【Trouble and counterattack③(トラブルと反撃)】
微かに草を踏む音が聞こえ、その足音が俺を見つけて近付いて来る。
「軍曹……軍曹」
動かない俺に気が付いたブラームが、心配して声を掛ける。
「I'm dead(俺は死んだ)」
フッとブラームが笑う声が聞こえる。
「Stay away! I'm dead(近づくな!俺は死んだ)」
「小便臭ぇ~。もしかして軍曹?」
「漏らしたわけではない。不覚にも敵に水鉄砲をぶっ掛けられたのだ」
「着替えは?」
「ない」
「じゃあとりあえず俺、洗ってきますから、そのままボタンを外してください」
「ああ」
うつ伏せのまま、ボタンを外す。
すっかり服に染み込んだ小水が、肌を伝って胸や腹の下にも垂れて来ていて気持ち悪い。
戦場で様々な体験をしてきたが、敵に小便を掛けられたのは生まれて初めて。
ボタンを外すとブラームは汁が垂れないように丁寧に服を剥がしてくれ、その上俺の手に自分の持っていたタオルハンカチを握らせてくれた。
「じゃあ軍曹、チョイと洗ってきますので」
「ちょっと……こ、これも、頼めるか……」
恥ずかしかったけれど、ブラのカップの中にも小水が入っていたので頼んだ。
ブラームは道から離れた、川の方に向かって走って行った。
本当なら自分で川まで走って行き、ドブンと浸かれば全部きれいサッパリ水に流れるだろうし、ブラームにも迷惑を掛けなくて済んだはず。
でも今の俺の心はズダズダ。
悪魔は聖水を掛けられると怯むと言うが、その通りにグリムリーパー(死神)の俺は小水を掛けられて怯んでしまった。
ブラームが洗濯をしてくれている間に、夜露で濡れたマングングの葉の表面の水分を取り、何度も何度も貸してもらったタオルで体を拭いた。
しばらくしてブラームが戻って来たので、俺は慌ててその葉を取って胸を隠す。
マングングの葉は幅40センチ、長さが80センチほどあり体を覆うのに丁度良い。
ブラームはそれを纏った俺を見て一瞬立ち止まったが余計な事は一切言わず、まだ濡れていて申し訳ないがと前置きして木の幹に服とブラを掛け、水を汲んできたヘルメットを置いて「顔や体を流すのに使ってください」と言って後ろを向いた。
ブラームはいつも落ち着いていて良い奴。
けれどもその背を向けたお尻の間には、さっきの男が持っていたような物が収まっていると思うと、正直複雑な気持ちがして素直にありがとうと言えなかった。
◇◆◇晩餐会会場◇◆◇
思惑通りバギ大統領は私を気に入ってくれて、放そうとしない。
まるでパリの高級レストランで出されるような美味しい料理とワインやカクテルを戴きながらキディアバの様子を窺っていると、彼は急に会場の外に出て行ったので付けていこうとすると、私を離したくない大統領が私を止めようとした。
お色直しをしてくると言ってようやく会場を抜け出し、外に出ると柱の陰に隠れたキディアバが、何やら焦った様子で電話で話している声が小さく聞こえてきた。
「何?!逃げられただと!いったいどうするつもりだ!」
当然電話の相手の声は聞こえないけれど、どうやら司令部の救出作戦は成功したらしい事は想像がつくが、それだったら私宛にナトちゃんから作戦成功の一報が入るはずなので私も携帯を取り出してみた。
しかしナトちゃんからは何の連絡も入っていない。
もしかしたらナトちゃんの身に、何か危険な事でも起きたのではないだろうか?
だとしてもハンスや他の隊員から連絡が入るはず。
「1人か。――足を怪我しているのか――で、奴らは逃げたんだな。まあ仕方がない。1人でも何とかなるだろう……」
酔ったふりをして、フラフラと歩き始めた。
私に気が付いたキディアバが、一瞬ギョッとした目で見たが直ぐに酔っていると思い近づいて来た。
「えーとエマ少佐でしたね。どうされました?」
「あっ、こんばんは、お化粧を直そうと思って化粧室を探しに出たのですが、スッカリ場所を忘れちゃって。どこだったかしら?」
「化粧室なら、こっちじゃなくて通路を戻った反対側ですよ」
「あらそうだったの。私ったら少し酔ったみたい。元々お酒に強くないから、駄目ね」
ニッコリ笑ってカーテシーの挨拶をして、よろけて見せるとキディアバが肩を支えてくれた。
「どうも有り難う」
「いいですよ。化粧室の前まで私がお連れしましょう」
「あら、ご親切ね。助かりますわ」
これで、私が居ない間に彼が動くことはない。
化粧室に入った私は、そのまま奥のトイレに入って大使館経由でハンスに連絡を取った。
「ハンス、首尾は?」
「すまない。司令部要員の救出には成功したが、部下が移動するトラックから落ちてしまい、今ナトーとブラームが救出に当たっている。敵の追撃は振り切ったから、これから俺も救出に向かうつもりだが、今度は不意打ちと言う訳にはいきそうにないので何とか時間稼ぎが出来ないか?」
「いいわ、なんとかやってみる」
水を流して、化粧を整えて外に出ると、キディアバはおとなしく待っていてくれた。




