見せてくれた。
「さっ大統領、ここはまだ危険ですので裏の車で、ひとまず官邸へお引き取り下さい」
「分かった」
だが、大統領は私の腕を持ったまま離さない。
「君が私を庇うために倒してくれたのは知っている。礼がしたいから一緒に付いて来てもらいたい」
「いいですわ」
「しかし、大統領!部外者は困ります」
「ヌング、君はエマ少佐を疑っているのか?」
「いえ、そう言う訳では」
「じゃあ、いいじゃないか」
ヌング氏は呆れたように私に微笑むと「いいですか?」と聞いたあと、後々面倒になるので残っている武器は置いて行くように言ったので、残りの投げナイフと髪飾りを外した。
「ポーチの中は?」
「携帯と化粧品です」
「携帯はマズイので、一時的にお預かりしてもいいですか?」
ヌング氏に渡すときに、着信履歴を伝えるランプが点灯しているのが見えた。
丁度、この騒ぎの時に連絡が入ったに違いない。